中学二年生

1.担任の先生の黒い影

 中学二年のクラス替えで、私と千草ちゃんと香織ちゃんは同じクラスになれた。

 これでクラスでもいつでも一緒にいられる。

 私は浮かれていたが、クラスの担任の先生が気になっていた。


 先生の周りに黒い影が浮かんでいるのだ。

 黒い影は時々先生を取り込んでしまいそうになっている。


「高羽さんと狛野さんは本当に成績がいいですね。我が校の誇りです」


 褒められているのだがその後ろにねっとりとした嫌な気配を感じて、私と千草ちゃんは話題を変えて逃げようとする。


「次の授業があるので」

「移動教室だから」


 それを逃さないように先生は私の手首を握る。

 女性の先生だからといって、女生徒の手を握っていいはずがない。

 それを言う前に先生がにたりと笑う。


「歌劇団の付属学校など諦めてしまいなさい」

「え?」

「何を言っているんですか?」

「あんな狭き門の学校、入れるわけがない。二人の成績なら区内で一番の高校に進学することができますよ」


 この中学の進学率を伸ばせると暗に先生が言っているのが分かる。

 それと同時に黒い影が無数の口を開く。

 黒い影に口が大量に発生して、その光景だけで私は背筋が凍り付く。


『若くて何でもできると思っているなんて妬ましい』

『自分だって若ければ挑戦できたのに』

『夢があるなんて許せない』

『夢を徹底的に潰してやらなければ』


 この黒い影は先生の妬みに憑りついているようだ。

 先生は私や千草ちゃんの夢や希望を妬ましく思っている。

 笑顔でそれを隠して私の手首を掴む先生が、私には怖くて堪らない。


「放して!」


 私が言うと、私の子犬さんが『ぐるるるるる!』と鳴いて黒い影を威嚇して、千草ちゃんの鶏さんも羽を広げて黒い影を威嚇していた。

 威嚇された黒い影はかさこそと先生の後ろ側に回っている。

 とりあえずは逃げられたが、これからが大変そうだと私は思っていた。


 千草ちゃんから嬉しい知らせがあったのは、新学期が始まってすぐのことだった。香織ちゃんも呼んで、千草ちゃんは報告してくれた。


「ママのお腹に赤ちゃんがいるのよ。男の子か女の子か分からないけど」

「妹も可愛いわよ」

「弟も可愛いよ」


 香織ちゃんと私が口々に言うと、千草ちゃんは頬を染めて笑っている。


「どっちでもいいのよ。無事に健康に生まれて来てくれたら」


 千草ちゃんを産むときに千草ちゃんのママはかなり体調を崩したようだった。産んだ後も体調を崩していたのに、夫の不倫が分かって精神までずたずたにされた。

 今回はそんなことがないように私は願っていた。


 千草ちゃんのママの妊娠も、クラスの先生の知るところとなった。

 千草ちゃんのママが「これからご迷惑をおかけします」と挨拶をしたのだ。

 そのときには立ち会っていないが、私は嫌な予感がしていた。


 家に帰ると私はタロットクロスを広げてタロットカードを混ぜる。

 スリーカードというスプレッドで担任の先生のことを占うつもりだった。


 一枚目のカードはペンタクルの九の逆位置。

 意味は、達成だが、逆位置だと嘘や偽りで成功を掴み取ろうとする暗示がある。


『あの先生は、努力せずに自分は本気になればできるという幻想を捨てられず、本気を出さないまま、嘘と偽りでここまで生きてきた』


 子犬さんの言葉に私は眉根を寄せる。


 二枚目はソードの八の逆位置。

 意味は、忍耐だが、逆位置だと孤立無援の状態から抜け出せず、それが周囲のせいだと被害者意識が高まっている状態を示す。


『教員にも研修や勉強会など努力しなければいけない場所がある。そこに行かずに済ませている彼女は、今孤立している。それを周囲のせいだと思って妬んでいるね』


 子犬さんの言うには先生は自分がやっていないことを棚に上げて周囲のせいだと思い込んで世界を憎んでいる状態のようだ。


 三枚目のカードを捲る。

 ソードのナイトの正位置だ。

 意味は、果敢。

 自分の思うことに突き進もうという暗示だ。


『あの先生は危険かもしれない。暁ちゃん、千草ちゃんのママを守ってあげた方がいいかもしれない』


 あの先生は千草ちゃんのママに妬みをぶつけて来る!?

 子犬さんの言葉に私は警戒心を強くしていた。


 千草ちゃんのママは妊娠初期なのでまだ私と千草ちゃんを車で塾や歌とダンスの教室やピアノの教室に送ってくれる。

 危ないからそろそろ替わると私のママが言っているのだが、旭くんもまだ小さいので千草ちゃんのママは気を遣ってくれているようだ。


 私たちの授業が終わるまで廊下で待っていた千草ちゃんのママは、同じく廊下で待っていた香織ちゃんのママと話していた。


「これからは三人、私が連れて行きますよ」

「いいんですか?」

「香織は暁ちゃんと千草ちゃんと友達になれてすごく喜んでいるんです。一緒に行けたら、もっと喜びます」


 旭くんは小さいし、千草ちゃんのママは妊娠しているし、私と千草ちゃんの送り迎えの問題がどうなるかと思っていたら、香織ちゃんのママが申し出てくれている。


「それなら、次回からお願いしようかしら。月穂ちゃんにも言わなくちゃ」

「任せてください」


 千草ちゃんのママと香織ちゃんのママの間で話は纏まりそうだった。

 千草ちゃんと私と歩いている千草ちゃんのママに、後ろから担任の先生が近付いている。


『いい年なのに再婚なんてして』

『その年で妊娠なんて恥ずかしくないのか』

『その年でも求められるなんて妬ましい』


 黒い影が千草ちゃんのママを襲おうとしている。

 行く先は階段で、ここで襲われたら千草ちゃんのママが階段から落ちてしまう。


「子犬さん、鶏さん!」


 私が声をかけると、子犬さんと鶏さんが黒い影を威嚇する。

 千草ちゃんのママに纏わりつきそうだった黒い影は、子犬さんと鶏さんに威嚇されて担任の先生の後ろに逃げて行った。


「狛野さん、娘さんの受験についてですが……」

「私は娘の意志を尊重します」

「後悔なさるかもしれませんよ。歌劇団付属の学校は狭き門。入学できるとは限りません。そうなったら娘さんの将来はどうなるのでしょうね」

「私は娘を信じています。例え浪人することになっても、娘が挑み続けたいと願う限り、私は応援します」


 はっきりと言った千草ちゃんのママに、担任の先生の貼り付いたような笑みにぴしりとひびが入った気がした。

 それ以上相手にすることなく、千草ちゃんのママは私と千草ちゃんを乗せて車で塾に向かった。


 塾から帰ると千草ちゃんのママは私を送るついでに私の家に寄って行った。


「香織ちゃんのママが暁ちゃんと千草ちゃんの送り迎えをしてくれるって言ってくださったのよ」

「本当に? 旭くんもまだ小さいし、どうしようか悩んでいたの」

「沙織ちゃんも一緒だから大変だと思うけど、お願いしちゃっていいかしら?」

「夫の育児休暇もそろそろ終わりだからご厚意に甘えましょう」


 私のママと千草ちゃんのママの話し合いで、私と千草ちゃんは香織ちゃんのママの車で、香織ちゃんと沙織ちゃんと一緒に塾や歌とダンスの教室やピアノの教室に連れて行ってもらうことになった。

 千草ちゃんのママは香織ちゃんのママにお願いの電話を入れていた。


「沙織ちゃんも一緒か」

「沙織ちゃん、可愛いよね」

「ちょっと嬉しいかも」


 本当に弟でも妹でもよかったけれど、旭くんが生まれてみると可愛くて、弟だけでなく妹もいたらもっと可愛かったのではないかと欲張りな気分になってしまう。

 沙織ちゃんはきっと妹のように可愛いだろう。

 年は一歳になったばかりだと言っていた。

 旭くんもあんな風に大きくなっていくのだろうか。


 沙織ちゃんのことを考えていると、千草ちゃんのママが声を潜めて私のママに話していた。


「今年の担任の先生は、歌劇団の付属学校に千草ちゃんが進むことに協力的じゃなさそうなのよね」

「成績のいい子は区内の一番いい高校に入学させた方が、中学校全体の進学率が上がるって考えてるタイプなのかもしれないわ」

「歌劇団の付属学校に入学できなかったらどうなるかとか言って来るのよ」

「私は暁ちゃんが諦めない限り、浪人させてでも入学を目指すわ」

「私もそう言ってやったのよ。千草ちゃんが諦めない限りは応援するって」


 千草ちゃんのママと私のママは手を取り合っている。


「月穂ちゃん、暁ちゃんと千草ちゃんを応援しましょうね」

「もちろんよ、千枝ちゃん。ずっと応援し続けるわ」


 担任の先生は不穏だけれど、私には味方がいる。

 それは本当に心強いことだった。


 それにしても、どうして担任の先生の黒い影は子犬さんと鶏さんで祓ってしまえないのだろう。


 何か意味がありそうな気がして、私は気になっていた。

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