12.千歳くんのお誕生日

 夏休みの終わりには千歳くんのお誕生日が来る。

 千草ちゃんから招待を受けて、私と旭くんとパパとママ、香織ちゃんと沙織ちゃんと香織ちゃんのママも、お誕生日パーティーに招かれていた。

 それだけではなく、光輝くんと光輝くんのママも招かれている。


「光輝くんとマンションの棟の間にある公園で会って、千歳くんがお友達になったのよ。光輝くんが遊びをリードしてくれるから、すごく楽しいみたい」

「千歳くんと光輝くんもお友達になったんだ」

「旭くんは光輝くんの親友よね」


 微笑みながら言っている千草ちゃんの視界の端で、旭くんが靴を脱いで玄関からリビングに向かって走って行っている。


「こーたん!」

「あーたん!」


 光輝くんに気付いたのだ。

 光輝くんも旭くんに気付いて、二人はしっかりと抱き合って再会を喜んでいた。


 仲のいい姿に、千歳くんが混ざってぎゅっと抱き付いているし、沙織ちゃんも近寄ってきていた。


「じゅーじゅー」

「おままごと、ちよ」

「うん、ちよ」


 千歳くんがおままごとのおもちゃを持ってきて遊ぼうと誘うのに、光輝くんと旭くんも乗り気だった。


「おりょうりやたん、つるわよー!」


 沙織ちゃんが仕切っているが、千歳くんはどこまで分かっているのか。

 おままごとで旭くんと光輝くんと千歳くんと沙織ちゃんが遊んでいる間に、ママと香織ちゃんのママと沙織ちゃんのママは、千草ちゃんのママを手伝って、テーブルに料理を並べていた。


 手作りのピザの上には、サラミと玉ねぎとピーマン、モッツァレラチーズとトマトとバジル、しらすのオリーブオイル和え、茄子とベーコンが乗せられている。

 美味しそうなピザを千草ちゃんのパパが切ってくれていた。


 手を洗ってきた私と千草ちゃんと香織ちゃんは、お皿にとって食べ始める。


 旭くんはパパとママが、沙織ちゃんは香織ちゃんのママが、光輝くんは光輝くんのママが、千歳くんは千草ちゃんのママが、手を洗いに連れて行ってる。

 沙織ちゃんは最後までおままごとの前で動かなかった。


「いやーなの! あそぶの!」

「美味しいピザが焼けているのよ。食べましょう?」

「まだあそぶー!」


 ひっくり返って泣いて嫌がる沙織ちゃんだが、旭くんと光輝くんと千歳くんが大人しく手を洗いに連れて行かれたのを見て、渋々立ち上がった。


「たべたら、またあそぶー!」

「千歳くんがいいっていったらね」

「あそぶのー!」

「ここは千歳くんのお家よ。自分の家じゃないのよ」


 三歳はイヤイヤ期で、「魔の三歳」と言うと聞いていたが、やはり沙織ちゃんにもその兆候が出始めているようだった。

 旭くんと光輝くんと千歳くんと沙織ちゃんは椅子に座って、私と千草ちゃんと香織ちゃんと大人たちは立って食べている。旭くんにはママとパパ、光輝くんには光輝くんのママ、千歳くんには千草ちゃんのパパとママ、沙織ちゃんには香織ちゃんのママがついて、つきっきりで食べさせていた。


 食べ終わると、歌劇団のBlu-rayの上映会が始まる。

 私の家も、千草ちゃんの家も、テレビがとても大きい。その上、オーディオセットが充実している。

 大きなテレビに映し出される大好きな役者さんの姿に、私は千草ちゃんのママに聞いてしまう。


「私、この公演見たことない!」


 Blu-rayでも初めて見る公演だと言うと、千草ちゃんのママがにやりと笑う。


「これは古い公演のBlu-rayを今日のために買ったのよ」

「私たちが小学生の頃の?」

「そうよ。小学生に入る前の公演よ」


 映像の記録が残っていれば、そんな古い公演も見ることができるのだ。

 まだ初々しさの残る大好きな役者さんの演技を見るのも楽しい。


「役者さん、可愛いわね」

「こんなころもあったのね」

「変わらずに声は素敵だわ」


 千草ちゃんと香織ちゃんと盛り上がってBlu-rayを鑑賞した。


 公演の中身は漫画を原作としたものだったけれど、その原作の漫画を読んでいなくても分かるようになっていたし、かなり古いものだったが、全く気にならなかった。


 最後のデュエットダンスになると、光輝くんと旭くんが手を取り合って踊っている。沙織ちゃんは一人でくるくる回って踊っているし、千歳くんはそれを見て手を叩いて喜んでいる。

 上映会は旭くんと光輝くんと千歳くんと沙織ちゃんにとっても楽しいものになったようだった。


 上映会が終わると、千草ちゃんと香織ちゃんが私のパパとママに聞いていた。


「暁ちゃんの家に少しだけ遊びに行っていいですか?」

「暁ちゃんとお話ししたいの」


 パパとママは光輝くんと千歳くんと沙織ちゃんと遊んでいる旭くんを見て、私に鍵を渡す。


「鍵は閉めておくように」

「誰か来ても絶対に開けちゃダメだからね」


 パパとママに言われて、私は元気よく「はい!」と答えた。


 エレベーターでエントランスに降りて、隣りの棟の私の家に向かう。

 私の家のあるマンションの棟に入って、エレベーターで昇って行って、私の家の階で降りて、家の鍵を開ける。

 鍵を閉めたことを確かめて、部屋に入ると、私の子犬さんと千草ちゃんの鶏さんと香織ちゃんの兎さんもちゃんとついて来ていた。


 タロットクロスを机の上に広げて、タロットカードを混ぜていく。


「千歳くんのこれからについて占って欲しいんだけど」

「お誕生日だったものね。気になるわよね」


 千草ちゃんにお願いされて、私はスリーカードという三枚タロットカードを使う簡単なスプレッドで見てみることにした。


 一枚目は、ワンドの三の正位置。

 意味は、模索。

 挑戦の機会が目の前に来ているのに、最後の一歩が踏み出せない状態であることを示している。


『色んなことに挑戦したいけど、これまではまだ後押しがいる時期だったね。誰かに助けてもらったり、抱っこしてもらわないと動けなかった。それがこれから変わっていくかもしれないね』


 子犬さんの声が聞こえる。


「赤ちゃんだったから、自由に動けなかったけど、これから変わって来るかもって」

「そうよね。歩けるようになったし、少し喋るようになったものね」


 千草ちゃんは興奮して聞いている。


 二枚目は、ソードの七の逆位置。

 意味は、裏切り。

 逆位置だと、備えが功を奏し、万全の状態になるとなっている。


『これまでに築き上げた両親との信頼関係や、千草ちゃんの愛情で、千歳くんは備えが万全な状態になっている。これからどうとでも動き出せるよ』


 子犬さんの言葉を千草ちゃんに伝えると、千草ちゃんは目を輝かせている。


「千歳くんはこれから成長していくのね」


 その問いの答えが、三枚目のカードだった。

 三枚目は、ペンタクルの七の正位置。

 意味は、成長。

 思い通りにならなかった現実を踏まえて、前に進めるようになる暗示である。


『思い通りにならなかったことがこれまで多かったけれど、千歳くんはこれから著しく成長していくと思うよ。前進あるのみだね』


 子犬さんの占い結果を千草ちゃんに伝えると、千草ちゃんは「やっぱり」と喜んでいた。


 私は占っていて気になることがあった。

 子犬さんの声が聞き取りづらいのだ。

 なんとか聞き取ることはできたけれども、掠れていたり、遠くなったりして、子犬さんの声が聞こえなくなってきている。


「子犬さん、なんで声が聞こえにくいの?」


 問いかけてタロットカードを一枚引くと、死神のカードの正位置が出た。


『暁ちゃんに生まれ変わりの時期が訪れている。暁ちゃんには試練のときだよ』


 どういうことなのだろうか。

 問いかけながらタロットカードを捲っても、子犬さんは答えてくれなくなった。


 これが答えてくれなくなっただけならばいいのだが、声が聞こえなくなっていたらどうしよう。


 私はじっと私の子犬さんと千草ちゃんの鶏さんと香織ちゃんの兎さんを見詰める。

 凝視していると、しっかりと見えるのだが、意識しないと見えないのは親しくないひとたちの守護獣さんだけだ。意識しないと見えないように気を付けておかないと、見たくないものを見ることになるから、その訓練だけはしたのだ。

 私の子犬さんも、千草ちゃんの鶏さんも、香織ちゃんの兎さんも、薄くなっていて、凝視しないとはっきり見えないようになっている気がしていた。


「私、守護獣さんが見えなくなるかもしれない」

「暁ちゃん!?」


 呟いた私に、千草ちゃんが驚きの声を上げる。


「守護獣さんの声が聞こえにくくなってるし、見えにくくなっている気がするの」

「暁ちゃんのパパも、お祖母ちゃんも、昔は見えていて見えなくなったのよね?」

「そうなのよ。私にもそのときが来るかもしれないわ」


 しょんぼりとしている私に、香織ちゃんが力づけてくれる。


「暁ちゃんは生まれたときから見えてるし、千草ちゃんはそんな暁ちゃんを見てきたから見えてるの暁ちゃんを普通って思うかもしれないけれど、他のひとたちには見えていないのよ。大丈夫、見えていなくても普通に暮らすことはできるわ」

「黒い影が襲って来たらどうしたらいいの?」

「そのときには、三人で知恵を絞りましょう? 見えなくなっても守護獣さんはいなくなるわけじゃないでしょう。きっと大丈夫」


 生まれたときから見えている私と、見えている私がそばにいた千草ちゃんでは言えないことを香織ちゃんは言ってくれた。

 香織ちゃんの言葉を頼りに、私は守護獣さんとのコミュニケーションが取れなくなったときのことを真剣に考え始めた。

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