18.旭くんのお誕生日

 旭くんのお誕生日について、旭くんからリクエストがあった。


「おにく、じゅーじゅー」


 小さい子と関わっていると、その子の語彙の中だけで表現される事柄に、意味を見出すのが上手くなってくる。

 パパはすぐにピンと来たようだった。


「旭くんはバーベキューがしたいんだね?」

「じゅーじゅー! おじぎり、じゅーじゅー!」


 おにぎりまで焼くとなれば、我が家のバーベキューに間違いない。

 旭くんにどれくらい記憶があるのか分からないが一歳の誕生日にバーベキューをしてから、おままごとでバーベキューごっこを続けてきたから、覚えていたのだろう。


「こーたん、さおたん、ちーたん、くゆ?」

「光輝くんと沙織ちゃんと千歳くんも呼びたいのね。いいわよ」


 首をこてんと傾げる旭くんにママが答えると、旭くんはぴょんぴょんとジャンプして喜んでいた。


 私もママにお願いがあった。


「桃ちゃんも呼んでもいい? もう仲良しなお友達なの」

「狭くなっちゃうけど、小さい子以外は立って食べるから平気ね。ぜひご招待しましょう」


 快く了承してくれるママに、私は感謝した。

 旭くんのお誕生日パーティーは大人数になると分かっていたので、ママたちで話し合ったようだった。


 千草ちゃんは千歳くんと千草ちゃんのママと来て、香織ちゃんは沙織ちゃんと来て、光輝くんは光輝くんのママと来て、桃ちゃんは送り届けられて一人でやってきた。

 できるだけ大人の人数を減らしつつ、小さい子たちの安全を守れるようにしたのがこの人数だったのだ。


 ベランダでパパがバーベキューセットを用意している。炭には火がついていて危ないので、ママは旭くんから目を離さないし、千草ちゃんのママは千歳くんから目を離さないし、光輝くんのママは光輝くんから目を離さない。


「沙織ちゃん、火は?」

「あちち!」

「近寄ったら?」

「だめー!」


 香織ちゃんは沙織ちゃんとお約束を確認していた。

 大勢のひとに委縮している桃ちゃんを私はお皿とお箸を持たせてベランダに連れて行く。


「欲しいものをパパに行ってくれたら、何でも焼いてくれるわ。最後に焼きおにぎりが出て、それがとっても美味しいから、食べ過ぎないように注意してね」

「う、うん。バーベキューなんて初めてだからドキドキしちゃう」

「火に気を付けてれば平気よ。すごく美味しいから焼き立てを食べてね」


 桃ちゃんに促すと、桃ちゃんはパパにお肉や野菜をもらっていた。


「パパ、ちょーあい!」

「何が欲しいのかな?」

「おにくー!」


 旭くんがお皿を差し出すと、光輝くんもその後ろに並んでお肉をもらえるのを待っている。

 沙織ちゃんはバーベキューセットに近付くのを躊躇っているようだった。


「あれ、あちち。さわったら、めっ!」

「沙織ちゃん、何が欲しい? お姉ちゃんが取って来てあげようか?」

「おにくとぉ、ソーセージとぉ、おにくとぉ、いか!」

「お肉が二回入ってるってことは、二枚欲しいのね?」

「そうよぉ!」


 香織ちゃんは沙織ちゃんのお皿にお肉二枚とソーセージと烏賊を取ってもらっていた。


「ソーセージは中の汁がパチンって弾けて火傷しちゃうから、ちょっと待って食べるのよ」

「やけど! あちち!」

「烏賊美味しい! 沙織ちゃんも食べてみて」

「いか、さおたんもたべる!」


 自分の分も貰っていた香織ちゃんは沙織ちゃんと一緒に食べて楽しそうだ。


「ほちー! ほちー!」

「千歳くん、何が欲しいの?」

「じゅーじゅー」

「お肉でいいかな?」

「じゅーじゅー!」


 まだ一歳で語彙の少ない千歳くんとコミュニケーションを取るのは難しく、千草ちゃんはお肉とソーセージと烏賊とお野菜を全種類もらってきて、千歳くんに見せていた。

 千歳くんはお野菜にかぶりついている。


「お肉じゃなくてお野菜だったのね」

「じゅーじゅー、おいち!」


 千歳くんは意外にもお野菜好きだった。

 私もたっぷりとお皿に盛ってもらって、部屋に戻って食べる。

 お肉も焼け加減が絶妙で、ソーセージは熱々で、烏賊は塩味がきいていて、お野菜もバーベキューだといつもより美味しく感じてしまう。

 お腹いっぱい食べると最後の焼きおにぎりが食べられないと分かっているのに、制御がきかなくなりそうになる。


「体重が増えちゃいそうだわ」

「体重も自己管理の内だもんね」

「気をつけなきゃ」

「一日くらいはよくない?」

「暁ちゃん、そういう油断が面接でも見られるのよ!」


 桃ちゃんに厳しく言われてしまって、私はそれ以上食べるのをやっとやめることができた。

 本気で歌劇団の付属学校に通りたいのならば、日ごろから自制できる私でいないといけないのだ。


 パパが網の上で焼きおにぎりを焼いている。

 味噌と醤油とみりんを塗った、硬く握ったおにぎりが、香ばしく網の上で焼かれていく匂いには我慢ができなかった。


「パパ、焼きおにぎりをちょうだい!」

「あーたんも!」

「こーたんも!」

「さおたんも!」

「ちー! ちー!」


 私がお皿を出すと、旭くんも光輝くんも沙織ちゃんも千歳くんも焼きおにぎりを欲しがってベランダに向かっている。

 火に近付き過ぎないように私のママと、光輝くんのママと、香織ちゃんと、千草ちゃんのママが、旭くんと光輝くんと沙織ちゃんと千歳くんと手を繋いでいた。

 お皿の上に焼きおにぎりをもらって、旭くんも光輝くんも沙織ちゃんも千歳くんも嬉しそうに食べていた。

 私も熱々の焼きおにぎりを食べる。外側がカリカリに焼けていて、中には味噌と醤油とみりんの味が沁み込んで、ものすごく美味しい。


 もう一個食べたかったが、ぐっと我慢して、私はご馳走様をして、千草ちゃんと香織ちゃんと桃ちゃんと、私の部屋に行った。

 椅子が足りなかったので、千草ちゃんにはベッドに腰かけてもらう。


「桃ちゃん、占いとか信じる?」

「どうかな? 暁ちゃんの言葉なら信じられそうな気がする」


 信頼されているのだと理解して、私はタロットクロスを広げて、タロットカードを混ぜ始めた。

 興味津々の目で桃ちゃんが見ている。


「これまでは暁ちゃんは守護獣さんとお話しできていたのよ」

「今はもうできないけど、暁ちゃんの占いも気になるわ」


 千草ちゃんと香織ちゃんも興味を持ってくれていた。


 ホースシューというV字型に七枚のカードを配置するスプレッドで占うことにする。


 一枚目はワンドの三の逆位置が出た。

 意味は、模索。

 逆位置になると準備をしていたことが、後押しがないために一歩踏み出せないという意味になる。


「桃ちゃんは歌劇団の付属学校に行きたいから、ずっと努力してきた。でも応援してくれるひとがいなくて、逆に止められてしまって、踏み出せずにいたのね」

「そうなのよ。パパは反対するし、ママは助けてくれなかった。暁ちゃんのパパとママが話をしてくれて、ママはパパに逆らう勇気が出たみたい」

「パパは厳しいの?」

「私のことを考えて心配しすぎるのよ。ママはそんなパパに何も言えなかった」


 あの話し合い以来、桃ちゃんのママはパパに堂々と言い返すようになったという。その話を聞いて私は安心する。


 二枚目のカードはカップの三の正位置。

 意味は、共感。

 仲間と共に喜び合うという意味がある。


「今は桃ちゃんは孤独じゃなくなったのね。仲間と共に喜び合いながら練習ができている。すごくいい状態だわ」

「分かる? 私、香織ちゃんが誘ってくれて一緒に踊るのも、一緒に歌うのも、とても楽しいの。練習が楽しいだなんて考えたこともなかった」


 前にいた歌の教室でも、ダンスの教室でも、誰も桃ちゃんとペアになりたがらなかった。桃ちゃんは上手いので自分たちの拙さが際立つと倦厭されていたのだ。


「そんなの酷い。桃ちゃんはあんなに上手なのに」

「香織ちゃん、ありがとう。私、香織ちゃんとペアになりたい」

「私も桃ちゃんと一緒に歌うのも踊るのも大好き! 桃ちゃんと私はペアよ!」


 香織ちゃんと桃ちゃんの間には深い友情が生まれているようだった。


 三枚目のカードは、ペンタクルのエースの正位置。

 意味は、実力。

 実力を発揮して豊かさを手に入れるという意味がある。


「このまま頑張って行けば、桃ちゃんは実力を発揮できる。それで成功するって出てる。桃ちゃん、一緒に頑張ろう!」

「実力でいいの? もっと上を目指さなくていいの?」


 戸惑う桃ちゃんに千草ちゃんが言う。


「先輩も言ってたけど、緊張して実力を発揮するのが難しいのが本番の面接よ。実力が十分に発揮できたなら、それで合格ラインだと思うわ」

「先生が言ってたけど、伸びしろがある生徒さんを面接では選ぶんですって。上を目指す桃ちゃんは、今の実力を見せればきっと大丈夫だわ」


 千草ちゃんと香織ちゃんの言葉に、桃ちゃんは「実力か」と呟いていた。


 四枚目のカードはソードの八の正位置だった。

 意味は、忍耐。

 アドバイスになると、縛っているのは自分だという意味になる。


「桃ちゃんは自分に自信がないのかな? 自分ができないと思っているから、実力を発揮できていないのかもしれない。もっと自分を開放していくといいよ」

「私……前の歌の教室とダンスの教室と、やり方が違うから、どうすればいいか戸惑っているところはあるの」

「桃ちゃんには培ってきた実力があるんだから、もっとそれを発揮していこう」

「そうね。私、頑張る」


 続いて捲った五枚目のカードは、ペンタクルの三の正位置。

 意味は、技術力。

 これまで培ってきた技術力が認められるという意味がある。


「周囲のひとたちは桃ちゃんの技術力を認めてる。もっと自信を持って」

「私、認められているのね」

「そうよ、桃ちゃんは上手だもの」

「桃ちゃんの歌とダンス、私大好きよ」


 私の言葉に、千草ちゃんも香織ちゃんも言葉を足してくれる。


 六枚目のカードは、月の逆位置。

 意味は、神秘。

 逆位置だと、現実が見えて来るという意味がある。


「周囲は目を覚まして現実を見てと、桃ちゃんを止めるひとがいるかもしれないけれど、桃ちゃんは自分の思いを貫いた方がいいと思う。桃ちゃんの人生だもの」

「私、歌劇団の付属学校に行きたい。誰に反対されても行きたい」


 桃ちゃんの心は決まっているようだった。


 最終結果のカードは、カップのクィーンの正位置。

 意味は、慈愛。

 受け入れて本質を見抜くという意味がある。


「桃ちゃんは私と千草ちゃんと香織ちゃんを受け入れて信頼してくれているのね。そのことですごくいい方向に向かっている気がするわ」

「暁ちゃんと千草ちゃんと香織ちゃんと一緒に練習することで、私、もっとうまくなれそうな気がしてるの」

「その調子よ、桃ちゃん」

「一緒に頑張りましょう」


 桃ちゃんという仲間が加わったことで、私と千草ちゃんと香織ちゃんの団結力も高まった。私たちはこれから入試に挑んでいける。

 それを確信していた。

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