17.桃ちゃんに打ち明ける

 桃ちゃんの件が解決してからも、私に変化はなかった。

 タロットカードを使っても守護獣さんの声は聞こえてこないし、守護獣さんたちの姿は薄れて見にくいままだ。

 それでも、私はその環境に慣れてきた。


「わんわん、おいでー!」

「旭くん、セントバーナードさんを困らせちゃダメよ?」

「だっこちる!」


 薄っすらと見えるセントバーナードさんを追い駆けている旭くんにははっきり見えているし、触ることもできるのだ。旭くんはセントバーナードさんの尻尾を引っ張って、引き摺って自分の腕の中に抱き締めてしまった。

 子犬なのに大きなセントバーナードさんは、悲し気に私の子犬さんを見て助けを求めているが、私の子犬さんが動く気配はない。


 旭くんにぎゅっと抱き締められたセントバーナードさんに、ママのパピヨンさんが近寄って、舐めて慰めている。

 ママのパピヨンさんは旭くんに掴まれても、セントバーナードさんに近寄ることを躊躇わず、じっと我慢していた。


「旭くん、もっと優しくしないとセントバーナードさんもパピヨンさんも困ってるわ」

「あーたん、やたちい」

「尻尾や体を握ると苦しいと思うのよ」

「ぎゅっ、め?」

「そうよ。優しくなでなでして」

「なーでなで」


 抱き締めるのはやめて旭くんがセントバーナードさんとママのパピヨンさんを撫でている。

 撫でられて、セントバーナードさんとママのパピヨンさんは、掴まれないことに安心しているようだった。


 見えにくくなったのだが、これくらいはできるので、旭くんに守護獣さんとの付き合い方を教えることができる。

 それは見えていた私だからできることなので、旭くんには遠慮せずに言って行こうと思っていた。


 桃ちゃんと友達になって、私は桃ちゃんに打ち明けなければいけないことがあった。

 私にひとではないものが見えるということだ。今では守護獣さんと話ができなくなってしまったが、これまでは守護獣さんと話ができたことも伝えた方がいいだろう。

 私と千草ちゃんと香織ちゃんだけの秘密になってしまっていたら、友達になった桃ちゃんに申し訳ない。


 桃ちゃんは私と千草ちゃんと香織ちゃんと同じ歌とダンスの教室に通うようになっていたから、休日の少し早い時間に練習が終わった後で私はお迎えに来た桃ちゃんのママにお願いしてみた。


「少しの時間だけでいいから、桃ちゃんとお話しさせてもらえませんか?」

「桃と仲良くしてくれているのね。少しだけ暁ちゃんのお家にお邪魔しましょうか?」

「いいの、ママ?」

「いいわよ。ずっと歌の教室でも、ダンスの教室でも、お友達はできなかったものね。みんなライバルって感じでピリピリしてたわ」


 桃ちゃんが通っていた歌の教室とダンスの教室では、友達になるどころか、同じ教室に通っている生徒はみんなライバルだと思って接していたようだ。


「発表会の主役争いがすごかったからね。私が主役をもらうと、嫌がらせされそうだったのよ」


 桃ちゃんは歌劇団の娘役を希望しているが、元の歌の教室とダンスの教室では、かなり成績のいい方で、主役をもらうこともよくあったようだ。そのたびに妬まれて嫌がらせをされそうになっていたという。


「この教室はそんなことないよ」

「分かってる。暁ちゃんも千草ちゃんも香織ちゃんも、私と仲良くしてくれるし、すごく救われているの」


 桃ちゃんはこの歌とダンスの教室に移ってきてよかったと口にしていた。


 桃ちゃんと桃ちゃんのママを家に招いて、桃ちゃんのママが私のママとお茶をして、私は桃ちゃんを部屋に呼んだ。


「お友達の家って初めて来るのよ。私、そんなに親しい友達がいなかったから」

「そうなのね。そこの椅子に座って」


 机の脇に置いた椅子に桃ちゃんを座らせて、私は机についた。

 タロットクロスを広げて、タロットカードをその上に置く。


「桃ちゃん、信じられないかもしれないけれど、私はひとを守っている守護獣さんが見えるの」


 この発言で私のことを桃ちゃんが奇異の目で見ないか。

 胸がドキドキする。


 驚いたように目を見開いて、桃ちゃんは何も言わない。

 私は畳みかけるように続けた。


「前は守護獣さんとタロットカードでお話ができたんだけど、今はできなくなっちゃった。守護獣さんは、ほとんどのひとが連れていて、そのひとを守ってくれているの」

「……暁ちゃんには、私の守護獣さんも見えているってこと?」

「そうよ。桃ちゃんの守護獣さんはイルカさんね」


 私が答えると、桃ちゃんは不思議そうに聞いてくる。


「守護獣さんは何から私を守っているの?」

「ひとが悪い考えや、いけない思いに駆られるとき、黒い影がひとに憑りつくの。その黒い影の正体は、死んだひとの恨みや妬みだったり、生きているひとの思念だったりするんだけど、それに憑りつかれると、行動がおかしくなるのよ」


 私が懸命に説明すると、桃ちゃんは恐る恐る聞いてきた。


「私にも、憑りついてた?」

「うん。桃ちゃんが香織ちゃんの実力試験の結果の紙を奪ったとき、桃ちゃんに黒い影が憑りついていることに気付いたわ」

「今も憑りついている?」

「今はなくなってる。桃ちゃんが自分のことを自分で決めて、変わっていくたびに黒い影は薄くなって、最終的に、桃ちゃんが進路を決めたら消えて行ったわ」


 私が説明すると、桃ちゃんは胸を撫で下ろしていた。


「よかった。私、暁ちゃんに迷惑をかけていたのね」

「私には必要な試練だったのよ」

「試練?」


 このことも桃ちゃんにはしっかりと話しておかなければいけない。


「私は守護獣さんが見えて、タロットカードを使うことによって会話もできて、ずっと頼りっきりだったんだけど、守護獣さんが見えにくくなって、タロットカードでも会話ができなくなっていたの。その状態で桃ちゃんの黒い影を祓うことは、私にとっては試練だった」

「その試練をやり遂げたのね」

「そうなのよ。みんなと協力すれば、守護獣さんの力に頼らなくても黒い影を追い払えるって分かったの」


 簡単な方法ではなかったけれど、千草ちゃんも香織ちゃんも、年上の生徒さんも、私のパパとママも、桃ちゃんのママも協力してくれた。そのおかげで私は桃ちゃんの黒い影を祓うことができた。


「ずっと苦しんでいたの。自分は歌劇団の付属学校の入試を受けさせても貰えないのに、暁ちゃんと千草ちゃんと香織ちゃんが受けられることが羨ましかった。妬んではいけないと思いながら妬んでしまった」


 ごめんなさいと告げる桃ちゃんの手を、私は握り締める。


「桃ちゃんは苦しい状況だったんだもの、仕方ないわ」

「ありがとう、暁ちゃん。暁ちゃんの言う黒い影が去ってから、私、暁ちゃんと千草ちゃんと香織ちゃんと仲良くなれたし、歌とダンスの教室も移れて一緒になれて、すごく嬉しいのよ」


 手を握り合う私と桃ちゃん。

 桃ちゃんの手は暖かかった。


「このことは千草ちゃんと香織ちゃんも知っているの?」

「知っているわ。三人だけの秘密にしたくなかったから、桃ちゃんにも話したのよ」


 変な目で見られるかもしれない、信じてもらえないかもしれないと危惧していたが、桃ちゃんはそんなことは全くなかった。

 安心に私も胸を撫で下ろす。


「話してくれてありがとう。暁ちゃんと千草ちゃんと香織ちゃんの絆が強くて、ミステリアスな雰囲気を漂わせてた原因がやっと分かったわ」


 受け入れてくれた桃ちゃんに私もお礼を言いたい気分だった。


「聞いてくれて、理解してくれてありがとう」

「普通なら理解できなかったかもしれないけれど、私に黒い影が憑りついていたからあんなに嫌な気持ちで毎日胸が潰れそうな思いをしていたのかと考えたら、納得できたわ」


 黒い影に囚われている間、桃ちゃんはものすごく苦しい思いをしていたようだ。

 それを祓うことができて、私は本当によかったと思う。


 話をしてからリビングに出るとママと桃ちゃんのママが目を細めて私と桃ちゃんを見ていた。


「桃にとっては初めての親しいお友達なんですよ。歌劇団の付属学校に入学してからも、仲良くして下さったら嬉しいです」

「入学できるか分からないから、気が早いですわ」

「それだけ大事なお友達ってことです」


 桃ちゃんのママも私を桃ちゃんの友達を認めてくれていた。


 歌とダンスの教室では、私が男役で、千草ちゃんが娘役で練習をする。

 香織ちゃんは男役だがペアがいなかったので、これまでは千草ちゃんか年上の生徒さんと組んでいた。


「桃ちゃん、一緒に踊ってくれる?」

「いいの?」

「歌も一緒に歌いましょう」

「嬉しい、香織ちゃん!」


 新しい娘役希望の桃ちゃんが来たので、香織ちゃんは桃ちゃんを積極的に誘っていた。桃ちゃんも喜んで一緒に練習している。


「香織ちゃんと桃ちゃんのダンス、息があってるわ」

「歌も響き合ってとても綺麗」


 小さい頃から歌の教室とダンスの教室に通っていただけはあって、桃ちゃんは歌もダンスもとても上手だった。

 歌とダンスの教室の先生も、桃ちゃんは十分に歌劇団の付属学校の入試に挑めると認めている。

 私たちは入試に向けて切磋琢磨していた。

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