中学三年生
1.中学三年生
背が伸びていることには気付いていたが、中学三年生の身体測定で測ると私の身長は百七十センチ近くになっていた。
女子の中では一番大きいし、男子と合わせても大きい方である。
体付きも胸が小さいので、髪も短く切っていて、中学校のセーラー服を着ていなければ男性と間違われそうだ。
千草ちゃんは身長が百六十センチくらいになっていて、細身で胸も大きくなく、華奢な体型をしていた。
千草ちゃんと私が並ぶとカップルに見えるとクラスでは騒がれていた。
香織ちゃんも背が伸びているが、私ほどではない。香織ちゃんは可愛い顔をしているので、少年のような役が似合いそうだった。
中学三年生になっても私と千草ちゃんと香織ちゃんは同じクラスになった。
クラスの担任の先生も変わらなかった。
「三年生を受け持つのは荷が重いかもしれませんと言われましたが、皆さんと共に成長したいと思って志願しました。今年もよろしくお願いします」
ベテランの先生の中、一人、まだ三年目くらいの先生が三年生の指導に当たる。それはものすごいプレッシャーだろうし、やらなければいけないことが分からずに迷うこともあるだろうと思われたが、先生はやる気だった。
塾では三年生になるととたんに模試が多くなった。
志望校別の模試を受けるのだが、私と千草ちゃんと香織ちゃんは特別なので、模試の問題がなくて、先生たちが急遽作ってくれていた。
忙しい一年が始まる。
歌とダンスの教室でも一層厳しく指導をされるようになる。ピアノの教室もランクが上がったので課題曲も増えて、指導が厳しくなってきていた。
「ねぇね、あとぼ! ねぇね」
「ごめん、旭くん。ねぇねは疲れてて遊べない」
塾から帰るとソファに倒れ込んでしまう私をぺちぺちと旭くんが起こそうとする。シャワーを浴びる気力もないくらい疲れ切っている私に、ママは晩ご飯を出してくれる。
「旭くんはねんねしましょうね」
「ねんね、やー!」
「もう遅いから寝ましょう」
「やー! あとぶー!」
私がご飯を食べている間、旭くんはママから逃げ回っていた。
晩ご飯を食べ終わると何とか気力が回復して、シャワーを浴びることができた。
シャワーを浴びてすっきりしてから、塾の宿題に手を付ける頃には時刻は夜十時を回っている。
眠くて堪らないのを我慢しながら、宿題を終えて、明日の準備をして布団に入る頃には夜十一時を超えていた。
歌とダンスの教室の日はもっと大変だ。
帰ってくる頃にはへとへとで汗だくで、お腹はぺこぺこだし、時刻は午後八時を回っている。
晩ご飯を食べて、何とかシャワーに入って出てきて、そのまま眠ってしまうことが多かった。
中学三年生になって、私はタロットカードを扱う時間が非常に少なくなった。
それだけ守護獣さんと話さなくてもいい状態というのもあったが、時間がないのだ。
問題は特に起きていないので、守護獣さんと話すことはない。
お祖母ちゃんもこうして守護獣さんたちと距離が空いて行ったのかと思うと、少し寂しい気もした。
私はまだまだ守護獣さんたちと話し合いたい。
旭くんは相変わらず、自分のセントバーナードさんを追いかけ回していた。
セントバーナードを追い駆けて捕まえて触ったり、尻尾や脚を握ったり、頬ずりしたりする旭くんの姿は、ちょっと異様に見えているようだった。
「旭くんが『わんわん』って言って走り回るけど、何もいないのよね」
その件に関して、私はママに話さなければいけなかった。
パパも呼んで旭くんを抱っこして、パパとママと旭くんとみんなで話す体勢に入った。
「パパ、ママ、旭くんは私と同じで、他のひとには見えないものが見えているのよ」
「母さんと同じかな」
「そうなの、パパ。旭くんは触ることもできるのよ」
私も守護獣さんの方が許可すれば触ることができるが、旭くんは許可がなくても触れるタイプのようだ。
私よりも力が強いのかもしれない。
お祖母ちゃんが見えるひとだったから、パパは理解してくれる。ママも私が小さい頃から見えて、そのことを口にしているから、理解してくれる。
小さい頃に「ここにくろいかげがいて、こわいの」とか「ママのあしもとに、ちいさないぬさんがいる」とか言ったのをママは聞いていて、「自分には理解できないけれど、そういう世界もあるのだろう」と受け止めてくれた。
パパはお祖母ちゃんが見えるひとだったから、私をお祖母ちゃんのところに連れて行って、お祖母ちゃんと話をさせた。
お祖母ちゃんは私の話を聞いて、自分も見えていたこと、タロットカードを使って意思疎通をしていたことを教えてくれて、私に自分のタロットカードを譲ってくれた。
それが今使っている動物の描かれたタロットカードだ。
「旭くんも使えるようになったらタロットカードを買った方がいいのかな?」
「そうしてあげて。私と同じのがいいわ」
「暁ちゃんが教えてくれてよかったわ。旭くんには暁ちゃんがどういう風に他のひとに見えないものと付き合ったらいいか、教えてくれるわね」
「分かったわ、ママ」
答えたが私は少し不安があった。
歌劇団の付属学校に入学できることは嬉しいことだ。
それでも、歌劇団の付属学校は全寮制なので、寮に入ってしまうと旭くんともパパともママとも離れなければいけない。
歌劇団でトップスターになるためには仕方がないことだと分かっているのだが、それでもパパとママと旭くんと離れるのは不安だ。
「寮に入ったら旭くんに教えられないかもしれないわ」
「まだその頃は旭くんは小さいわ。舞台に立つようになったら、帰って来られる日もあるでしょう。そのときに旭くんとしっかり話をしてくれればいいのよ」
ママは私が歌劇団の付属学校に通ると信じている。
私もそうだといいと思っているが、それと同時にそうなったときの不安はある。
「千草ちゃんと香織ちゃんも一緒に、全員で通ってくれなくちゃ」
「そうだった。千草ちゃんと香織ちゃんがいるんだわ」
不安はあるが、千草ちゃんも香織ちゃんも一緒だと思うと少し気分が浮上してくる。
千草ちゃんは生まれたときからの仲だったが、香織ちゃんも今ではいなくてはならない親友になっていた。
「付属学校がお休みのときには帰って来られるでしょうし、連絡も取れるでしょう?」
「そうね。ママ、私、頑張らないと」
こんなことで不安になっていてはトップスターにはなれない。
私は気持ちを強く持とうと努力することにした。
「旭くん、わんわんが見える?」
「わんわん、すち!」
「旭くんのわんわんは、旭くんを守ってくれてるんだよ。優しくしてあげてね」
「やたちい!」
旭くんに言い聞かせると、分かっているのか分かっていないのか、返事が戻ってくる。
私にそっくりな薄茶色の髪と目。
可愛い旭くんは顔も私に似ているような気がする。
「旭くん、私に似てない?」
「ということは、パパに似てるのね」
「私、パパに似てるの!?」
「男前のパパにそっくりよ」
大学時代はバレー部で背が高くて格好よかったというパパは、今でも身体は少したるんだけれど、格好いい。
私は誰に似ているなんて考えたことがないし、言われたことがなかったけれど、パパに似ているようだった。旭くんもそうならば、同じで嬉しい。
見えたり触れたりする体質も、パパの方のお祖母ちゃんから引き継いでいるので、そこもパパに似ていたのだろう。
「僕も小さい頃は見えたんだよ。大人になるにつれて見えなくなってしまったけれど」
パパの言葉に私は驚いた。
パパにも守護獣さんや黒い影が見えていたなんて、聞いたことがなかった。
「お母さんから聞いていたから、守護獣が怖いものではないのは分かっていた。暁ちゃんには話す機会がなかったけど」
「初耳よ、パパ。どうして今まで話してくれなかったの?」
「僕も小さい頃だから自信がなかったんだ」
初めてパパが打ち明けてくれたこと。
それは、お祖母ちゃんの血がしっかりとパパを通じて私と旭くんに流れていることを示していた。
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