15.桃ちゃんの説得
守護獣さんが見えにくくなって、話ができなくなった件については、お祖母ちゃんに電話で相談してみた。
お祖母ちゃんは親身になって私の話を聞いてくれた。
「タロットカードを捲っても、守護獣さんがお話ししてくれなくなっちゃったの。薄れていて、見えにくくなっていて、消えそうだし」
『暁ちゃん、タロットカードを意味は分かっているよね』
「タロットカードの意味は覚えているわ」
お祖母ちゃんからタロットカードを受け継いだときに、私はタロットカードの手引きの本も買ってもらっていた。それはボロボロになるまで読み込んでいて、栞や付箋がたくさん挟まっている。
『守護獣の声が聞こえなくても占いができなくなったわけじゃないんだろう?』
「占いは……多分、できる」
守護獣さんの声は聞こえなかったが、タロットカードを捲ったらペンタクルの八の正位置が出て、修行という意味だと分かったように、私にはタロットカードを読み説くこともできないわけではなかった。
『タロットカードの導きは失われていないんだから大丈夫。守護獣はいつかは見えなくなるものなのさ』
「クラスの子に黒い影が憑りついているの。それを祓いたいのに、守護獣さんの力が借りられないと、困るわ」
弱音を吐く私にお祖母ちゃんが言う。
『これから暁ちゃんは歌劇団の付属学校という厳しい場所に挑むんだ。嫌がらせをされることもあるだろうし、みんなで協力しないといけないこともあると思う』
「嫌がらせは黒い影が見えるかしら?」
『きっと見えるよ。協力するときにはそれは祓えると思う。そういう準備の期間を守護獣は設けてくれたんじゃないかな?』
私は試されている。
お祖母ちゃんの言葉で理解できた。
歌劇団の付属学校に入学してからは、千草ちゃんと香織ちゃんと三人で仲良くしているだけではだめだ。
舞台というものは全員で作り上げていくものなのだ。
協力する力を、今私は試されているのかもしれない。
お祖母ちゃんにお礼を言って通話を切ると、私は準備を始めた。
まずはあの子と話をしなければいけない。
タロットクロスを机の上に広げて、タロットカードを混ぜる。
守護獣さんの声は聞こえなくても、タロットカードの意味を読み説くことはできる。
スリーカードという三枚のスプレッドで占うことにした。
一枚目のカードは、ペンタクルの五の逆位置。
意味は、技術力。
逆位置になると技術力はあるのにそれが評価されないという意味になる。
「あの子は歌劇団の付属学校の入試を受ける技術力があるのに、評価されていなかったんだ。それで、鬱屈した感情が溜まっちゃったのね」
黒い影にあの子が憑りつかれた原因はそれのようだ。
二枚目のカードは、カップの二の正位置。
意味は、相互理解。
いい信頼関係を築き上げるという意味がある。
「今、必要なことは、あの子と理解し合うこと。あの子に私は言わせなきゃいけない」
歌劇団の付属学校に行きたいと本人が口に出さなければ、私も協力できない。
三枚目のカードは、ソードのクィーンの正位置。
意味は、的確さ。
自分の意志を強く貫けることを示している。
「それができれば、あの子は自分の意志を貫くことができる。そうか、分かったわ。あの子自身が変わらないといけないのね」
自らが変わらなければ、あの子に憑りついた黒い影は消えることはない。
中学校で私は千草ちゃんと香織ちゃんに相談していた。
「私、あの子と話したいの。どうすればいいかな?」
「歌劇団の大ファンだって聞いたわ」
「歌劇団の付属学校を目指していたんじゃないかな」
その話をすればあの子は乗ってくるだろうか。
火に油を注ぐようなことにならなければいいのだが。
私と千草ちゃんと香織ちゃんが近寄ると、その子は身構えていた。
「何よ? この前のこと? 実力試験の結果が破れたのは、私のせいじゃないわよ」
言い訳をして逃げようとするその子の周りを黒い影が渦巻いて飲み込もうとしている。
「歌劇団の付属学校に興味があるんじゃない?」
「あなたたちには関係ないわ!」
「あなたも、歌劇団の舞台が好きなんでしょう?」
「あれは見ているだけの夢よ。現実にはならないの」
「本当は歌劇団に入りたいんじゃないの?」
諭された言葉を口にしているだけのようなその子に私と千草ちゃんと香織ちゃんで語り掛けると、黒い影が囁いている。
『歌劇団なんて現実的じゃない』
『入れるわけがない』
『入ったところで競争に負けるだけだ』
『成功はできない』
呪いのようなその言葉は、その子が誰かから浴びせかけられたものなのだろう。
私は胸を張って言う。
「歌劇団ではみんな協力して舞台を作り上げるの。台詞のない脇役一人欠けても、舞台は完成しない」
「あなたも私たちと一緒に目指してみない?」
「友達に、なりましょう?」
私が手を差し出すと、その子は戸惑っているようだった。
「私とあなたたちが友達に?」
「もう友達かもしれないけど。だって、同じクラスなんだから」
香織ちゃんが付け加えると、その子の周りの黒い影が少し薄れるのを感じた。
「友達に……。私、違うダンス教室に通っているのよ? 歌の教室も別」
「一度、私たちの通う歌とダンスの教室に見学に来ない? 今、歌劇団の付属学校の入試に向けて猛特訓しているところよ」
「私が、あなたたちの友達……」
信じられないように呟くその子の周りで、まだしつこく残る黒い影が囁いている。
『信じても裏切られるだけだ』
『その子たちは歌劇団の付属学校に入学して、お前は入学できない』
『お前の道は閉ざされている』
その声を遮るように、香織ちゃんが声を上げた。
「私、中学に入学するまで……ううん、暁ちゃんと千草ちゃんと友達になるまで、歌劇団の付属学校に入学するなんて考えたこともなかった。歌とダンスも中学に入ってから始めたのよ。それでも、暁ちゃんも千草ちゃんも、私を励まして一緒に頑張ってくれる」
まだ足りないところはあるけれど、私と千草ちゃんが一緒ならば頑張れると告げる香織ちゃんに、その子はぽつぽつと語り始めた。
「ずっと、歌劇団に憧れていたの。小さい頃から劇場にも連れて行ってもらっていたし。憧れてダンスの教室と歌の教室に通ったけれど、パパは役者なんて安定しない職業はダメだって許してくれない……」
その子の夢を阻んでいたのは、その子のパパだった。
「塾の時間があるから、長時間はいられないけれど」
「桃ちゃん、よろしくね」
「ちゃん付けで呼ばれた」
にっこり笑って桃ちゃんに言えば、桃ちゃんは感動しているようだった。
歌とダンスの教室では見学者も受け入れている。
私と千草ちゃんと香織ちゃんが着替えて練習に入ると、桃ちゃんは練習に参加したくてうずうずしているようだった。
「桃ちゃん、体操服持ってる?」
「今日体育があったから持ってるわ」
「着替えておいで」
着替えた桃ちゃんが歌って踊ると、歌とダンスの教室の先生が感心している。
「長く続けてきたのでしょう? 努力が滲み出ています。基礎もちゃんとできているし、これからでも練習すれば歌劇団の付属学校の入試に間に合いますよ」
「それは……」
躊躇う桃ちゃんの周囲をまた黒い影が覆う。最初よりも少なくなっているが、それでも消えてはいない。
『お前は堅実な道を選ぶんだ!』
『いつまでも夢を見ているようではいけない!』
『お前のためを思って言っているんだぞ』
その声に桃ちゃんは委縮しているようだった。
そこに来てくれたのは年上の生徒さんだった。
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