第26話

 勇者達が武器の調整を待っていたその時、遠く離れた地では神殿の廊下で走る男がいた。


 神官服を着た男は、信者からの寄付の入金と転送を管理する鏡の間より飛び出し、神官長の待つ部屋に走る。


 市民達は知らない教会の中にだけ存在する、銀行業務の利用記録。


 どこで誰がいつ利用したかを常時監視できるその場所で、彼らは交代しながら一日中監視していた。

 そして彼はついに目的の人間が、出金をおこなった記録を確認したのだ。


「失礼します!ご報告です!」


ノックの返事も待たず扉を開き、中にいるであろう神官長に頭を下げながら事態の報告を行う、その報告とは。


「ようやく勇者・・失礼、元勇者の居場所を掴みましたか」


報告の内容を予想してたように、神官長は顔を向ける。


「ハイ!今朝方早くに、場所は砂漠の入り口の町[ランガ]武器屋です!」


 神官は走り書きのメモを手に、報告に間違いの無いように伝える。


「それで・・金額は?全額を換金したか?それとも少額か?」


 全額ならばどこかで[旅の翼]手に入れて、今頃はどこかへ身を隠しているだろうと推理できる。だが、


(あの臆病な子供なら、少額をバレない程度に・・ってところでしょうが)


「それが・・金額は8700、なにか防具を新調したような・・」


 使われた金額の大小は記録できても、何に使われたのかは解らない。

あくまで想像ではあるが・・・


「・・?いま武器屋と言ったな?」


(武器・防具を買ったのか?

 あの臆病な子供が?・・装備を整えてどこに向かっている?

防具を整えたとしてもです・・)


「キミ、最近あの男に神より下された賞金の額を調べて下さい。どうも小遣い稼ぎをしながらの逃亡だけとは思えなくなりました」


「!っ・・それは・・少し難しいかと」


 金属版に入金される賞金は、彼等が信じる神が直接行っているとされている。

その情報を盗み見るという事は、神様に対する不審を意味する行為だった。


 教会が出来るのはあくまでカネの移動と管理、寄付された金額を[神様の台帳]に記入し、移動された金額を支払う事のみである。


(使えない、教会の為に手を汚す覚悟も知恵も無いのですか、コノ男は・・)


「ええそうでしたね、ではおおよそで良いので彼の現在の入金額から数字を算出して下さい・・ひょっとしたら・・いえ」


(いまさら勇者の本分に目覚めたなど、認められません。

あの男は死んでもらい、s主には次の勇者の選出をして貰わないと)


 勇者は教会の物、それが彼・そして聖神教徒全員の願いである。


 神を信じ、神の使徒たる自分達の中より勇者が現れる。

それこそが大司教様のお言葉である。


 現在の勇者は王国と国王が見つけ出し、管理・教育を行った偽物と言うのが彼等には信じられているのだ。


(だが神託は彼に降りた、それもまた事実・・こちらで育てる事が出来ていれば・・)


神の子として[教育]し、死すら恐れぬ強力な神兵にする事が出来ただろうに。


(主は一体なにをお考えなのか・・

 勇者などしょせんは権力闘争の駒、王国の勇者など国王に権威を与えるだけ。

 権威も正義も民も全て、主の子供である我ら教会に有るべきではないでしょうか・・) 


「あと一つ、候補の者達を集めて下さい。彼等に元勇者の捕縛をお願いします」


 ハッ!強い声と素早い一礼の後、神官は扉から退出していく。


(元気だけはいいんですがねぇ・・)


 彼を見る男の目は、可愛い子を見るような慈悲をたたえていた。

表情に年輪のように刻み付けた柔和な笑顔が浮かんでいる。


 教会には彼のように神のもとで才能を開花させた者もいれば、勇者・英雄・聖女・達の栄誉・栄光、羨望[せんぼう]と名声、力と才能を取り込む為に教会が囲い込んだ勇者達の子孫達も多い。


(それは王族や貴族も行っている事ですが・・今回は偶然王族側に神託が降りた・・と考えるべきでしょう)


 そして候補と呼ばれる者達もまた、古い勇者達の血を引く者達である。


 神官長の脳内が熱を持つ、それは本人すら憶えて無い程の遠い昔『なぜ、自分に勇者の血が流れていないのか』という怒り。


 血が滲むような努力と苦労で手に入れた力と、生まれつき能力の有る者達に頭を下げ、生まれつきその地位を約束された者達に媚びへつらって積み上げた神官長という地位。


 苦汁と辛酸、屈辱と挫折を味わった神官達は多い。

そして彼もまた、その中の一人であった。


(勇者の血筋など・・しょせんは神の駒なのです、人の世は人が治めるべきなのですよ)


 勇者は勇者の血筋しかなれない、そんな現実を彼は誤魔化すように笑顔を作り、軽蔑する勇者の血筋達を教会の為に使うのであった。



────────


 神官長が候補を呼び出していたころ、神官戦士達が体を鍛える訓練場に一人の男がいた。


 短く整えられた美しい金髪は波を作り、背は高く鍛え上げられた筋肉はその体の中に締まるように詰まっていた。


「[三連突き]!」彼は一つ呼吸を吸うと、持っていた槍を突き出して引く。


 カカンッ!


 実力の無い者が見れば、1突きで三つの穴が同時に開いたように見えただろう。

壊れた鎧を着せられたカカシは倒れ、力無く空を青いで転がった。



「・・だめだ、まだ遅い」


男は自分の持つ槍を握り直し、槍を突く構えを取る。


「何が遅いってんだよ十分じゃねぇか。、普通に誰も躱せ無ぇよ」


 男の後に立つもう一人の男が、気合いを溜める男に声をかける。


「・・ああ、違うんだよ。本物の[三連突き]は音も一つしか聞こえ無いくらいの早さなんだ」


「だから、十分なんだってヨシュア。どうせお前なら1撃・・いや3撃で倒しちまうんだからさぁ」


 金髪の男より背の高い、細く・しかし鍛え上げられた白髪の男が笑う。


「ライヤー、オレの中には神槍と呼ばれたヴェントの血が流れているんだ。

この程度の技も出来ないのでは笑われてしまうよ」


 神槍・神拳・聖弓・聖拳・・・教会が集め育てている英雄・勇者の血筋達。

 長い歴史の中には血が途絶えた者、力を失った者も少なく無い。

 教会も王国も、ほかの地でも彼らを保護し、その血の濃い・能力のある者を鍛え魔物と戦う兵士として使っている。


そして、その中から神が神託を与え、勇者の力と人々を救う運命を与えると信じられていた。




「オレが鍛錬を怠けて力を失ったら、神様と先祖に申しわけないからな」


 ヨシュアの集中が途絶え、流れ出す汗を手で払う。


「血ねぇ・・オレが言うのも何だって言われるけどよ・・頑張ってるよ、お前は。


 上の偉いさんから槍を返して貰えばそんなもん

 ・・たしか[疾風の槍]だったか?お前ん家に伝わっているやつ?

そいつを使えば、だれにも負けねえさ、お前さんは」


 集められた英雄の血族、彼の一族に等に伝わる武具はその威力の為に教会が管理、封印している。と言う事になっている。


 実際は彼等の力を押さえ、反抗・逃亡を封じていると思っている者もいるかも知れない。


さらには『教会は伝説の武具を管理運営し、教会の権威を高める為にも使われている』などとと考える者もいる。


「教会に預けた[疾風の槍]はその時になれば司教様が渡して下さる。

今は強い武器に頼って精進を怠らないようにと、私達の成長を考えて居られるのだ。


それにヴェント様は立て掛けてあった木槍でも[三連突き」が出来たと聞いている。オレが出来てないのは単純に鍛錬が足らないだけだよ」


 ヨシュアと呼ばれた青年が再度鉄槍を握り集中を高めようとしたその時、二人いた場所に神官の一人が走って来た。


「・・どうやら呼び出しのようだぜ?訓練はここまでだな」


ライヤーは走って来る神官に顔を向け、やれやれと肩をあげた。


「そうか」


 ヨシュアは対象的に顔を引き締め、最後の一撃を空に打った。


 汗を流す為に水を浴び、服を着替えたヨシュア達は昼を過ぎて神官長の部屋の扉を開く。


そこにはすでに候補が二人、静かに座っていた。


「遅れました」ヨシュアは一礼し席を引く。


 そのとなりでは笑いながら会釈をして座るライヤー。


「遅い!神官長様をこんなに待たせるとは何を考えている!」


 黒髪の候補がにらみ付け、声を上げる。


「そう怒んないでよアヤメちゃん、汗だくのままで来るってのも無礼でしょ?

それに時間指定も無かったしなぁ?汗くらい流させてよ」


 キサマ!


「止めろ、オレ達が遅れたのは事実だ」


「申しわけ無い」そう再度ヨシュアが頭を下げたのは、アヤメと呼ばれた候補が机に手を付き、立上がろうとした瞬間だった。


「確かに私の方で時間指定はしませんでしたので・・落ち度はこちらにあります。

皆さんが争う理由はありません。押さえて下さいませんか?」


 神官長の笑顔でアヤメが渋々と席に腰を戻した。


「・・では皆さんがそろったと言うことで、話をさせて戴きます」


左右の席に座る彼等を見て神官長が口を開く。


「?皆さんって一人足らないんじゃないの?あと一人はどこいったんです?」


「彼は辞退しました、別の要件があると言う事なので」


 ライヤーの言葉に神官長は笑顔のまま答え、そのまま話を続ける。


「偽勇者が行方が見付かりました、元勇者と言うべきでしょうか?」


・・・


「仮にも神様に選ばれ王国の人々に育てられ、屈強な戦士達を護衛に与えられ、逃げ出した・・臆病者です。かれは勇者とは言えません。


 かの男はその後も反省せずに、何年も部屋に引き籠もり。

 怠惰のままに過ごし、怒りのままに無意味に弱い魔物を狩って腹を満たしていたと聞きます」


 臆病・怠惰・怒り・傲慢・飽食、それらは教会が悪とすべく人々に戒めていた行為である。

 それに加えて神の命に従わなかった事、それは反神・神に逆らう行為。


「私達教会は彼を捕らえ、もう一度神様の啓示を受けさせる事にしました。

当然十司祭会議での決定です」


 十司祭会議、各地・各国で神様から司祭の資格を与えられ、布教に従事している神官達の長が集まり教会の運営や重大な事を話し合う会議だ。


 その決定に全ての信者は従う義務がある。

 そしてそれは一国の王の権力より強力で、かつては一国の王が[異端]の烙印と共に排除された歴史もある。


「臆病者を捕まえる為だけにオレ達を?

 そんなの他のヤツにやらせときゃいいじゃ・・ないですか、オレ達はもっと強い魔物の相手をするべきじゃ」ねぇの?と、ライヤーがまで言う間も与えず、


「神官長様の言葉に異議を挟むな!

 私達は神と教会の指示に従い忠実に任務を果していればいいのだ!」


 アヤメはライヤーの言葉を封じて睨む。


 聖神光明教会、至高神と呼ばれる神の信徒達を束ねる世界で最も大きい教会。


そして今彼等の使命は魔王を倒し、魔物を討ち滅ぼす事。


 勇者候補も含め、全ての神官・全ての神官戦士達は日々鍛錬と共に世界中の魔物と戦い、世界の人々を守っているという自負がある。


「・・ライヤ、キミの言う事もわかります。

 今は強力な魔物を倒し人々を救う事も重です。


 ですが、これは決定事項なのです・・それに今は一刻も早く偽勇者を捕らえ、審問にかけ、啓示の間に連れて行く必要があるのです。

 ・・主は間違う事は無い、ですが我々が意思を間違って受け取ってしまう事がある事も事実なのです・・解りますよね」


 神様は間違わない、だが神様の言葉にナニモノかの妨害で人々にねじ曲げられて伝えらた・・とされる事はあった。


 つまり、偽勇者の背後にナニモノかが存在し、その力で啓示の内容を狂わせた。


と言う事も、そして『偽勇者の背後には魔王と匹敵する神の敵がついている』

 それが今教会で信じられ、噂もされている。


「[捕らえて見ればわかる事]、ですよね。ヤツは今どこにいるんですか」


「たしか・・[ランガ]と言いましたか、砂漠の近くにある町だと聞きましたが」


 神官長は机の上に地図を広げ、指をさし示す。


「遠ぉ!・・いや神官長様、こんな町[旅の翼]でも半日は・・てか、この町に行ったヤツを探すだけでも難しいっていうか」


 旅の翼は行った事のある場所・町村城にしか行けない。

 まして大陸の北にある総本山のこの教会からでは、行った事のある人間も珍しい。


「その近くまで行ける人間は、今手配中です」


 それまでに逃げられる可能生はありますが、とつづけ、


「多数を派遣すると信者達に余計な心配をかける事も考えられますので、最も信頼できる貴方達にお任せするのです。お願いできますか?」


「まぁ臆病者の異端者をしばいて連れて来たらいいんだろ?

簡単なお使いだ・・どこまでやっていいかにもよるけどよ、万が一」


 力加減の失敗で殺してしまう、そんな事もあるかもしれない。


「捕獲対象が抵抗したら、それなりのお灸をすえていただいて結構です。

当然殺してしまっても、勇者を名乗っている者なら生き返らせる事も容易いですし」


 殺して死体を持ち帰る事も容認します。

 それが教会の方針と伝える神官長は彼等に再度伝えた。


「現在の偽勇者が存在するだけで、他の[勇者候補]達に新たな啓示が降りて下さらない、


 彼がいるせいで、魔物は減らず・魔王の力は増大するばかりです。

 世界が平和にならない事も人々が今も苦しんでいる事も、全ては神を欺き、啓示をねじ曲げた偽勇者のしわざです・・わかりますね?」


 全ては勇者の責任、そうする事で教会も全能なる神を疑う信者を無くす事に成功している。

 信者には勇者を[悪魔の使い]と呼ぶ者さえいるのだ。


「その偽勇者を伐ち倒す者こそ、教会は勇者に相応しいと考えているようです」


 教会の勇者候補が偽勇者を伐ち倒し、新たに啓示を受ける。

 それこそが教会の狙いだった。


 最も教会に尽くし、そして勇者に選ばれることで勇者を[教会が選ぶ]と信じさせるのだ。


「・・・さて・・?3人には神のご加護を・・本山の2人には特別なご加護を与えますので少しの間お待ちなさい」


 神官長が少し目を離した間にアヤメの姿が消えていた。


(・・彼女は分派の人間ですから、別に構いませんか・・)


 もう一人の候補にも軽く加護の術を使い、退出させ、少しのあいだ席を外し金の器を手に戻って来た。


「特別な加護の力が込めてあります。二人とも、お飲みなさい」


 ヨシュアと共にライヤーが器を手に取って中の液体を飲み干す。


 ウッウゲッ・・ごほっ・ゲホッ・・スマネェ、肺に詰まった、ゴへッ!ウェ!


 ライヤーが咽せ返して液体をこぼし、開いた窓に向かって咳きこんで吐き出した。


「ゴホッ!ゲッ、、スンマセン、神官ちょっ・・げほっ」


「・・・落ち着いて、大丈夫ですよ。もう一度加護をしますので」


「いっ、いや・いいすっウッ、ごほっ、オレ、ヨシュアと一緒に行きますんで、

ゲホッ、偽者なんてコイツ一人で十分過ぎますカッ!げほ・・」


 息が出来ないくらい咳き込み、何とか返事をしながら部屋から出て行った。


「・・私は皆さんがまとまっていただきたかったのですが・・・

 頼みましたよヨシュア、私は貴方が一番次ぎの勇者に相応しいと信じておりますよ」


 神官長は深く頭を下げ、ヨシュアの手を取った。


「詳しい指示書などは、近くに飛べる者と引き合わせる時にお渡しします。」


 ヨシュアは、神官長の下げた頭に並ぶほど深く頭を下げ。


「お任せ下さい!必ず偽勇者を連れて戻ります」

そう言って手を放した神官長に誓い、部屋を後にした。

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