4.新しい担任の先生と香織ちゃんを占うこと

 新しい担任の先生は新人の先生だった。

 若くて明るくて、黒い影は纏っていない。


「分からないことばかりですが、これから頑張って皆さんと仲良くなりたいと思っています。よろしくお願いします」


 最初は私も千草ちゃんも香織ちゃんも警戒していた。

 前の担任の先生のように歌劇団の付属学校に行くのはやめろと言われるのではないかと。

 中学校自体の進学率を上げるためには、区内の一番いい高校を受験させた方がいいし、歌劇団の付属学校では浪人させてでも私のママも千草ちゃんのママも入学を諦めないと言ってくれているから、浪人生が出るのを嫌う先生もいるのだ。

 入試まではまだ時間があったけれど、私たちは新しい担任の先生の態度を注意深く見ていた。


「高羽さんと、狛野さんと、卯崎さんは、歌劇団の付属学校に進学を希望しているんですよね」


 その話をされたのは、進路の希望を書く紙を渡されたときだった。

 私と千草ちゃんと香織ちゃんが歌劇団の付属学校に入学したいことは、新しい担任の先生にも知れている。


「私もあの歌劇団の大ファンなんです。私は付属学校に進ませてもらえなかったけれど、三人は夢を叶えてくださいね」


 応援されて私と千草ちゃんと香織ちゃんは拍子抜けする。

 新しい担任の先生は歌劇団の付属学校に進学したかったが、両親が反対して受験できなかったこと、その後も歌劇団のファンでいることを話してくれた。


「先生の好きな役者さんは誰ですか?」

「去年の春の公演で神父役をやった方です」

「私も同じです!」

「私も!」


 推しの役者さんが同じだった。

 私と千草ちゃんと香織ちゃんは新しい担任の先生とすっかり話が盛り上がってしまった。

 新しい担任の先生は、前の担任の先生のように成績が上位五番以内の私と千草ちゃんだけに話しかけずに、少し成績は下がる香織ちゃんにも話しかけて来る。


 それだけではない。

 新しい担任の先生は、他の生徒も好きなことをちゃんと把握してその話題で話しかけていた。


「いい先生なのかもね」

「私は好きだわ」

「私も好きかも」


 私と千草ちゃんと香織ちゃんは新しい担任の先生がすぐに好きになってしまった。他のクラスの生徒たちも新しい担任の先生を好意的に受け入れているようだ。


「前の先生は成績のいい生徒にしか話しかけなかったから」

「あの先生は好きじゃなかった」

「今度の先生は私たちにも話しかけてくれる」


 新しい担任の先生の周囲には、生徒がたくさんいて、いつも賑やかだった。


 守護獣のこととタロットカードのことを香織ちゃんに話してから、香織ちゃんはずっとそのことが気になっていたようだ。

 香織ちゃんからお願いされたのは、私の誕生日も近付いたころだった。


「暁ちゃんにタロットカードで占って欲しいの。私の守護獣さんと話してみて欲しい」

「香織ちゃん、うちに来れる?」

「ママにいいか聞いてみる」


 香織ちゃんのママは土曜日に香織ちゃんが泊まることを許してくれて、千草ちゃんもその日に合わせてお泊りをすることになった。


「私の部屋じゃお布団が敷けないわ」

「客間に三人分お布団を敷いてあげましょう」

「三人で寝ていいの?」

「いいわよ。その代わり、客間はリビングに近いから、夜中旭くんが起きたらうるさいかもしれないわよ」

「全然構わないわ」


 私の部屋には二組の布団は敷けないから、ママは客間に三人分のお布団を敷いてくれると言ってくれた。

 楽しみにしていた土曜日、歌とダンスの教室が終わって、私の家に来ると、まず私と千草ちゃんと香織ちゃんは順番にシャワーを浴びた。

 シャワーを浴び終えると、髪を乾かして、私の部屋に行く。


 こういうときにはパパは有休をとってくれるのだが、育児休暇を取った後なので有休がどうしてもとれなくて、謝っていた。

 パパが働いてくれるから私もママも旭くんも安心して暮らせるのだから、私はパパが謝ることは何もないと思っていた。


 机についてタロットクロスを広げて、タロットカードを出すと、香織ちゃんが赤っぽい目を輝かせる。


「そのタロットカードで守護獣と話をするの? 私の守護獣は今どうしてる?」


 香織ちゃんに聞かれて香織ちゃんの足元を見ると、守護獣の兎さんは毛繕いをしていた。注目されるので綺麗にしたかったのだろう。耳を手で持って舐められる範囲で一生懸命舐めている。


「毛繕いしてる。注目されてることが分かってるんだわ」

「いいなぁ、暁ちゃんは見えて」


 香織ちゃんが私を気味悪がらないどころか、羨ましがってくれるのは何となく嬉しかった。私の見えているものを香織ちゃんも否定していない。


 タロットカードを丁寧に混ぜて、ホースシューというスプレッドで占う。

 一枚目は過去だ。


 ソードの三の逆位置が出た。

 意味は、痛みだ。

 逆位置だと、真実を受け入れられずに苦しんでいる状態を表す。


『香織ちゃんのパパは、他に家庭があった。香織ちゃんのママが沙織ちゃんを妊娠したときに、打ち明けられた。結婚する前に付き合っていた彼女と別れられずに、ずっと関係が続いていて、子どもまで作っていたと』


 兎さんの苦悩の表情に私は驚く。


「そんな酷いことが!?」

「暁ちゃん、どうしたの?」

「香織ちゃんのパパは、他にもお家があったのね」

「どうして分かるの!? そうだったのよ……沙織ちゃんをママが妊娠したときに打ち明けられて、ママはものすごくショックを受けていた」


 暗い表情になる香織ちゃんに、私は何と言えばいいのか分からない。


「ママも薄々気付いていたの。週に何度も外泊するなんておかしいでしょう? でも、怖くて追及できなかったの」


 本当に愛しているのがどちらか分からなくなった。一度別れて欲しいと言われて、香織ちゃんのママは混乱した。

 沙織ちゃんを妊娠していた時期だったし、精神も不安定になった香織ちゃんのママは慰謝料をもらって、子どもたちの養育費も払わせるという約束をして、香織ちゃんのパパと離婚した。


「もっと文句を言っておけばよかったのにね」


 香織ちゃんは苦笑している。


 続いて出たのは、ペンタクルの五の逆位置。

 意味は、困難だが、逆位置になると救いによって希望を取り戻すという意味がある。


『香織ちゃんのママは離婚のせいでママ友からも相手にされなくなって、つらい思いをしてきたね。暁ちゃんのママと千草ちゃんのママと出会えて、希望に満ちている』


 香織ちゃんのママが私のママと千草ちゃんのママと仲良くなれたのはとてもいいことだったようだ。

 そのことを伝えると、香織ちゃんの表情が明るくなる。


「暁ちゃんのママと千草ちゃんのママと友達になれて、ママは本当に明るくなったわ。お仕事と私の送り迎え、両立は大変そうだけど、すごく充実してる」


 やはり香織ちゃんのママは私のママと千草ちゃんのママと出会って変わったようだった。


 続いて近未来のカードを開く。

 ソードのエースの正位置だ。

 意味は、開拓。

 新しいことにチャレンジして、切り開くという意味もある。


『これから、香織ちゃんはどんどん新しいことに挑戦して、才能を伸ばしていくよ。暁ちゃんと千草ちゃんとの友達関係も発展していく。もっともっと仲良くなれる』


 兎さんの言葉に私は喜ぶ。


「香織ちゃんは新しいことに挑戦して才能を伸ばすんだって。私と千草ちゃんとももっともっと仲良くなれるって言ってるわ」

「本当に、嬉しい!」

「私も香織ちゃんともっと仲良くなりたいわ」


 私と香織ちゃんと千草ちゃん、三人で手を取り合って言い合った。


 次のカードはアドバイスなので飛ばして、周囲の状況を見る。

 ペンタクルの九の正位置だ。

 意味は、達成。

 周囲からの引き立てで成功するという意味がある。


『前までは先生が酷かったけれど、今度の先生はいいひとで信頼していいと思う。香織ちゃんも心を開いて信頼できる大人がいた方がいいと思うんだ』


 兎さんの言葉を香織ちゃんに伝えると、香織ちゃんはちょっと眉を下げていた。


「パパのことがあってから、大人って信用できないって思ってた。パパは私のこと一緒に暮らしてても興味なさそうだったし。でも、暁ちゃんのパパが千草ちゃんのママを前の先生が押したことを解決してくれて、大人も信頼していいひとがいるんだと気付いたの」


 少しずつ香織ちゃんの気持ちにも変化が起きているようだ。

 それが私のパパが発端だとしたら私はとても誇らしい気分だった。


 障害となっていることを見ると、カップの四の逆位置だった。

 意味は、倦怠。

 逆位置だと不満への打開策を見出すという意味もある。


『香織ちゃんは今まで言いたいことが言えずにうつうつとしてた部分があったと思う。パパは香織ちゃんに興味を持たなかったし、ママはパパに振り回されていたし。沙織ちゃんが生まれて、遠慮しているところもあると思う。もっと大人に甘えていいんだよ』


 兎さんはずっと香織ちゃんのことを見ていただけはあると思う。


「香織ちゃんはもっと大人に甘えていいって兎さんは言ってる」

「甘えていいの? ママは沙織ちゃんがいるのに?」

「香織ちゃんだって、香織ちゃんのママの大事な娘でしょう?」


 私が言えば、香織ちゃんは驚いた顔をしていた。


 最終結果を見る前に、アドバイスのカードを捲る。

 カップのエースの正位置だった。

 意味は、愛する力。

 アドバイスにすると、素直に自己表現をして、になる。


『香織ちゃんの演技は本当にすごいと思う。演技だけじゃなくて日常でも自分の気持ちをもっと出して行っていいと思うんだ』


 兎さんの言葉を私は香織ちゃんに伝える。


「香織ちゃんは日常でも自分の気持ちをもっと出して行った方がいいって言われてる」

「私……どうしても言えないから」

「少しずつでもいいから、頑張ろう」


 香織ちゃんを励まして、私は最後のカードを捲った。

 女司祭のカードの正位置だ。

 意味は、精神性だが、それよりも私はカードの絵柄が気になっていた。

 私のタロットカードは全部動物の絵柄なので、女司祭のカードは兎なのだ。


『私と一緒に生きていきましょう。大丈夫、ずっと小さな頃から見ていたし、これからも見ていくから』


 兎さんの心強い言葉を伝えると、香織ちゃんは涙ぐんでいた。


「私を見ててくれた存在がいた。私にも頼れる相手がいた」


 香織ちゃんの涙に、私は香織ちゃんを占ってよかったと思っていた。

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