4.私の十五歳のお誕生日
五月に入って、私のお誕生日が来る。
お誕生日には、千草ちゃんと千草ちゃんのパパとママと千歳くんと、香織ちゃんと香織ちゃんのママと沙織ちゃんを呼んで、私の大好きな役者さんの退団公演の特別Blu-rayボックスの鑑賞会が開かれた。
パパは鑑賞会に参加しつつも、お誕生会の料理を作ってくれると請け負ってくれた。
「暁ちゃん、何が食べたい?」
「何がいいかな。サーモンも食べたいし、ラザニアも食べたいし、ふわふわのスフレオムレツも食べたいし、カレーも食べたいし、ハンバーグも食べたいし……」
欲望のままに食べたいものを言っていく私に、ママの目がきらりと光る。
「暁ちゃん、体重の管理も大事な要素の一つよ」
「そうなんだけど、私、全然増えてないわよ」
「今は成長期だから増えないかもしれないけど、これから女の子は成長が止まって体の線が丸くなってくる頃よ。気を付けないと」
私は男役志望なので、体の線が丸くなっては困る。背はとっくにママを超えていたし、肩もがっしりとして来ていたので、男役としては体型に恵まれた方になりそうだが、その上で太っていたら面接で落とされてしまう。
「サーモンのサラダと、ラザニアで」
「分かったよ。サーモンはカルパッチョにする?」
「うん!」
食べる量を考えてメニューを決めると、パパは快く了承してくれた。
「あーたん、おにく、たべちゃい」
「旭くんはお肉がいいのかな?」
「おにく!」
「ローストビーフを作ろうかな」
「おにくー!」
ローストビーフも作ってくれるというパパの言葉に、旭くんが両手を上げて喜んでいる。旭くんはローストビーフやハンバーグといったお肉料理が大好きなのだ。
「ママ、あーたん、おめめと?」
「旭くんのお誕生日じゃないわよ。暁ちゃんのお誕生日よ」
「あーたん、おめめと?」
「旭くんのお誕生日は十一月」
旭くんは自分のお誕生日かと思っているようだが、今回は私のお誕生日である。
これで私も十五歳になる。
中学校に入学したときには十五歳になった自分を想像できていなかったが、もうその年になってしまう。
初めての受験の年。
お誕生日当日にはパパが大皿にラザニアを作ってくれて、サーモンのカルパッチョサラダと、ローストビーフも作ってくれて、ご馳走の香りが部屋中に漂っていた。
パパが料理をしている間、私とママと千草ちゃんと千草ちゃんのママと香織ちゃんと香織ちゃんのママは、大好きな役者さんの退団記念の特別Blu-rayボックスを見ていた。
沙織ちゃんと旭くんも見ていて、歌が始まると二人で踊っている。
千草ちゃんのパパは千歳くんを抱っこして千歳くんをあやしながら見ていた。
見終わると私と千草ちゃんと香織ちゃんは集まって話をする。ライブビューイングで千秋楽を見た日を思い出したのか、香織ちゃんは涙ぐんでいた。
「もう男役をすることもないのよね」
「寂しくなるわ」
「暁ちゃん、千草ちゃん、これ、見て」
歌劇団にいる間はSNSの利用なども厳しく制限されているのだが、退団した後の大好きな役者さんはSNSを始めていた。
香織ちゃんが見せたのはそのページだ。
「男役をやるの!?」
「そうなのよ! 退団しても、男役のオファーが来てるのよ!」
香織ちゃんの示す携帯電話のSNSのページを私と千草ちゃんでじっくり見る。そこには大好きな役者さんが男役をオファーされて、引き受けたという情報が載っていた。
「見に行きたいわ」
「受験だから無理だろうけど」
「DVDかBlu-ray出ないのかな」
見に行きたい気持ちはあるが私も千草ちゃんも香織ちゃんも受験生でそんな暇はない。項垂れていると、ママと千草ちゃんのママと香織ちゃんのママもその話題で盛り上がっていた。
「チケットが取れないかしら」
「暁ちゃんや千草ちゃんや香織ちゃんを置いていくのは可哀想よ」
「それなら、DVDかBlu-rayを予約しましょう」
大人たちの動きは早かった。
その公演のDVDかBlu-rayを予約して買うことが決まっていた。
「うちの妻は本当に歌劇団が大好きだから」
「千枝さんもですよ。月穂さんと千枝さん、ずっと仲がいいですもんね」
パパは千草ちゃんのパパと話をしていた。
千歳くんは瓶詰の離乳食を食べて、私と千草ちゃんと香織ちゃんはサーモンのカルパッチョサラダと、ラザニアと、ローストビーフを食べる。
旭くんは自分で子ども用の椅子に座って、ローストビーフを欲しがっていた。
「ママ、おにく! ちょーあい!」
「小さく切るからちょっと待ってね」
「ちょーあい! ちょーあい!」
欲しがる旭くんが喉に詰まらせないように小さく切ったローストビーフをママがお口に運んでいる。
ラザニアも、サーモンのカルパッチョサラダも、旭くんはもりもりと食べていた。
「さおたんもほちい! ちょーだい!」
「沙織ちゃんもいただきましょうね」
香織ちゃんのママは沙織ちゃんのためにサーモンのカルパッチョと、ラザニアと、ローストビーフをお皿に取っていた。
「こえ、なに?」
「サーモンよ。朝ご飯でよく焼いて出す鮭よ」
「しゃけ、たべる」
沙織ちゃんはサーモンを食べるのが初めてのようだった。お口に入れてみて、もぐもぐと咀嚼すると、表情が明るくなる。
「おいちい! もっと!」
「みんなの分だからね」
「もっとぉー!」
仰け反って欲しがる沙織ちゃんに、パパが笑っている。
「もう一皿冷蔵庫に作ってますから、たっぷり食べてください」
「すみません。沙織ちゃん、いただきましょう」
「いたらきまつ」
パパの言葉に沙織ちゃんが嬉しそうに手を合わせてサーモンのカルパッチョを食べていた。
サーモンのカルパッチョはドレッシングもパパの手作りで、とても美味しい。生野菜は苦手なのだが、サーモンと一緒に食べると食べられなくもない。
ラザニアは最高に美味しかった。ミートソースとクリームソースの味がよく合っていて、パスタ生地ももちもちとして美味しい。
ローストビーフはいい焼き加減で、何枚でも食べられる気がした。
「暁ちゃん、体重管理を考えるのよ」
「は、はい」
「この後ケーキも出るのよ」
「分かってる」
ママは私が食べ過ぎないように注意してくれていた。
サーモンのカルパッチョとラザニアとローストビーフを食べ終えたら、パパがケーキを冷蔵庫から出して来てくれた。
大きな苺のショートケーキ。
スタンダードだが、ショートケーキは一番美味しい。
「暁ちゃんに一番大きいところをあげようね」
「私、普通の大きさでいいわ。ご飯を食べ過ぎたかも」
「そう? せっかくのお誕生日なのに?」
「うん、普通の大きさにして」
どちらかといえば私はケーキよりもご飯をしっかりと食べたい派だった。ご飯をしっかりと食べていればケーキは大きくなくてもいい。
パパは六等分にケーキを切っていた。
私と千草ちゃんと香織ちゃんと沙織ちゃんと旭くんの分だ。五等分でよかったのだが六等分の方が切りやすかったのだ。
「残ったひと切れ、誰か食べますか?」
パパが聞くと、ママと千草ちゃんのママが顔を見合わせる。
「香織ちゃんのママ、どうぞ」
「私たちはお茶だけでいいから」
「そんな、悪いわ。三人で分けない?」
残ったひと切れは、私のママと千草ちゃんのママと香織ちゃんのママで分けることになった。
一切れをもらった旭くんは素手で上に乗っている苺を全部掴んで口に突っ込んで、残りのスポンジ生地は興味なさそうに椅子から降りてしまった。
沙織ちゃんは真剣にフォークでケーキを食べている。
私と千草ちゃんと香織ちゃんは、三人でソファに座ってローテーブルにミルクティーとケーキのお皿を置いて食べていた。
「暁ちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、千草ちゃん」
「おめでとう、暁ちゃん」
「香織ちゃんもありがとう」
大好きな親友にお誕生日を祝われて私はとても幸せだった。
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