7.夏休みに香織ちゃんとお祖母ちゃんに会う

 夏休みといっても、完全に休めるのはお盆を含めた一週間くらいだけだった。

 私にも千草ちゃんにも香織ちゃんにもピアノの教室があって、塾があって、歌とダンスの教室がある。

 ピアノの教室は課題曲が増えるので練習時間が長くなるだけだが、歌とダンスの教室と、塾は、お弁当を持って行って朝から夕方までずっといることになる。

 香織ちゃんのママが仕事の合間に送って行ってくれるのだが、帰りは時間が合わないことがあるようになった。


 香織ちゃんは塾や歌とダンスの教室やピアノの教室で待たせてもらっているようだが、その件に関して、申し出てくれたのが千草ちゃんのパパだった。


「その時間は教室を抜けさせてもらって、送って行くだけしましょうか?」

「お願いできますか?」

「もちろんです。いつも千草ちゃんを送ってくださってありがとうございます」


 香織ちゃんのママと千草ちゃんのパパで話し合いが行われて、千草ちゃんのパパが帰りは送ってくれるようになった。

 車の中で疲れて眠ってしまうこともあるほど、私たちは毎日忙しかった。


「沙織ちゃんは保育園に行っているの。そのお迎えもお願いしていいですか?」

「香織、家に沙織と二人きりだと大変よ」

「いいの。沙織ちゃんのこと、私、大好きだから」

「ねぇね! すち!」


 香織ちゃんも千草ちゃんのパパにお願いしていた。

 沙織ちゃんは保育園に行っているのだが、帰りはお迎えが必要だ。


「チャイルドシートを準備しないといけませんね」

「そんな、申し訳ないです」

「いずれ、うちにも赤ちゃんが生まれるので必要になります」


 千草ちゃんのパパは沙織ちゃんのためにチャイルドシートを買って車に設置した。

 保育園に迎えに行くと、沙織ちゃんは「ねぇね!」と大喜びで香織ちゃんのところに走ってくる。香織ちゃんは軽々と沙織ちゃんを抱っこしていた。


 私や香織ちゃんは、男役で娘役の千草ちゃんなどをリフトすることもあるので筋力も鍛えられているし、どの角度で支えればいいかをよく分かっている。

 私もおかげで旭くんの抱っこは得意だった。


 千草ちゃんのママはお腹が目立つようになってきている。

 夏休みの終わりごろには出産予定日が来るという。


「多分九月生まれなんじゃないかって、ママは言ってるの。予定日だからずれることもあるんだけどね」

「九月生まれか。旭くんとは一年離れてないんだね」

「沙織ちゃんは七月生まれだから、旭くんと一年以上離れているのか」


 沙織ちゃんはもうすぐお誕生日が来て二歳になる。

 旭くんは十一月のお誕生日が来たら一歳になる。

 千草ちゃんの赤ちゃんは九月に生まれて来る予定だ。


「沙織ちゃんと旭くんと千草ちゃんの赤ちゃんは、一年ずつ学年がずれてるってことなのね」

「同じ学年になれなかったのは残念だけど、同じ時期に小学校にも行けるし、中学校も一年生、二年生、三年生で一緒になるときがあるわよね」

「沙織ちゃんが一番お姉さんなんて信じられない」


 私も千草ちゃんも香織ちゃんも、自分たちの弟妹が可愛くてたまらない。千草ちゃんはまだ生まれていないので、弟か妹か分からないが、どちらでも溺愛しそうな気しかしない。


「沙織ちゃんを見てると妹がいいって思うけど、旭くんを見てると弟もいいなって思うのよね。赤ちゃん、どっちかな」


 千草ちゃんは生まれて来る赤ちゃんをとても楽しみにしているようだった。


 お盆休みに入って、私はパパとママと旭くんと一緒にパパの実家に帰った。香織ちゃんと沙織ちゃんは香織ちゃんのママの車でついてくる。

 近くの駐車場に車を停めてそこからは歩くのだが、沙織ちゃんが抱っこを嫌がって暴れている。


「やー! らっこ、やー!」


 抱っこが嫌だと主張して降ろしてもらった沙織ちゃんは、香織ちゃんと手を繋いで歩き出した。沙織ちゃんのはいているひよこのサンダルが歩くたびに「ぴよっ」と音を立てる。


「このサンダルがお気に入りで、歩きたがるんです。遅くなっちゃうから先に行ってていいですよ」

「いいえ、気にしませんよ。一緒にゆっくり行きましょう」


 遠慮する香織ちゃんのママに、私のママが並んで歩いている。

 香織ちゃんと手を繋いで、沙織ちゃんは足を踏み鳴らしてサンダルを鳴らしている。


 沙織ちゃんの後ろには巨大な兎がいる。

 あれは何という種類の兎なのだろう。


 携帯電話を出して「兎」「世界一」「大きい」で調べてみると、「フレミッシュジャイアント」という種類が出てきた。

 標準的な体重が七キロから十キロで、大きいものになると十三キロにもなるという大きな兎だ。

 世界最小のネザーランドドワーフという兎は体重が約一キロなので、七倍から十倍になるという。


 沙織ちゃんの兎さんと目が合うと、黒いお目目をぱちくりさせて、『沙織ちゃんの可愛い兎ちゃんです』とでも言っているようだ。

 香織ちゃんの兎さんはそんなに大きくないのに、なんで沙織ちゃんの兎さんがこんなに大きいのかよく分からない。


 旭くんの守護獣もセントバーナードで大きいし、沙織ちゃんの守護獣もフレミッシュジャイアントでとても大きい。足が長くて、耳もしっかり大きくて長くて、スタイルがいいのが特徴だそうだ。


「暁ちゃん、何か見えてるの?」

「沙織ちゃんの守護獣がすごく大きいの。多分、これね」


 香織ちゃんに携帯電話の液晶画面を見せると、香織ちゃんは目を見開いている。


「フレミッシュジャイアント!? こんなに大きい兎がいるの!?」

「いるみたい。旭くんの守護獣もセントバーナードで大きいんだよ」

「小さい子の守護獣は大きいものなのかしら」


 香織ちゃんは首を捻っていた。


 パパの実家に着くと、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが迎えてくれた。


「今年もお友達が一緒で賑やかでいいね」

「どうぞ実家のように寛いでくださいね」


 お祖母ちゃんとお祖父ちゃんが香織ちゃんのママと香織ちゃんと沙織ちゃんに挨拶をしている。

 沙織ちゃんは玄関でサンダルを脱ぐのを嫌がって、外に出ようとドアを押していた。


「このサンダル、買わない方がよかったかもしれないわ」

「沙織ちゃん、もうお家に入るのよ」


 香織ちゃんのママと香織ちゃんが説得しているけれど、沙織ちゃんはまだ外を歩きたいようだった。

 外は夕方とはいえ猛暑だし、沙織ちゃんも汗びっしょりだ。


「沙織ちゃんっていうのかい? 冷たい美味しいレモネードがあるよ」

「えもえーど?」

「ちょっと酸っぱくて、甘くて、冷たくて美味しい飲み物だよ。うちの手作りさ」


 お祖母ちゃんに話しかけられて、沙織ちゃんの喉がごくりと鳴った。沙織ちゃんも暑い中歩いて来て喉が渇いているのに気付いたのだ。


「ちょーあい!」

「お靴を脱いでお手手を洗っておいで。すぐに用意してあげよう」

「まっまー! くっく!」


 沙織ちゃんは靴を脱ぐことを理解して、香織ちゃんのママにサンダルを脱がせてもらっていた。

 そのままバスルームまで行って、シャワーで汗を流して、すっきりした沙織ちゃんはお祖母ちゃんに作ってもらった冷たいレモネードを飲んで満足そうにしていた。

 私と香織ちゃんもレモネードを作ってもらう。たくさん氷の入ったレモネードはきんと冷たく、喉に心地よかった。


 晩ご飯にはお祖母ちゃんはお刺身と油淋鶏と青椒肉絲と温野菜のサラダを作っていてくれた。

 お刺身は海苔とご飯も用意してあって、手巻き寿司にできる。

 油淋鶏と青椒肉絲も美味しくて私はたっぷり食べてしまった。


 旭くんは瓶詰の離乳食を食べて、足りないと泣いて、ご飯をおにぎりにして食べさせてもらっていた。ご飯を食べるのは少し早いのだが、旭くんはお粥よりもおにぎりの方が好きなのだ。


 お腹がいっぱいになると、沙織ちゃんは歯磨きをしてもらって香織ちゃんのママと一緒に客間で眠ってしまった。


 私は香織ちゃんを連れてお祖母ちゃんに声をかける。


「お祖母ちゃん、香織ちゃんのこと、見てあげてほしいんだけど」

「何か事情がありそうだね」

「香織ちゃん、今変わって行ってるところなの。それをお祖母ちゃんに見て欲しい」


 つらい過去を乗り越えて香織ちゃんは変わりつつある。

 それを私はしっかりと言葉にして欲しかった。


 私では足りない分もお祖母ちゃんはきっと伝えてくれる。

 お祖母ちゃんの部屋で、私はお祖母ちゃんにタロットクロスとタロットカードを渡した。

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