11.夏休みのお祖母ちゃんの家

 受験生で歌とダンスの教室の練習も、塾も厳しくなっていたけれど、お盆くらいは休める。

 お盆は毎年パパの実家に行っているので、私はすごく楽しみにしていた。

 パパの実家では美味しいご飯を食べさせてくれるし、お祖母ちゃんとも話ができる。


 去年は香織ちゃんと香織ちゃんのママと沙織ちゃんと一緒に、一昨年は千草ちゃんと一緒にパパの実家に行った。お祖母ちゃんに占ってもらって、千草ちゃんも香織ちゃんも嬉しそうだった。

 他のひとには見えないものが見えたり、守護獣が見えてタロットカードでお話ができたりすることを、お祖母ちゃんには隠さなくていい。

 お祖母ちゃんも昔は見えていたので相談することもできる。


 私には心配なことがあった。

 お祖母ちゃんに相談したかった。


 パパの実家に行くと、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが迎えてくれる。

 旭くんはお祖父ちゃんに抱っこされて、ご満悦の表情だった。


「じっじ、すち」

「旭くんは大きくなったな。お喋りも上手になって」

「あーたん、おつなば、すち」

「砂場が好きなのか。公園に行くかい?」

「いく!」


 お祖父ちゃんに公園に誘われて、旭くんはいそいそと靴を持って玄関で準備していた。

 まだ旭くんは靴をはかせてもらわなくては履くことができない。

 両手に一足ずつ靴を持って、お祖父ちゃんを呼んでいる。


「じっじー! いくよぉー!」

「旭くんと公園に行ってくるね」

「帽子を被せて、水分補給を気を付けてやってくださいね」

「分かっているよ」


 ママにお願いされて、お祖父ちゃんは旭くんと公園に遊びに行った。

 残った私はお祖母ちゃんとお祖母ちゃんの部屋に行った。


 今年は香織ちゃんもお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に行くと言っていた。千草ちゃんも去年から千草ちゃんのママの実家に帰っている。


「お祖母ちゃんが守護獣が見えなくなったのって、いつ頃?」


 私の問いかけに、お祖母ちゃんがちょっと目を見開く。

 驚いたような様子のお祖母ちゃんに、私はこくりと唾を飲み込んだ。


「結婚して子どもが生まれた頃にはもう見えなくなってたけど、大人になるにつれて、守護獣の力を借りなくても自分で解決していくようになったね。守護獣はその頃から薄れてたのかもしれない」


 お祖母ちゃんが結婚して子どもを産んでから守護獣さんが見えなくなったということだが、それより前から予兆はあったようだ。

 私は怖くなってくる。


「守護獣さんたちが見えなくなったらどうしよう。お話ができなくなったらどうしよう」

「そうなったとしたら、暁ちゃんの生活に守護獣が必要なくなったってことだよ」

「でも、黒い影は存在するのよ。それとどう戦えばいいの?」


 私の問いかけに、お祖母ちゃんはあっさりと答えた。


「見えなくなれば狙われなくなる。黒い影が憑りつくのはそれ相応の理由のあるひとたちばかりだよ。祓っても根本が変わらなければまた戻ってくる」


 黒い影に憑りつかれるひとは祓っても、根本が変わらなければまた戻ってくる。


 私は光輝くんのママを思い出していた。

 光輝くんのママは出会ったときに職場環境が悪くて、余裕がなくて、疲れ切っていた。それを黒い影が憑りついて、悪化させようとしていた。


「黒い影の狙いはなんなの?」

「恐らくは、自分たちの仲間を増やすこと」

「それって……」


 ひとを殺すことなのではないかと、私は怖くて口に出せなかった。


 光輝くんのママは黒い影に囚われて、自分で動くことができなかった。最悪の職場環境から逃れることができなくて苦しんでいるところで、私が黒い影を祓った。


「光輝くんって、旭くんのお友達の子がいるんだけど、光輝くんのママは職場環境が悪くて疲れ切っていたの。黒い影が光輝くんのママに憑りついていたけれど、払ったら、光輝くんのママは、職場を辞めて転職したわ。それから光輝くんのママに黒い影は寄って来ないの」

「その光輝くんのお母さんは、決断して行動に移す力があったから、黒い影ももう近寄れないんだと思うよ」

「それが、根本から変わるってこと」

「そういうことだね。この場合は、環境を根本から変えること、だけどね」


 環境が根本から変わったから光輝くんのママは救われた。それを考えると、黒い影を祓うことによって行動力と活力を蘇らせるひともいるのかもしれないと思えてくる。


「お祖母ちゃん、私はいつ頃守護獣さんと話せなくなるのかな?」

「それは分からないよ。暁ちゃんの成長次第だと思う。大人になっても見えるひともいるのかもしれないしね」


 お祖母ちゃんにも分からないことがある。

 それは当然のことだった。


 お祖母ちゃんが私からタロットカードを借りて、タロットクロスを広げてタロットカードを混ぜていく。


「守護獣が見えなくなっても、私はタロットカードを扱えるからね」

「守護獣さんの声は聞こえないの?」

「聞こえないけど、タロットカードの導きは見える」


 守護獣さんやひとではないものを見る目をなくしても、お祖母ちゃんにはタロットカードでの占いという能力が残った。

 私は今はタロットカードで守護獣さんの声を聞いているが、お祖母ちゃんのように占うだけもできるのだろうか。


 お祖母ちゃんはタロットクロスの上にタロットカードをV字に七枚出している。

 ホースシューというスプレッドだ。


 一枚目のカードは、ワンドの九の正位置。

 意味は、備える。

 いかなる状態にも対処できるという意味がある。


「暁ちゃんはどんなことにも対処できるように十分な備えをしてきたんだね。それがカードに現れているよ。守護獣ともよく話し合って、みんなを守ろうとして来た」

「そうなの。旭くんや光輝くんや沙織ちゃんや千歳くんに黒い影が襲い掛かろうとするのを、私と千草ちゃんと香織ちゃんの歌で守護獣さんをパワーアップさせて対処したわ」

「暁ちゃんの歌にはそんな能力があるのかい」


 私も知らなかったけれど、私と千草ちゃんと香織ちゃんの歌には守護獣をパワーアップさせる能力があった。

 その話をするとお祖母ちゃんが驚いている。


 二枚目のカードは、カップの二の正位置。

 意味は、相互理解。

 周囲と本音を共有し、協力し合える状態だ。


「今の状態はとてもいいね。千草ちゃんや香織ちゃんと協力し合えている。三人で頑張って歌劇団の付属学校を目指しているんだね」

「そうなのよ。私は歌劇団の舞台に立ちたいと思っているから」


 私が答えると、お祖母ちゃんは優し気に目を細めていた。


 三枚目のカードは、死神の正位置。

 意味は、さだめ。

 生まれ変わるために一度終わりを迎えなければいけないという意味もある。


「暁ちゃんは、守護獣が見えなくなるかもしれない」

「え!?」

「生まれ変わりのため、次のステップに進むために、暁ちゃんは自分の力で解決しなければいけないことが出てきそうだよ」


 お祖母ちゃんの占いに、私の心臓がどくりと跳ねる。

 次のステップに進むために自分の力で解決しなければいけないことが出て来る。守護獣さんの力を借りられないとなると、私は不安だった。


 四枚目のカードは、ペンタクルのキングの逆位置。

 意味は、貢献。

 逆位置になると、自分の力を発揮できていないという意味にもなる。


「今の暁ちゃんは完全に自分の力を発揮できている状態じゃない。これから努力して、自分の力を発揮できるようにならないといけないね」

「私に何ができるのかしら」

「できることはたくさんあると思うよ。周囲の助けも借りていいと思う」


 一人では不安な私に、お祖母ちゃんは優しく言ってくれた。


 五枚目のカードは、カップのクィーンの正位置。

 意味は、慈愛。

 受け入れて本質を見抜くという意味がある。


「暁ちゃんの周囲のひとたちは、そんな暁ちゃんの能力も知っているし、受け入れているし、協力してくれると思うよ。暁ちゃんのことを本当に信頼している」

「千草ちゃんと香織ちゃんかな?」

「それだけじゃないかもしれないよ」


 お祖母ちゃんの言葉に心当たりを考えたけれど、私は思い浮かばなかった。


 六枚目のカードは、ワンドのエースの逆位置。

 意味は、生命力。

 一つの挑戦が終わるという意味もある。


「やっぱり、妨害してくるのは黒い影とそれに憑りつかれたひとのようだね。暁ちゃんのことを狙っている気がするよ」

「私を狙っているひとがいるの?」

「黒い影に操られているのかもしれないね」


 生命力の逆位置だからお祖母ちゃんはそう読んだのだろう。


 七枚目のカードは、ソードのナイトの正位置。

 意味は、果敢。

 理路整然と突き進むという意味がある。


「自分の信じるままに突き進んでいいよ。それが暁ちゃんの力になる」


 お祖母ちゃんの言葉に、私は頷いていた。

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