6.文化祭での香織ちゃんの活躍

 夏休み前に文化祭がある。

 去年はクラスの先生が文化祭にそれほど力を注いでなかったので、香織ちゃんの伴奏で歌を歌ったくらいだった。

 今年は担任の先生が提案した。


「ミュージカルをやってみませんか?」


 提案の前に歌劇団のミュージカルの映像を見せてのことだったので、クラスの中も盛り上がっていた。


「高羽さんと狛野さんと卯崎さんは、歌とダンスの教室に通っているのよね?」

「ミュージカルをしたことがある?」

「踊って歌えるのか?」


 いつの間にか私と千草ちゃんと香織ちゃんは話題の中心になっていた。

 先生が見せたのは去年の春の私と千草ちゃんが歌劇団の付属学校に進学しようと決めた公演で、その公演を改めて見ると、私も何となくやる気になって来ていた。


「ミュージカルは歌とダンスの教室でやったことがあるわ」

「春休みにロミオとジュリエットをやったのよ」


 私と千草ちゃんが言えば、他の生徒から声が上がる。


「高羽さんと狛野さんを主役でロミオとジュリエットをやったらいいと思います!」

「高羽さんと狛野さんのロミオとジュリエット、見てみたいです!」

「ロミオとジュリエットって聞いたことがあるけれど、どんな話かよく知らないんだよな」


 それで、まずは原作のロミオとジュリエットの話から先生は始めた。


 ヴェローナというイタリアの都市で、争い合う二つの家、モンタギュー家とキュピレット家。

 モンタギュー家の嫡子ロミオと、キュピレット家の一人娘のジュリエットが恋に落ちる。

 恋に落ちた二人を周囲は許さず、ジュリエットの従兄のティボルトがロミオの親友のマキューシオを殺してしまう。ロミオは逆上してティボルトを殺し、追放を言い渡される。

 ロミオが追放されたので金持ちの息子パリスと結婚させられそうになったジュリエットは、仮死状態になる薬を飲んで自分が死んだと見せかけてロミオに迎えに来てもらう。

 すれ違いが起きてしまって、ロミオはジュリエットが本当に死んだと思って自分の命を絶つ。

 目覚めたジュリエットもロミオが死んだことに気付き、命を絶つ。


 シャークスピアの古典悲劇なのだが、話を読んで行くうちにクラスがざわついた。


「なんでここですれ違っちゃうわけ?」

「追放されたときにジュリエットはロミオについて行けばいいんじゃん」

「ていうか、十四歳と十五歳なわけ!? 俺たちと変わらない!」


 色々とツッコミどころはいっぱいなのだが、私たちの演目はロミオとジュリエットに決まった。


「卯崎さんはどの役をやったの?」

「ロミオの親友のマキューシオ?」


 疑問の声に卯崎さんが消えそうな声で答える。


「私は、ティボルトをやったの……」

「え!? ティボルトって、めちゃくちゃ悪いやつじゃない?」

「女遊びもして、喧嘩もするような奴を卯崎さんが?」


 信じられない様子でいるクラスのみんなに、私は声を上げた。


「香織ちゃんのティボルトは素晴らしかったんだから! 私は香織ちゃんをティボルトに推薦します!」

「私も、香織ちゃんのティボルトをもう一度見たいわ。狂犬みたいだったのよ」


 私と千草ちゃんが推薦して、香織ちゃんはまたティボルトをやることになった。

 台本は歌とダンスの教室の先生に許可を取って、歌とダンスの教室で演じたものをアレンジすることになった。


「香織ちゃんが演じたら、みんなびっくりするよ」

「ファンがついちゃうかも」

「そんなことないよぉ! 暁ちゃんと千草ちゃんにみんな見惚れてるよ」


 香織ちゃんはそう言っているが、私は香織ちゃんの演技をみんなが見たら絶対に驚いてファンになると思っていた。


 それから忙しい日々になった。

 音楽の時間を使って練習するのだが、それだけでは足りなくて、昼休みも放課後も練習することになったのだ。

 私と千草ちゃんと香織ちゃんは塾とピアノの教室と歌とダンスの教室があるから、放課後はあまり残って練習できないが、昼休みは練習に加わる。

 昼休み中を使って、教室の机を後ろに寄せて練習する。


 練習の段階から香織ちゃんの演技はすごかった。

 短剣を構えてモンタギュー家の人々を挑発する眼差し、マキューシオを殺した後の狂犬じみた笑み、ロミオに殺されたときの迫真の演技。


「卯崎さんって演技になるとひとが変わったみたい」

「俺より格好いいんじゃないか?」

「高羽さんと狛野さんがすごいのは知ってたけど、卯崎さんまでこんなにすごかったなんて」


 周囲の反応が変わってきている。

 地味で目立たなかった香織ちゃんに対して、クラスのひとたちは関わらなかったし、香織ちゃんの家庭が離婚していることを理由に無視しているようなところもあった。

 子どもとは残酷なもので、自分と異質のものを排除しようとする。

 父親が二つの家庭を持っていた香織ちゃんは、まさにそれに当てはまっていたのだ。


 それが今は香織ちゃんの演技にみんなが感心して、興味を持っている。

 香織ちゃんは自分の力で周囲に認められている。


「香織ちゃん、よかったね」

「暁ちゃんと千草ちゃんの方がすごいのに」

「私と暁ちゃんは前から目立ってたもんね。香織ちゃんは今回、才能を見出されたのよ」


 きっと香織ちゃんにはファンができる。

 私も千草ちゃんも確信していた。


 本番の舞台でも、香織ちゃんは周囲を圧倒させる演技力を見せた。

 歌唱力はまだ歌とダンスの教室に入って一年経たないので、私や千草ちゃんよりも上手とは言えないが、舞台に立っただけで観客をぞくりとさせるようなティボルトを演じていた。


 私と千草ちゃんは「正統派のロミオとジュリエット」と言われて評価されていた。


 体育館の舞台で演じたのだが、体育館は生徒と保護者で満員の状態だった。

 舞台が終わって拍手を受けてクラスの全員でお辞儀をすると、観客席で見ていた私のパパとママと旭くんも、千草ちゃんのパパとママも、香織ちゃんのママと沙織ちゃんも、拍手をしてくれていた。


 千草ちゃんのパパが録画をしてくれていたので、私と千草ちゃんと香織ちゃんは、私の家に集まって録画を見せてもらうことになった。


 録画でも香織ちゃんの迫力はものすごかった。


「このティボルトならマキューシオを殺すわ」

「間違いない」

「そ、そんなに変?」

「変じゃなくてすごくよかったってことだよ」

「素晴らしかったのよ、演技が!」


 香織ちゃんは自覚がないようだが、香織ちゃんの演技は本当にすごかった。

 私と千草ちゃんで褒めても香織ちゃんはきょとんとしていた。


「夏休みのご予定はありますか?」

「私は千草ちゃんを連れて、実家に帰ろうかと思っています。このひとのおかげで実家とも和解できましたし」


 私のパパが聞くと、千草ちゃんのママは実家に帰ると言っていた。前の夫とは結婚を反対されていたが、新しい千草ちゃんのパパと再婚したことで、千草ちゃんのママは実家との関係が戻っていた。

 去年は私のパパの実家にお招きしたのだが、今年はそれはできないようだ。

 残念だけど、千草ちゃんは顔を輝かせている。


「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんと会うのよ。ママは妊娠してるから、休まなきゃいけないし」


 千草ちゃんがお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会うのを楽しみにしているならば、私は一緒に過ごせないのは残念だけれど仕方がないと思えた。


「香織ちゃんのご一家は?」

「ずっと家にいますね」

「よかったら、うちの実家に来ませんか?」


 それは私がパパに頼んだことでもあった。

 香織ちゃんを一度私のお祖母ちゃんに会わせておきたい。

 お祖母ちゃんならば私よりも香織ちゃんの守護獣のことについてよく分かるかもしれない。


「全然関係ない私たちが行ってもいいんですか?」

「去年は千草ちゃんの一家が来ました。遠慮しなくていいんですよ」


 私のパパに言われて香織ちゃんのママは戸惑っている。


「ママ、私、行ってみたい」


 必死に声を振り絞って香織ちゃんが言う。


「香織、あなた自分の気持ちを言ったわね」

「お願い、ママ」

「分かったわ。お邪魔していいですか?」


 去年は千草ちゃんが夏休みに来てくれたが、今年は香織ちゃんが夏休みにお祖母ちゃんの家に来てくれるようだ。

 私は夏休みが待ち遠しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る