第11話
悲鳴が聞こえる、女と子供と男達の叫び声だ。
ある声は飢えた獣がうなる歓喜のように、ある声は女の潰れた喉を引き裂くように。
黄色い煙をあげる焚き火は大人ほどの高さに積み上げられた物の上で燃え続け、
声を失った者・祈りの舞を止めた者が火にくべられる。
「まだか、まだ足らんのか!もっとだ!もっと背徳を絶望を凶気を捧げよ!」
男は憎々しげに炎を睨み、声を上げる。
「もう・・お止め下さい。旦那様、こんなこと・・無意味でございます。
それに領民の口を閉じさせるにも限界が・・」
男に仕える男は目を伏せ主人の顔を見る事も出来ず、震えながらたしなめ訴えようと言葉を絞り出す。
「口を閉じないならヤツがいるなら、家族ごと全員この場に連れて来い!
なにも解らぬ脳無しでも苦しめれば、怒りも悲しみ絞り出せるだろ!」
凶気に宴にあっても男の目は冷静だった。
冷酷に事を起こし・進め・確かな結果を求めていのだ。
「魔王がこの世界に現れて平和は失われたのだぞ、今も魔物に多くの領民は脅かされ男も女も子供も殺され続けているのだ!
世界中に満ちた悲劇に比べれば、この程度の犠牲など物の数でもないのだ」
私は世界の為に世界の人々の為に自らの手を汚し、自らの領民を犠牲にしているのだと男は言う。
「しっ・・しかし、これだけの犠牲を出しても・・」
なにも成せてはいない、ただ殺し・ただ死体を積み上げ凶気の炎で燃やしているだけ。
「だから今はまだ足らないだけなのだ!それにお前は犠牲と言うが、日々人間が魔物に殺され、死ぬ数も知らずお前は目の前だけを見て『これだけの犠牲』と言う。
それこそおかしいのだ。
あと少しで届くはずの結果を前にして、見えぬからといってあきらめては今までの犠牲は・準備はなんだったと言うのだ。奴らの犠牲は無駄だったというのか。
この身を汚し、汚名のみを私に残せと?
無意味・無駄な物としてしまうのか、彼等も私も無意味に苦しみ・死んでいくのだと」
「しかし、死体を積み上げたからと言って・・結果が・願いが叶うとは・・」
「誰もしなかった・だれも成せなかった、だから結果は出ない。
そう決め着けるのか?お前も他の貴族や学者と同じなのか?
魔王の存在は信じても、魔王より上位の存在は信じぬと」
魔王は現れた、魔王すら恐れる存在もまた知られているのだ。
「王達は教会の予言に従い勇者を選定し育てたが、結果はどうだ?なにも変らぬではないか、もう20年は経つと言うのに。
なら他の手段を考える事の何が悪い。
ワシは魔王すら恐れる存在を呼び出し、使役し魔王を倒す。
そうなれば私の正しさを全ての人間に知らしめる事ができる」
その為の犠牲だ、足らぬならもっと積み上げよう。
穢れが足らないならもっと血ヘドと糞尿を集めよう。
叫び嗚咽が足らないなら・憤怒と悲哀が足らないなら・この地を地獄に変えて捧げよう。
「しかし・・それで王家の間諜に目を着けられでもしたら、旦那様も・お嬢様達も危険にさらしてしまいます。世界の前にご家族を!」
こんな事が国王に報告されたら領主様共々、異端審問後に火炙りにされてしまいます。
「だから私の娘を使ったのだ。
上の娘は侯爵家の動きを私に伝えてくる、そして下の娘は今頃・・・」
「もっとだ、もっと様々な方法を使って苦しめろ!
死体は燃やせ!そっちのやつ、ネズミの拷問はまだか」
夫の前で妻がネズミの樽に詰められ叫ぶ、飢えたネズミは肉を食い女の恐怖と痛みの叫びが上がる。
「ぎゃぁっぁぁ、、!!足が!ワタシの手が!!イィ、止めっ・・!!」
「やめ!止めてくれ!オレ達が何をしたって言うんだ!
妻を助けてくれ!代わりにオレを殺せ!!!!」
二つの絶叫は重なり・打ち消し合い、妻の口から血の泡が吹き上がり、夫の喉から叫び潰れた声と唾液と混じるような吐血がこぼれた。
水・火・酸・毒・蟲・獣・あらゆる手段で苦しみを与えられ、狂い壊れ死ぬ贄達。
館の下に作られた地下空間はゆがみ、今にも邪悪を呼びだそうとしている。
(才の無い私にも解るほどの歪みが見える・・だがまだ足らない、何が?何かが足らないというのだ?)
魔王すら否忌する存在ソレさえ呼び出せるなら、この小さな領地を地獄に変えてもいい。
それで世界はかわるのだ。魔王さえ倒せるなら、この程度の犠牲など。
魔王の・魔物のいない世界がやって来る事に比べれば、数十程度の命など犠牲にもならん。
後の歴史が、私の正しさを証明してくれるだろう。
領主は目の前の邪悪な祭壇に祈りをささげる、この悲鳴と絶望が邪悪な神に届きますようにと。
───────
こちらは勇者の一向。
彼等は自分達を守る為・戦力を増強する為・装備を整える為に、ある場所を目指していた。
森に隠れた古い遺跡、地下では今も滝と共に仕掛けが動く音が聞こえているらしい、長く人の手が入った事のない遺跡・・らしい。
「って話なんだが、それだけ有名な遺跡ならもうなにも残されていないだろ?」
人の噂は音の速度で広がるらしい。
いくら深い森に隠されていても、森の外でも聞こえる音なら人間の興味を集めるのは簡単だと思うのだが。
「その遺跡の仕掛けは、人間では攻略出来ないとしてでもですか?」
「・・・なんでそんな事が言える?」
人間の作った仕掛けなら、普通は人間が解けるように出来ている。
解けないのは口伝されてないか、仕掛けの地図が失われたからだ。
遺跡の利用者が人間であるかぎり、必要な時に仕掛けを外せないでは使えないだろう?
「・・その遺跡は、魔物達が・・大昔の知恵ある魔物が作りあげたと聞きます。
地下に封じられた魔王様の遺物を見つけるために・・」
人間が石を積み上げられるなら、魔物だって洞窟を掘れるって事か。
「結局遺物は見付からず、放棄された遺跡に魔物達が住み着いたり、どんな手段かは解りませんが盗賊が住み着いたりしているそうです」
おれが寝ている間に仲間との交流があったらしい。
ピョートルの情報、信じるべきか・・
(一応は疑ってはおくが・・・魔物の情報網か・・)
「確認するが、オレがその遺跡を荒らしてもこの辺のやつ[魔物]は困らないんだろうな、多分襲って来る魔物は殺すぞ」
ピョートルの仲間達の隠れ家なら面倒な事になる、隠れ家でなくても魔物の闘争の火種になるのも面倒だ。
(アイツらともう一度殺し合えって言われてもな、、、オレには無理だな)
話をしたヤツが魔物で、そいつらが魔物だからって簡単に殺せるのが勇者だっていうのならオレは勇者失格でいい。
「入り口や其所までの道に現れる魔物は・・交戦を避けて戴きたいですが、中の魔物は多分そこまで他種族の言葉に耳を貸さないと思いますので・・」
殺してオッケーって訳ね、(・・それほど凶暴って事もあるのか)
「よし、どうせ他に道は無し!盗賊でも魔物でも蹴散らして宝探しだ。
レベル上げと戦闘経験も積む、目的がハッキリすればあとは進むだけだよな」
・・・・・・
切り株・毒蛾・林檎・ネズミ・耳で飛ぶウサギ、一番美味いのはウサギだった。
あと堅い芋虫とバッタと・・たぬき?
「鎖鎌の熟練度があがっちまうな。あいつらオレをどうしたいんだ?」
「・・さぁ?それより、たぬきは逃がしてよかったんですか?」
逃げるやつは追わない、葉っぱを抱えて飛び出して来たくせに鎖鎌を振り回したら逃げて行った。
「出て来た瞬間に殺してしまったら仕方無い、とは思うが。悪意のない魔物を殺すのはつまらん。それにたぬきは不味いって聞くし」
(ウサギもネズミも本能で飛び掛かって来るから鎌のサビにしてしまうんだよな、本能で避けてくれねぇかなぁ)
一応は貴重なタンパク質だから、喰える部位はいただくけれども。
ガサッ・・・スライムの騎士が現れた!
「・・どうも・・」「ああ、うん。どうする?」勇者はブンブンと分銅を回し鎌を握る。
・・「あ!アッチの方に茸が、では私はそちらへ!」
魔物の群れは去って行った・・
「なんであいつらは向こうからやって来るんだよ、待ち伏せして囲んだ方が効率いいだろ?」
そうなれば戦うけれどさぁ。
「なんでしょうね・・こう、勇さんが近づくと、本能的な所で『襲わねば!』と飛び出してしまうんですよ・・人間の旅商人とかとはまた違う・・なんでしょうね?」
(チッ、勇者特性ってやつか?
魔物を集めるオーラ的な何かが出てるんじゃないだろうな・・・
コイツはどうなんだ?)
ジィ~~~~~・・
「私は襲いませんよ!そんな目で見ても、勇さんを襲う訳が無いでしょうが!」
「そうなのか?」何故だ。
「魔物だって従うべき相手を決めたら従う者です、魔物だって誇りがあります!
あちこちに主人を持つような事はしません!」
「・・おれは、お前の主人ではないよ・・仲間だ」面倒なので二度は言わない。
・・・・
殴って従わせるも買収するも同じ、一度従わせた魔物は裏切らないらしい。
(それが自由意思ならいいが・・・)
「逃げるべき時はオレを置いて逃げろよ、命をかけてまで従うような事は無いからな」そこまでするような男じゃないからな、おれは。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「で遺跡の前まで来たわけだが・・」
ポッカリ空いた入り口からは空気が吹き出し、遺跡の奥からは確かにゴトッ・・・ゴトッと音がするな・・どうも簡単にはいれそうなんだが。
「人間の盗賊でも罠の場所は解るでしょうが・・」
「外す事は出来ない・・ってことか」
罠や仕掛けを避けて入る事は可能、だがそれでは遺跡の全てを探索できない。
つまりまだ宝が残っている可能性は高い。
「ところで、盗賊の技術なんてあるのか?」どう見ても戦士タイプなんだが?
「ありませんよ?」
即答された、じゃあどうするんだよ!
答えは簡単だった、魔物が作った遺跡の罠は魔物には簡単に解るらしい。
「ですから、大昔の魔物が作った遺跡ですから」だそうだ。
「そこで止って下さい」オレ達が通路に入ってしばらくして声が掛る。
にょりん!とか、にゅりん!とかそんな感じでスライムの[スラヲ]が細い隙間に入ってく。
・・・・・戻ってきた、どこか誇らしげな雰囲気でピョートルを乗せる。
「大昔なら案内スライムが罠を一時解除していたと聞きます、人間の子供でもこの隙間は通れないでしょうから・・」
一時的に解除された罠も、遺跡の仕掛けで戻ってしまう。
そして・・空中にいる魔物には罠は作動しないって事か!
コウモリ猫が数匹、バサバサと翼を広げて待ち構えていた。
(鎖鎌で叩き落とすんだけどもね)
鉄の槍・鉄の盾・棍棒・ヒノキの棒・鉄兜・厚手の鉄鎧。
「全部ピョートルの装備な、オレには鱗の盾を返してもらう」
「ピッェ!」スラヲが拒否したそうな声を上げるが、もう決った事だ。
「槍は拳を使うオレには向いて無い、とうぜん動きが鈍る防具も」
棍棒とヒノキの棒は・・捨ててもいいだろうか、貧乏症で捨てられないオレ。
「・・どう、で・・しょうか?」
ガチガチに固めたピョートルが鉄兜をかぶりフラフラしていた。
「重戦士だな、がんばれ」
だが、主に頑張るのは下にいるスライムだろうけれどもね。
是非、五月雨突きをマスターしてもらいたい。
(あと、魔物が崇拝してそうな像もあったんだが・・)
不気味だったんで放置した。
持ってたら呪われるか、本能的に叩いて壊してしまいそうな作りだったんで。
炎を消したり付けたり・岩を転がし、スイッチで水を流し、イカダを使い・・
疲れた、「なんでここの魔物は全部が好戦的なんだよ」そんなに死にたいのか?
回復スライムと死体と死体騎士、なんで[回復]で傷が治るんだよ!
死体を片付けても攻撃して来るし、回復スライムだけで戦えると思っているのか?
とか言ってたら・・
『腐ったら死体は起き上がり、仲間にして欲しそうな顔をしている』
「駄目だ」
『魔物は悲しそうな顔で去って行った』
好戦的なのか友好的なのかハッキリしてほしい。
鎌でぶった切った魔物は起き上がらないけど、分銅で倒したやつは偶にこうなる。今のオレには仲間を増やす余裕はないんだよ、物理的[金銭的]にも精神的にもな。
疲れては遺跡を出て野営し・魔力を回復させて再突入する事数回、ピョートルに鎧が馴染み始めた頃馬車の起こす車輪の音で勇者が目を覚ます。
(なんだ?・・盗賊が馬車で移動するか?・・それは無い、だとすれば・・なんだ?)
「起きろ」小さく呟きピョートルを起こす。
(確かに音で遺跡がある事は周知の事実だろうが、魔王が復活したこの時期に魔族の遺跡に兵を送るか?・・それに早い、森の中を高速で馬車が走るか?)
ベキベキと木を押し倒す音と同時に、ドンッと衝撃音が森に響く。
「どうやら・・面倒事の方か」
倒れた馬車を囲む兵士と軍馬、軽鎧の男が馬車の人間を引き摺り出し御者[ぎょしゃ]のような男の胸を突き刺す。
兵士の剣が数度胸を突き、離れた場所で隠れていたオレの目にも男が血の泡を吹きながら絶命したのが解った。
そして次ぎに引き摺り出され囲まれているのは女だった。
(ここからでは聞こえ無いが・・貴族か?アレ)
上等な絹の光沢、リボンや刺繍に金の光りも見える。う~~ん
「助けないんですか?」
「・・貴族同士の派閥争いとか権力争いなんか好きなだけやらしとけばいい、
でもなぁ・・」
国の貴族どうしが、泥沼の権力闘争をして殺し合うのは全然良いが・・
はぁ・・「女一人に兵士が5人か」
助けたく無い・かかわりたく無い・・が兵士の剣が女の方を向いた瞬間、オレの足は反射的に走り出していた。
一番近い兵士の喉頸[のどくび]を鎌で刈っ切り、盾で顔を隠しながら隣に立つ男の頸動脈[けいどうみゃく]を掻く様に斬る。
「な!なんだ!?」
二つの噴水が死体から上がり、肉が倒れた音でようやく一人が気が付いて声を上げた。
オレのあとに続くスライム騎士が一人に襲い掛かり、オレは更に一人の兵士に向かう。
盾で顔を隠し鎌を構える勇者はこの場のにいるどの生物より早く動き、
素早く兵士の足を切りつけた。
「お!お前コイツの仲間か!コイツの命がどうなっても!」
女に剣を向けた男が叫ぶ。
しらん、1体1なら女子供でも自分でなんとかするだ。
死にたく無ければ必死で目の前の敵と戦え。
「お前こそ、仲間の命がいらんのか?コイツとアイツはまだ生きているぞ」
ピョートルが槍を突くが、鎧の重さで素早さを欠いている。
勝てなくもないが、命に槍が届くまでは少し時間が掛る感じだった。
男が女に向けた剣を振り上げたので即時におれは地面に銅剣を突き立て、剣を振り回す兵士に襲い掛かる。
盾で男の剣を押し退け、鎧の継ぎ目・脇の下に鎌の刃先を通し、そして引いた。
「コイツこのままだと、出血でホントに死ぬぞ?」
そう言って脇を抱えて転がる血だるま兵を背に、最後の男に向かって歩き出す。
「オレは通りすがりの・・冒険者みたいなもんだ、女を囲んで殺そうとかしてたから出て来たがそもそもただの行き掛かりってやつだよ。
誰が死のうがオレに利害は無い。
そして・・・そっちの女、多分貴族とかそんな感じだろ?
貴族の子女なら護身術の一つや二つ身に付けているはずだよな?」
「お前がその女を殺すのに手間取れば、オレの分銅がお前の頭を打ち抜く。
だからってオレの方に向かって来ればおれは時間稼ぎに距離を取るか、この血だるま男を使って身を守る。
そしたらその女は逃げるだろ?
それに良く耳を澄まして見ろよ、聞こえ無いか?馬の蹄の音が」
ヤツの味方かも知れないし、女の味方かも知れないが。
「ダラダラと時間稼ぎしていたら、確実にお前の仲間は死ぬ。
今は引いて体勢を立て直す方が、そっちにも勝算は有るんじゃ無いか?」
「駄目です!どなたかは知りませんが、その男達を逃がしてはなりません!
殺して下さい!」
「だってさ、どうする?」
クッ「その声、憶えたからな!」
男はふところから[旅人の翼]を取り出し魔法の光りが男達を空高く舞上げた。
・・・「何故逃がしたのです!貴方の実力なら」
「皆殺しに出来た、か?なんでオレがそんな事を?
殺人狂じゃ無いんだ、それに・・あの馬の連中が本当にそっちの味方かどうかも解らない状況で?
・・・人質は一人で良いとしても、活きが良い方が死にかけより役に立つだろ?」
盾にした所で、死んでしまえば人質にもならないだろ?恨みを買うだけだ。
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