第30話

オレの一撃は完全な不意伐ちだった、フードのヤツが腹を打って悶絶している間に逃げ出させてもらう。

 そう考えて、オレはみね打ちでも結構本気で振りぬいたんだ。


(軽い?なんだ布?)手応えが浅い、このタイミングで躱された?!


 手に残るのは布を殴り付けたような、バフッとした感覚。

 まるで中身の無い風船をなぐったような手応えだった。


「・・・貴様、なんのつもりだ?」


 オオバサミはフードが絡まり刃が使えない、そして中にいた人影はハサミの攻撃範囲の外に飛退き、いつの間にか立ち、構えている。


(早い!!いつの間にあの距離まで・・それにあの構えは、武闘家か?)


 フードの男は正面に拳を揃え、今にも飛び掛かる獣のような構えをとって眼光を光らせる。


「そいつは訳ありでな、スライムマニア・・スライム愛好家なんだよ。

 寝るときもスライムを抱いて寝るような変わったやつでな、それにオレの仲間なんだ。

 そんな風に好戦的に近寄られたら、戦うだろ?仲間としては」


 嘘は何一つ言ってないぞ?


(だからそんな変な顔・・は見えないが、するなよな)仲間だろ。


 縛が融けたスラヲが緊張気味に少し跳ね、ピョートルが警戒気味に近づいてくる。


「・・スラヲは家族ですが・・マニア?・・不穏な言葉の響ですね」


「気にするな、今はこの人に誤解を説くのが先だ」


 まだ怪しんでいる武闘家は構えを解かず、▽の目で睨む。


「だからと言って普通、教会関係者に不意伐ちするのか?

 お前は神と神の信徒を何だと思っている。この不信心者め」


 ああ、うん。神様とか・信者とか面倒くさいだけだと思っています。


「そっちから仕掛けてきたんだ、お相子って事でいいだろ」じゃあそう言う事で、逃げさせてもらえませんか。


 宗教論争とか面倒なのでここは迅速にオサラバするよ、神とか正義とか、価値観が違う人間と話しても平行線になるだけだしな。


(・・あの神官女も神の布教に熱心・・狂信的だった)正直恐かった思い出が・・。


「待て、そっちのヤツたがただの変人だとして、お前はなんだ?

 その目、それに何かぼやけるような輪郭・・お前は一体何を隠している!」


 素早く高めた気合いと指で組み上げた[印]、そして武闘家放つ声!


「正しき浄眼は神性を持って怪を看破せしめる!」

[解!]

 強く意味のある言葉を発し、その目が瞬間青く光った!!


「お前は・・姿を変えただけか・・?[魔物!]」


身を固めた獣が飛び掛かる!

 真っ直ぐ・早く、無駄の無い動きと加速だ。


 反射的に構えたピョートルの盾に拳が突き刺さる、その動きの止まった武闘家の横っ腹を勇者が蹴り飛ばす。


(なんて早さだ、それにヤールの魔法を看破した?武闘家の[気]ってやつか?)


 さっきの蹴りは完全に入ったはずだ。

 布とは違う、魔物を蹴った時のような重みがあった。


「だから止めろってば、町に入られたく無いならオレ達は外で野宿するから、お前も攻撃を止めろ」


この戦いに意味は無いだろ、オレ達は攻撃されなきゃ反撃もしない。


ゲホッ!「きっ貴様、まさか魔物とわかって連れているのか!」


 黒髪の武闘家はオレに蹴られた腹を押さえ、四つ足の獣が吠えるように怒っていた。


「人間とか魔物とか関係ないだろ?

いつソイツがお前に迷惑をかけたんだよ、オレがソイツを連れているからって、どこの誰が困ったとか言ってるんだよ。

 無害なヤツを攻撃するとか滅するとか、お前、頭がおかしいんじゃないか!」


 多分オレは間違って無いはずだ、お前の信じる宗教上の理由だとしてもオレ達他人を巻き込むなよ。


「・・勇さん・・・そちらの方も、私達は町には入りません。

だから争わないで下さい」


 ピョートルは盾を構えたまま、武闘家に話し説得を試みる。


「・・?オイ、魔物。お前今なんて言った?」


 武闘家の顔の表情は怒りから驚きに、そして困惑に変わり、その目は勇者に向いた。


「ええですから、私達は町には入らないので戦闘は止めていただきたいと」


「そっちじゃない、今お前の前に立っている男。

 私の腹を蹴った男、・・そいつの名を言ったな?」


 (ヤバイ!)

 真っ直ぐにオレの顔を刺す二つの目が徐々に怒りの色に染まり、口元は獣が牙を剥くように開いていく。


「お前、お前の名前を言って見ろ」


「ジョンです」アイアムジョン、my、name is, jon.


 間髪入れず答えるオレ。

 馬鹿正直に言う必要はないし、コイツはヤバイ。殺気で体が下がるほどヤバい。


「・・じゃあ、登録証を見せてみろ。戦士なら戦神殿に登録してあるはずだろ?」


 武闘家は自分の金属板を見せ、お前も見せろと。


「見せないと攻撃する」とまで言って来た。


 金属板には必ず本人の名が刻まれ、偽証封じの道具を使い『お前の名前は?』と聞くだけで簡単に本人の物かどうかを確認出来る仕組みになっている。


(ましてコイツは[看破]の力を使っている、見せたらオレの正体がばれる)


「個人情報が詰まっているんでね、見せたく無い。

 戦ってでも拒否する。Pー構えろ!」


  犯罪者・賞金首・山賊でも一応金属板は持てる。

 裏社会でもカネの引き出しすら出来ると聞いた事がある。

 ここで勇者だとバレるより、犯罪者として抵抗して逃げた方が多分マシだ。


「なら貴様を打ちのめしてから確認する、骨の5~6本は折られる覚悟をしろ!」


 武闘家の低く構えたままの高速移動!

 猫科魔物のような俊敏な動きで左右にフェイントを入れ、一瞬姿が掻き消え次ぎの瞬間、拳がアゴ下に現れた!!


「勇さん!」ピョートルの盾が武闘家を押し叩き、何とか拳をかわせた。


「・・・やはりお前、勇」「違う!」


 何かを言おうとしたが即座に否定、まったく相棒め、いくら慌てていたってこんな時に。


「・・そこまで否定するなら、本当に勇者じゃないんだろうな。

臆病者の[偽]勇者」


 完全に正体を見切った上で、ヤツは挑発するように言う。


「だがお前が偽勇者だとしても、私はお前を倒し教会に連れて行くよう命じられているんだ。

ついでに私の恨みも込めて、これからは殺す気で行くからな。

 お前の愚かな所行、今から死ぬ程痛め付けられて後悔しろ!」


[加速]武闘家の単純に前に走るだけの加速が、目で追えても体が反応出来ない。


(くる!)そう解っていても防御の体勢がとれない程の早さだった。


 ゴスッ!

 腹に鈍器のような拳が突き刺さり、背骨にビリッと痛みが走る。


・・・・ゲホッ、ごほっ、

(なんだ今の拳は、信じられないほど痛いし重い!)


「どうだ?拳聖直伝の拳は、お前程度のレベルで躱[かわ]すことなど出来るものか!」


拳聖直伝とヤツは言った、ただの武闘家では無いのか、コイツは一体なんだ?


「砂漠に流星有りといわれた拳聖椰子与様、その家に代々伝わる砂上の足運びだ。

 砂の上にあっても威力を落とす事の無い拳、[流砂功]砂の地で、なお加速する拳打に反応することなど、お前程度の偽物には無理と言う物だ」


 砂地で威力が上がる技!?


(たしかに鎧より、動き安い武闘着といい・身の軽さといい・武道家は砂漠に強い職業だとは思うが)


「やしよ・・様?」誰だ?

 剣士・剣豪・剣聖・剣神、色々な人間がそう呼ばれて来たが、その人間も多分どこかで拳聖と呼ばれた人物なのだろうか。


「その昔、この砂漠の地では鉄の武器・防具は重く、熱く、砂漠で戦うには不向きだった。この砂漠で、人が戦う武器は少なかったのだ。

 だから人々はより軽く、より動き安い姿で魔物と戦うしかなかった。


 そうした武の中より生み出されたのが[流砂功]だ。

 中でも最も強く、数多くの魔物を倒したとその人こそが我が拳の祖。

『砂漠に在れば魔王すら屠る』そうまで言われ伝わる砂漠の英雄、拳聖椰子与様だ」


・・・砂漠、砂地の英雄の技、ここで戦うのは不利だが・・


「貴様!何がそんなに珍しいんだ!この髪が・この目がそんなに珍しいか」 


 より怒りを増した武闘家が滑るような足運びで走り、流れるような拳を振るう。


(髪?目?珍しいのか?)

 それよりオレは、その技の方に目が行くどうやればそんなに早く砂漠で走れるのか、そして砂に足を取られず拳を打てるのかって事だ。


(それに、目を離せば背骨まで響く拳で殴られるからな)目が離せるかよ。


「いや別に、珍しいのはその技の方だ。

 砂地以外でも使えるなら是非とも教えて欲しいと思ってな」


 地形に対応して速度・威力を増すとか動きとか、足の踏ん張りが出来るなら攻撃も回避も有利に動けるよな。

 有利に動け・戦えるなら、生き伸びる事も逃げる事もしやすくなる。そう思ってな。


「・・どうかな、偽勇者の言葉など私は信じないぞ。

 どうせお前もこの黒髪を、黒い瞳を気味が悪いと思っているはずだ。

そうだろう?ヤツらと同じだ」


 素早い動きからの水平蹴り!

 拳の動きに注意していたオレの体を腕ごと蹴り飛ばし、堪えようとした足が砂沈む。


(砂地で蹴りもあるのかよ・・それに)


「さっきからオレだけを狙って無いか?魔物を倒すんじゃないのかよ!」


ずるいぞ!ピョートルはガードを固めてるのに、オレばっかり狙って!


「魔物は後でも倒せる、今はお前を殺し、死体を教会に持ち帰るの事が最優先だ!」


(コイツ!倒して連れ帰るとか言ってたのに、いつから殺す事に決めたんだ!)


「pー魔法を当てられるか?こっちは攻撃が速過ぎて受けるだけで余裕がない!」


なんとか無力化して逃げる隙を作らないと。


(オレは砂地で足を取られて動き難いっていうのに、奴だけ動きが自由ってずるいぞこの野郎!)


「すみません、私の魔法もあたりそうにないです!」


[爆破]なら衝撃くらいは与えられそうですが、と。

 その結果、砂を巻き上げ敵が有利になる事も考えての答えだ。


(それに魔法を唱え始めようとしたら、確実に止めにくるだろうな・・・よし)


「[爆破]を頼む、守りはオレがする。いつもと逆だが詠唱中の心配はするな」


 怯ませる事ができれば成功だ、ヤツの武装は薄いからジワジワと体力を奪ってやれば勝てる!。


・・・ピョートルが集中を始め、その動きに合わせてヤツの攻撃がオレから相棒の向かう。


(よし!計算通り!)


 オオバサミの二つの刃を重ね、オレは×を体の正面に作って前にでる。

盾では無く、刃の守りで敵の攻撃を撃ち返す事が出来れば!


「一つ!二つ!、三つ」

 武闘家の連続の拳は剣の刃を弾き、隙があればこちらの片刃を突き飛ばす。


(なんだコイツ!剣の刃が恐く無いのか?)


  勇者の真正面から突っ込み、それに対して拳で受ける武闘家。

 目の前で拳と剣が打ち合い火花が散った。


 武闘家の防御は手の甲に薄い鉄のを付けただけの手甲、その手で剣を受け流し、弾き・払い落とす技の極み。


(目が良いとかそんな物じゃない、なんだこの反射神経は!)


 オレは剣を持って逆に追い詰められている。

 やつのインファイトと距離を詰める足の早さのせいでオレとの距離が近い。

 近ぎて相棒が魔法を撃てないんだ!


「pー後に跳びながら[爆破]しろ!オレを巻き込んでいい!」


こっちはヤツが近すぎて、動けない!


[爆破]魔力が集中し、爆破の光りが目に写る。

 オレが背後に跳んで逃げようとしたその時、オレの武器を持つ手に重みが加わった。


な!?(コイツ!オレのハサミを掴んでやがる!)


 衝撃!

 爆破の衝撃が体を打ち、爆音が耳をつんざく。


「くそっ、耳が!」


(イカレてるのかコイツ?相打ちを狙いやがった!)


オレが耳鳴りで一瞬耳を押さえた瞬間、胸と腹が吹き飛ばされた。


「!?バサミを掴んでの跳び蹴りか!」


 ハサミの持ち手が、輪のようになっていなければ武器を奪われていた。

 そういう技なのか!?


どれだけ訓練すればそんな戦い方ができるんだよ!


「ワタシは魔法相手の戦いも当然やっている、舐めるな偽者!」


自らもダメージを負い、さらに追撃で跳び蹴りをくれて得意満面。

なにがそんなに嬉しいんだよ!


(・・でもな、ダメージ覚悟ならこっちも慣れてるんだよ!)


「[爆破]を続けろ相棒!ダメージは向こうにもある、根性勝負ならこっちにも分があるはずだ!」


 口ではそう言ったが、本当の所は防具を新調し武闘着相手なら守備力もこっちが上。ダメージを負う覚悟で耐える勝負なら、こっちに勝ち目があるって計算だ。


 根性勝負?そんな曖昧な計算で命を賭けられるか!


 オレhs片手のハサミを腰にしまい、武器を盗られないように強く握る。

左の丸盾を胸の前で構え、防御力勝負に切り替えた。


[爆破]二人の間に衝撃が走り、爆音を振動が骨に響く。

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