3.先生を罠にかける
香織ちゃんのママに私と千草ちゃんの送迎をお願いするということになって、私のママと千草ちゃんのママは二人で直接香織ちゃんのママに会うことにしたようだった。
それを聞いて私はママにお願いしていた。
「私も千草ちゃんと香織ちゃんとお茶したい。ママ、中学まで迎えに来て、そこからお店に行ってよ」
「そうね、千草ちゃんと香織ちゃんにも話しておいた方がいいわよね」
ママは私のお願いを聞いてくれた。
それだけではない、ママは千草ちゃんのママに連絡して、二人で中学校に私と千草ちゃんを迎えに行くことにしたのだ。
私のママと千草ちゃんのママは仲がいいのでそうなるような予感がしていた。
予想通りに事が運んで私は満足だった。
二年生の教室は二階にある。
階段を上がって千草ちゃんのママと私のママがやってくるのを、私と千草ちゃんと香織ちゃんは廊下で待っていた。
子犬さんと鶏さんは階段の踊り場でスタンバイしている。
「高羽さんと狛野さんのお母さんじゃないですか。お話ししたかったんですよ」
にたりと笑いながら担任の先生が私のママと千草ちゃんのママに近付いて行った。私と千草ちゃんは携帯電話を隠しながら構えて、動画を取る。
「娘の進路のことでしたらお話することはありません」
はっきりと答える千草ちゃんのママに、担任の先生の笑顔が歪む。
歪んだ笑顔で担任の先生は「失礼します」と頭を下げた。
そのとき、担任の先生の手が千草ちゃんのママの身体を押した。押されてバランスを崩した千草ちゃんのママは階段から落ちそうになる。
「千枝ちゃん!」
「月穂ちゃん!?」
とっさに引き寄せた私のママが、千草ちゃんのママの代わりに階段から落ちていく。
千草ちゃんのママは階段の上で座り込んでいて、私のママが階段から落ちて行ったのだが、踊り場では巨大になっている子犬さんと鶏さん、それにそのままの小さい姿だが必死に守ろうとするパピヨンさんと香織ちゃんの兎さんまで一緒になって私のママを受け止めた。
普段はママは守護獣に触ることができないのだが、今回は明らかにぼすんっと柔らかく受け止める音がして、ママは呆然としたまま階段の踊り場に尻もちをついていた。
「月穂ちゃん、大丈夫?」
「千枝ちゃんこそ、大丈夫?」
「私は平気! 月穂ちゃん、私のせいで」
泣き出しそうになっている千草ちゃんのママのところに、私のママが軽快な足取りで駆け上がる。本当に少しも怪我はしていないようだ。
「今、千枝ちゃん……狛野さんのこと、押しましたよね?」
「何のことですか?」
「私のこと、階段から突き落とそうとしましたよね」
「あなたたち、モンスターペアレントですか? 子どもが可愛いからって私に罪を擦り付けて」
担任の先生はしらばっくれているが、私はそんなことを許すつもりはなかった。千草ちゃんと一緒に駆け寄って携帯電話の液晶画面を見せる。
そこには担任の先生が千草ちゃんのママを押す瞬間が動画で撮影されていた。
「私、見たんだからね。これが証拠よ」
「私も見たわ」
「私も!」
私だけでなく、千草ちゃんや香織ちゃんも味方に付いてくれる。
「夫に連絡します。すぐに来てもらいます」
「何を言っているんですか?」
「夫は法律事務所の弁護士です。警察にも連絡します」
てきぱきと携帯電話で連絡をしていく私のママに、黒い影が襲い掛かろうとしている。
『私の地位が!』
『こんな親子のせいで、今まで築き上げたものが!』
『許さない! 許せない!』
『妬ましい!』
それを大きくなった子犬さんと光っている鶏さんと兎さんとパピヨンさんが威嚇して近寄らせないようにしている。
「何か止めを刺すようなことを……」
私では担任の先生に止めを刺せない。
苦悩していると、パパが旭くんを抱っこ紐でお腹にくっ付けて登場した。旭くんをすぐに外して、パパが私に渡す。
「暁ちゃん、大事な大人同士の話があるから、旭くんを頼んでもいいかな?」
「任せて。千草ちゃん、抱っこ紐を調整して」
千草ちゃんに抱っこ紐を調整してもらって、私は旭くんをしっかりと抱っこした。旭くんは私に抱っこされて嬉しそうにきゃっきゃと笑っている。
「共同法律事務所の弁護士の高羽です。お話は伺いました」
「私は何もしていません。手が滑って、背中に触れてしまったかもしれないけれど……」
「狛野さんは妊娠されている。そんな方を階段から突き落とそうとするなど、傷害罪になりますね」
「そんな大げさな! ここは学校ですよ。校長先生と教頭先生に話をさせてください」
「いいでしょう。警察が来てから、娘が撮った動画も見せて話をさせていただきましょう」
こういうときのパパはものすごく頼りになる。
私と千草ちゃんと香織ちゃんが様子を見ていると、私のパパが香織ちゃんのママに言ってくれる。
「話しが終わるまで、子どもたちと一緒にいてやってもらえませんか? 私と妻と狛野さんは大人同士で話がありますので」
「分かりました。責任をもって一緒にいます」
逃げ場がなくなって困惑している担任の先生の周囲に纏わりついている黒い影にも変化が出ていた。
『こいつはもう役に立たない』
『ひとを不幸にさせることができない』
『依り代として価値がない』
黒い影は担任の先生を捨てて行こうとしているようだ。
分散しようとする黒い影を、子犬さんと鶏さんは見逃さなかった。
バラバラになったところで一つずつ追いかけて子犬さんは噛み付いて、鶏さんは羽の光を浴びせかけて消していく。
黒い影からも見捨てられた担任の先生は、妙に小さく見えた。
「婚約してたけど、相手に捨てられたって聞いたわ。それで千草ちゃんのママが妬ましかったのかもしれないわね」
再婚して妊娠して、幸せいっぱいの千草ちゃんのママが妬ましかった。そうであっても超えてはいけない一線がある。暴力は絶対にいけない。
私は沙織ちゃんを抱っこした香織ちゃんのママと千草ちゃんと香織ちゃんと、旭くんを抱っこして、職員室前の廊下で待ちながら思っていた。
結局、担任の先生は退職することになって、私のクラスには新しい担任の先生が来ることに決まった。
その日は塾だったけれど、お休みをしてパパとママは、千草ちゃんと千草ちゃんのママと、香織ちゃんと沙織ちゃんと香織ちゃんのママと喫茶店に行った。
喫茶店なんて行くことはほとんどないので私はドキドキしてしまう。
「暁ちゃん、なんでも頼んでいいよ」
「パパは甘いんだから」
笑われているパパだが、ママのことは本気で心配していた。
「本当にどこも痛くないのかな? こういうときは興奮してるから、痛みがすぐ来ないこともあるんだけど」
「本当に大丈夫よ。頭は打たなかったし、尻もちをついただけだったの。お尻が大きいのがよかったのかも」
「そんなことを言って。何かあったらすぐに言うんだよ」
ママの心配をしてから、パパは担任の先生がどうなったかを話してくれた。
「あの先生は心を病んでいたみたいなんだ。婚約を一方的に破棄されて。だからといって、したことを許すわけにはいかないし、階段からひとを突き落とそうとするのは犯罪だ」
だから警察にも被害届を出して、事件として取り合ってもらって、法律事務所からも訴訟を起こして、慰謝料をもらう形にしていくとパパは話してくれた。
「怪我がなかったからよかったで済ませられないからね。精神的な苦痛も与えられたから、慰謝料はもらって当然だ」
こういうときパパは本当に頼りになる。
お店のひとには許可を取って、旭くんは瓶入りの離乳食を食べさせてもらっていた。
私はふわふわの分厚いスフレパンケーキを頼む。千草ちゃんはロールケーキを頼んで、香織ちゃんはミルクレープを頼んでいた。
スフレパンケーキにたっぷりのホイップクリームとメープルシロップをかけて、紅茶と一緒に食べる。口の中で溶けるようなスフレパンケーキが美味しくて止まらない。
私たちが食べている間に、私のママと千草ちゃんのママは、香織ちゃんのママにお願いしていた。
「暁ちゃんの送迎をお願いしたいんです」
「香織ちゃんのママも沙織ちゃんがいて大変と思うんですけど」
「平気です。沙織もドライブが大好きなので」
快く香織ちゃんのママは私と千草ちゃんの送迎を請け負ってくれた。
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