8.お祖母ちゃんの占い

 お祖母ちゃんが机についてタロットクロスを広げて、タロットカードを混ぜる。

 懐かしそうに目を細めているのは、タロットカードを混ぜているときにタロットカードに語り掛けているのだろう。


 このタロットカードはお祖母ちゃんのものだった。

 それを私が譲り受けた。

 久しぶりにタロットカードもお祖母ちゃんに触れられて嬉しいのではないだろうか。


 お祖母ちゃんの部屋に椅子を持ち込んで、私と香織ちゃんは座って机の上のタロットカードを見ていた。

 お祖母ちゃんはヘキサグラムという六芒星を模したスプレッドで占うようだ。


 六芒星の形にタロットカードを配置して、真ん中に一枚タロットカードを置いて、合計七枚で占う。


 一枚目は過去。

 カップの三の正位置が出た。

 意味は、共感。

 仲間と喜び合う意味があるのだが、ベーシックなタロットカードの絵柄では三人のひとがカップを持って祝杯をあげている姿が描かれている。


「暁ちゃんと千草ちゃんと出会えて、香織ちゃんは本当に嬉しく思っているようだね。三人は親友になれるだろうね」

「私が憧れの暁ちゃんと千草ちゃんと親友に!? 暁ちゃんと千草ちゃんの間には誰も入れないと思ってた」

「間には入れないかもしれないけれど、一緒に親友になって加わることはできるよ」


 お祖母ちゃんの言葉に香織ちゃんが赤っぽい目を輝かせている。


 続いて現在のカードを捲る。

 ワンドの五の正位置だ。

 意味は、勝ち取る。

 切磋琢磨しながら奮闘することを示している。


 お祖母ちゃんは言う。


「周囲のひとたちや暁ちゃんと千草ちゃんと切磋琢磨して、今努力しているところだね。その結果、一定の地位を勝ち取った。クラスでも認められたんじゃないかい?」

「文化祭でロミオとジュリエットのティボルトを演じて、評価されました。なんで分かるんですか?」

「努力家の顔をしているからだよ」


 香織ちゃんに演技の才能があるとしても、それを開花させたのは地道な基礎の練習で、香織ちゃんは努力家でもあった。それをお祖母ちゃんとタロットカードは見抜いていた。


 三枚目は近未来。

 月の逆位置が出た。

 意味は、神秘。

 逆位置になると夜明けが近付き、物事が明確に見えるようになるという暗示がある。


「これまでは将来のこと、自分のこと、分からないことだらけだったけど、少しずつ将来を見据え、自分の現状を見据え、未来に向かって歩き出そうとしているね。歌劇団の付属学校も本当に行けるかどうか分からなくて不安だったのが、自分は行くんだと心に決めて努力を始めたんだね」

「そうなんです。私なんかが無理だって思ってたけど、春休みに歌とダンスの教室で発表会をした頃から、私、本気で頑張ろうって決めたんです」

「これからでも間に合うよ。香織ちゃんはピアノも上手だし、演技の才能もあるし、努力もしているもの」

「私、頑張りたいって思ったの。暁ちゃんと千草ちゃんと、歌劇団の付属学校に行きたい」


 迷いがあった香織ちゃんは変わろうとしている。それを聞いて私は嬉しい気分だった。

 自分になんてできないと思っていた香織ちゃんが本気で努力して、歌劇団の付属学校を目指している。香織ちゃんならできると私は思っていた。


 次のカードはアドバイスだ。

 女司祭の正位置が出る。

 意味は、精神性だが、それよりも私はカードに描かれている兎さんが気になっていた。


「この子が香織ちゃんの守護獣なのかな?」

「そうよ、お祖母ちゃん」

「守護獣が全て守ってあげると言ってそうな気がするね」


 お祖母ちゃんの言葉に香織ちゃんは目を輝かせている。


「私のことを守ってくれるのね。誰も私のことなんて見てないって思ってたけど、兎さんがずっと私を見守ってくれてたことを知って、私、すごく救われたんです。私には兎さんがいる」


 兎さんの存在は香織ちゃんにとっては大きなものになっているようだった。

 香織ちゃんの膝の上に乗って、兎さんも誇らしげに胸を張っている。


 続いて捲ったカードは相手の気持ち。

 ソードの二の正位置が出た。

 意味は、葛藤。

 穏やかな気持ちで調和を保つという意味もある。


「これは香織ちゃんの周囲のひとたちの気持ちなんだけど、無理に何かしようとせず、現状維持をして、タイミングを見計らっているところみたいだね。香織ちゃんに話しかけたいけど、まだ話しかけられてない子がいるのかもしれない」

「私に!?」

「文化祭で素晴らしい演技をしたんだろう。きっと香織ちゃんに憧れている子がいるよ」

「そんなこと……あるのでしょうか」


 香織ちゃんは信じられない様子だが、私は十分にあり得ると思っていた。私は友達は千草ちゃんと香織ちゃんがいれば十分だが、香織ちゃんにはたくさんの友達ができそうな気配がする。

 これまで注目されていなかった香織ちゃんの輝きにみんなが気付いたのだ。


 続いてのカードは質問者の気持ちだった。

 ワンドの四の逆位置だ。

 意味は、歓喜。

 逆位置になると、現状に喜びを見出すという意味もある。


「香織ちゃんは今の状況に満足してしまって、新しい人間関係は望んでいないみたいだね。確かに暁ちゃんと千草ちゃんといれば楽しいかもしれないけれど、周囲に友達になりたがっている子がいることにも気付いた方がいいかもしれない」

「私と友達になりたがっている子……」


 まだ香織ちゃんは信じられていない様子だが、お祖母ちゃんの言葉は胸に刻んだだろう。


 最終結果のカードは、カップのエースの正位置。

 意味は、愛する力。

 精神的に満ち足りていて、幸せが舞い込む暗示もあるカードだ。


「香織ちゃんはすごくいい状態だね。周囲からも愛されて、香織ちゃん自身も暁ちゃんや千草ちゃん、それにお母さんや沙織ちゃんと、愛するひとを持っている。兎さんもそうだね。そのひとたちを大事にしていくと明るい未来が拓けるよ」

「はい、大事にします」

「香織ちゃんは素直でいい子だね」

「ありがとうございます、暁ちゃんのお祖母ちゃん」


 お礼を言う香織ちゃんの頬は赤く染まっていた。嬉しそうな香織ちゃんの様子に、香織ちゃんを誘ってよかったと心から思う。


「お祖母ちゃん、色々聞いて欲しい話があるの」

「なんだい、暁ちゃん」

「旭くんなんだけど、守護獣や黒い影が見えているし、触ることもできるみたいなの」

「旭くんが? それはあたしに似たんだろうね」

「旭くん、危なくないかしら」


 私も小さい頃から守護獣や黒い影が見えていたので、黒い影に狙われることが多かった。それを守ってくれたのはどこから来たのか分からない子犬さんなのだが、旭くんの守護獣はセントバーナードだが、まだ子犬なのだ。


「旭くんの守護獣、子どもなのよ」

「どうだろうね。見てみるかい?」

「お願い」


 立て続けに占いをお願いするのは申し訳なかったけれど、私はお祖母ちゃんに依頼した。

 お祖母ちゃんはしばらく左回りでタロットカードを混ぜて、ゆっくりと右回りに何度か混ぜると、カードを捲った。


 出てきたのは恋人のカードの正位置。

 恋人のカードの意味は、心地よさなのだが、それよりもお祖母ちゃんも私も描かれている狼の番に目が行った。


「これは、暁ちゃんの守護獣だったよね」

「そうよ。狼じゃなくて、子犬さんだけど」

「いざとなったら、暁ちゃんの守護獣が出て守るって言ってるみたいだね。旭くんは大丈夫だよ」

「本当? よかった」


 お祖母ちゃんに占ってもらうのと自分が占うのでは全く違う。お祖母ちゃんは私のタロットカードの師匠のような存在なのだ。

 旭くんは大丈夫と太鼓判をもらって私は胸を撫で下ろしていた。


 シャワーを浴びた私と香織ちゃんのために、お祖母ちゃんは自分の部屋に二組の布団を敷いてくれた。

 私と香織ちゃんは同じ部屋で眠ることになった。

 私が布団に入ると、香織ちゃんも布団に入る。


「お休みなさい、香織ちゃん」

「もう寝ちゃうの? 暁ちゃんとお話ししたかったな」


 寝ようとすると、香織ちゃんが小さく呟く。遠慮がちに呟かれたその言葉に、私は薄暗闇の中微笑む。


「何が聞きたいの?」

「見える世界って、どんなものなのか、知りたいわ」


 私は守護獣や黒い影が見えるけれど、普段はできるだけ注視しないようにしている。


「世界がうるさすぎるから、普段は他のひとの守護獣を見ないようにしているの。黒い影はどうしても見えてしまうけれど。守護獣は見ないように気を付ければ、見ないこともできるわ」

「そうよね。みんなの後ろに獣がいたら、集中できないわよね」


 私の話に香織ちゃんは納得してくれる。


「私の兎さんはどんな兎さん?」

「大きさは普通で、耳はピンと立っていて、色は灰色で、お目目は黒い兎さんよ」

「暁ちゃんの子犬さんは?」

「大きさは小型犬くらいで、耳が三角に尖っていて、青白く光ってる……本当に子犬さんなのかな?」

「子犬さんじゃないの?」

「分からないの」


 本人……本犬は子犬だと主張しているが、本当に子犬なのか分からない。出てくるカードは狼だし、顔も何となく狼に似ているような気がするのだが、タロットカードで聞いても否定される。


「暁ちゃんにも分からないことがあるんだ」

「分からないことだらけよ」


 答えると香織ちゃんは笑っているようだった。

 もう少しだけお喋りをして、私は香織ちゃんと眠った。

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