13.洋ナシのタルトでハッピーバースデー
守護獣さんたちと話ができなくなったら私はどうやって生きて行けばいいのか分からない。
そのことを口にすると、香織ちゃんは大丈夫だと言ってくれた。
見えていなくても普通に暮らすことはできるからと。
それでも、黒い影が来ている気配がしたら守りたいと思うだろうし、旭くんの眼差しの向こうに私は守護獣さんを想像するだろう。
生まれたときから見えていて、パパにもママにも正直に見えていることを話して来た。
パパはお祖母ちゃんの息子で、昔は見えていたので理解があったし、ママも私の言うことを頭ごなしに否定したりしなかった。
私の世界が変わってしまう。
足元から世界が崩れていくような錯覚に囚われる。
私の部屋から千草ちゃんの家に帰る途中に、マンションの棟の間にある公園で旭くんと光輝くんと千歳くんと沙織ちゃんが遊んでいた。
砂場でお砂場セットを広げて、バケツに砂を詰めている。
「おおちなケーキつくるのよ」
「ケーキ、いーねー」
「おいちい、ケーキ!」
「んまっ! んまっ!」
旭くんと光輝くんと千歳くんがバケツに砂をスコップやカップで入れていて、沙織ちゃんが一生懸命押し固めている。三歳にもなるとバケツに入った砂を押し固めることができるようになるのだ。
まだ旭くんと光輝くんはバケツに砂を入れるのに夢中で、千歳くんはバケツに砂を入れようとしてほとんど零している。
年齢によってこんなに発達が違うのだと思って見ていると、旭くんが私に気付いた。
「ねぇね、ちてー! ケーキよー!」
「旭くん、すぐ行くわ」
「さおたんのねぇねもきたー! おいしいケーキつくるのよー!」
「ねぇね、ねぇね!」
旭くんが大きな声で私を呼ぶと、沙織ちゃんは香織ちゃんに、千歳くんは千草ちゃんに気付いて手を振ってこっちに来るように言っている。
砂場の柵を開けて中に入ると、沙織ちゃんがバケツをひっくり返す。
素早い動きではないので、途中で砂が零れてしまったが、それでも半分以上はバケツの中に残った。
誇らしげな顔で沙織ちゃんがバケツを外すと、砂の塊ができていた。
「ケーキなのよ」
「ちーたん、おめめと」
「おめめと、こーたんにもちて」
「あい」
千歳くんのお誕生日のケーキだと言われて、私はまだケーキを食べていなかったことを思い出す。
公園には私のパパとママと光輝くんのママと香織ちゃんのママと千草ちゃんのママも来ていた。
「今、携帯にメッセージを入れたところよ。ケーキを食べましょう」
千草ちゃんのママに言われて千草ちゃんが「あ!」と声を上げる。
「携帯電話、家に忘れて来てたわ」
「そうだったのね。返事が来ないと思った」
「ごめんなさい」
「持ち歩きなさいね」
千草ちゃんのママは千草ちゃんにメッセージを入れていたが、千草ちゃんが携帯電話を忘れていたために気付かなかった。
私たちが降りて行ったのはちょうどいいタイミングだったようだ。
私はパパに鍵を返す。
「ちゃんと締めてきたわよ」
「暁ちゃんにもそろそろ家の鍵を持たせてもいいかもしれないね」
「やだ、私なくしちゃうわ」
家の鍵はなくしてしまうだろうし、そもそもパパとママがいないときに私は外出しない。
子どもだけで外出したのは、去年桃のパフェを食べに行ったときくらいだ。
あのときは緊張したし、帰りに香織ちゃんの別れたパパが現れて騒動になってしまって、大変だった。
「物をなくさないように管理できないと、寮生活はできないよ」
「そうなんだけどぉ」
寮の部屋にも鍵があるだろうし、それを歌劇団の付属の音楽学校に入学したら自分で管理しなければいけない。
「寮の部屋だけじゃないよ。ロッカーにも鍵があるはずだ」
「そんなに!?」
歌とダンスの教室のロッカーには鍵がなく、貴重品は先生たちが預かるので想像ができていなかったが歌劇団のロッカーには鍵があるらしい。
小さなものはなくしやすい私は、不安になってくる。
「パパ、鍵をなくしちゃったらどうしよう」
「なくさないようにキーホルダーをつけて、管理するんだよ。暁ちゃんの入学が決まったら、小さめのキーケースを買ってあげようね」
「キーケース?」
「複数の鍵を管理できる皮の袋みたいなものだよ」
パパが自分の群青のキーケースを見せながら教えてくれる。
パパが使っているのはよく見ていたが、それがキーケースという名前だということは私は初めて知った。
「パパは暁ちゃんには甘いんだから」
「旭くんにもママにも甘いよ」
「最高の旦那様ね」
パパとママが仲良くしているのを見ると私は鍵紛失のことなど忘れて、穏やかな気分になるのだった。
千草ちゃんの家の玄関で旭くんの靴を脱がせると、砂がざらざらと出てきた。
「ごめんね、千枝ちゃん」
「いいのよ、千歳くんも同じだもの」
千草ちゃんのママが千歳くんの靴を見せながら私のママに言う。
千歳くんの靴からも砂が大量に出て来ていた。
光輝くんも光輝くんのママに靴を脱がせてもらっているが、砂が酷い。
「すみません、足を洗わせてもらっていいですか?」
「着替え持って来てます?」
「持って来てます」
「全員裸にしてシャワーが一番かと思います」
千歳くんのズボンのポケットからも砂が出てきているのを見た千草ちゃんのママが、全員にシャワーを浴びさせると言っていた。
暑い夏の最中に公園で遊んだので、帽子を脱いだ髪が汗でくしゃくしゃになっている。シャワーを浴びたら気持ちいいだろう。
「さおたん、じぶんでちる!」
「沙織ちゃん、みんな待ってるから、ママにお手伝いさせて?」
「いやーの! じぶんでちるの!」
沙織ちゃんは上手に靴を脱げずにいるが、絶対に香織ちゃんのママに手伝わせようとしない。
スポンと脱げた靴が廊下にまで飛んで行って、香織ちゃんのママが慌てて走って取りに行ったが、もう遅く、砂がまき散らされていた。
「本当にごめんなさい」
「いいのよ。千歳くんなんて毎日だから。掃除機をかける機会が増えて、部屋が綺麗になったのよ」
「分かるわ。赤ちゃんがいると、床を徹底的に掃除するものね」
「月穂ちゃんも?」
「もちろんよ」
謝る香織ちゃんのママに、千草ちゃんのママは寛容に構えているし、私のママも笑って話していた。
何とか靴を脱いだ沙織ちゃんもバスルームに運ばれて、旭くんと光輝くんと千歳くんと一緒にシャワーで身体を流して、着替えをしてリビングに戻って来た。
リビングでは千草ちゃんのパパがケーキとお茶の準備をして待っていてくれた。
大きな丸いケーキの上には洋ナシが乗っている。
「千歳くんはフルーツが大好きなのよ。パパが美味しい洋ナシのタルトを買って来てくれたの」
「旭くんもフルーツ大好きだわ」
「沙織ちゃんもよ」
シャワーを浴びたときに手も洗っていたので、旭くんと光輝くんと千歳くんと沙織ちゃんは椅子によじ登って座っている。
子ども用の椅子が一つしかないので、そこには千歳くんが座って、旭くんと光輝くんと沙織ちゃんはクッションを積み重ねた大人用の椅子に座っていた。
「ねぇね! ねぇね!」
「ねぇね、おうた!」
「おうた、ちて!」
「ねぇね、ハッピーバースデーちるのよ」
歌は私たちが歌うものらしい。
千歳くんと旭くんだけではなく、光輝くんも歌って欲しいと言っているし、沙織ちゃんはハッピーバースデーの歌だと分かって言っている。
「お砂場で沙織ちゃんとハッピーバースデーごっこをするのよ」
「それで曲名が分かっているのね」
「砂で作ったケーキに木の枝のろうそくを立てて、花びらや木の実で飾って」
香織ちゃんが説明してくれる。
砂で作ったケーキを木の枝や花びらや木の実で飾ればきっと可愛いだろう。
今度旭くんと遊ぶときに私もやってみようと考える。
私と千草ちゃんと香織ちゃんでハッピーバースデーの歌を歌った。
沙織ちゃんも歌に加わり、旭くんと光輝くんと千歳くんは手を叩いて、拍子をとっていた。
歌い終わると、きょとんとしている千歳くんに、千草ちゃんのパパが言う。
「ろうそくをふーして?」
「ふー!」
「お口でふーって言うんじゃなくてね」
「ふー! ふー!」
口に出して「ふー!」と真剣に言う千歳くんに、私も千草ちゃんも香織ちゃんも微笑ましくて笑ってしまった。
結局ろうそくは消せなかったけれど、千草ちゃんのパパが洋ナシのタルトを切ってくれて、みんなで紅茶と一緒にいただいた。
旭くんと光輝くんと千歳くんと沙織ちゃんは牛乳だった。
口の周りを汚しながら食べる旭くんと光輝くんと千歳くんに、私のパパとママ、光輝くんのママは話していた。
「お着換えをもう一セット持ってくればよかったよ」
「私もです。光輝と出かけると荷物が多くなっちゃうから」
「バッグなんてパンパンですよね」
「分かります」
私のパパとママと光輝くんのママは仲良くなっているようだった。
洋ナシのタルトはコンポートされた洋ナシが歯ごたえが残っていてとても美味しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます