8.サイリウムを振る旭くんと光輝くんと沙織ちゃん
千草ちゃんと香織ちゃんに説明しなければいけない。
私は一度リビングを離れて自分の部屋に行くことにした。
「ママ、私、千草ちゃんと香織ちゃんとお話があるから自分の部屋に行くわ」
「分かったわ。旭くんたちとは私が遊んでるわ」
ママは旭くんと私が楽しく遊んでいるときには放っておいてくれるけれど、私が代わって欲しいとお願いすると断ることはない。
子育ては私にも関わって欲しいことではあるが、子どもがすることではなく大人がすることだという線引きがパパとママの中ではあるのだ。
部屋に行くと、私は先ほど起こったことを千草ちゃんと香織ちゃんに伝える。
「小さな黒い影が集まってきて、大きな影になったの。それが近付くと、旭くんも千歳くんも沙織ちゃんも光輝くんも泣いてしまったのよ」
「急に泣いたからおかしいと思ったわ」
「そんなことが起きていたのね」
千草ちゃんも香織ちゃんも興味津々で話を聞いてくれる。
「歌を歌えば守護獣さんたちを助けられるって分かっていたから、私は歌ったの。そしたら、千草ちゃんと香織ちゃんも歌ってくれた」
「異様な雰囲気になってたから、暁ちゃんの言う歌うときは今かと思ったのよ」
「沙織ちゃんも泣いていたし、おかしいと思っていたからね」
千草ちゃんと香織ちゃんにはきちんと私の気持ちが伝わっていた。
「歌ったら、旭くんのセントバーナードさんも、千歳くんの駝鳥さんも、沙織ちゃんのフレミッシュジャイアントさんも、光輝くんのメインクーンさんも、一回り大きくなったんだ。まだ大人じゃないけど、赤ちゃんではなくなった感じで」
旭くんのセントバーナードさんは体が大きくなって、千歳くんの駝鳥さんは羽が生え揃って、沙織ちゃんのフレミッシュジャイアントさんは体が一回り大きくなって、光輝くんのメインクーンさんも大きくなった。
成犬、成鳥、成兎、成猫ではない感じだが、今までの赤ん坊っぽいフォルムからは全部の守護獣が脱した。
説明をすると、千草ちゃんも香織ちゃんも熱心に聞いてくれる。
「これで千歳くんは安心なのね」
「沙織ちゃんも守られるのね」
「守護獣さんたちが大きな黒い影でも祓えるようになっていたよ」
「よかった。千歳くん」
「沙織ちゃんがもう急に泣き出すことはないのね」
千草ちゃんも香織ちゃんも安心しているようだ。特に香織ちゃんは深く安堵していた。
「沙織ちゃん、最近イヤイヤが激しくて、『靴を履かない』って投げ出したり、『お片付けしない』ってひっくり返って泣いたりして大変なのよ」
そういう時期なのだろうか、沙織ちゃんはイヤイヤが激しいようだ。
「旭くんもそうなるのかしら」
「三歳ごろは『魔の三歳』って言われてるらしいから、覚悟した方がいいわよ」
香織ちゃんに言われて私は怖くなってしまった。
可愛くて無邪気な旭くんが、イヤイヤになってしまったら、私はどうすればいいのだろう。
姉として甘やかしてあげたい気持ちはたくさんなのだが、イヤイヤ期に入ってしまったら、私はどう対応すればいいのか分からなくなる。
考えていると千草ちゃんがしみじみと呟く。
「来年の今頃は、歌劇団の付属学校に受かっていたら、私たちは寮にいるのよね」
その言葉に私は気付いてしまった。
「毎日の旭くんの成長を見守るのが楽しみなのに、それができないってこと」
「私も千歳くんの成長を見守るのが楽しみよ。でも、寮に入ったらそれはできないわ」
「そんな!」
分かり切っていたことだが、私は歌劇団の付属学校に入学すれば寮に入る。量から帰れるのは夏休みや冬休みや春休みなどの長期休みくらいだろう。
それ以外の時間は寮に入って、歌劇団の一員となるためのお稽古に切磋琢磨する。
歌劇団のトップスターになりたいという夢は諦めるつもりはなかったが、旭くんの成長が見られないとなると切なくなってくる。
「旭くん、私のこと忘れちゃわないかしら」
「ママに千歳くんに頻繁に私の写真を見せてってお願いしないと!」
「沙織ちゃんにも私の写真や動画を見せておいてとお願いしよう」
私だけではなく、千草ちゃんと香織ちゃんも不安になったようだった。
これから先何があっても旭くんには忘れられたくない。
私はタロットクロスを出してタロットカードを混ぜ始めた。
スリーカードという簡単なスプレッドで見ていくことにする。
一枚目のカードはカップのエースの正位置。
意味は、愛する力。
愛と希望に満ち溢れていることを示している。
『暁ちゃんは旭くんが大好きだし、旭くんも暁ちゃんのことが大好きだね。千草ちゃんと千歳くんも同じ、香織ちゃんと沙織ちゃんも同じ。愛情をもって接することで、互いに信頼関係を築いて、愛を育んで来たよね』
それが過去の出来事。
二枚目の現在のカードを捲ると、ペンタクルの六の正位置が出る。
意味は、関係性。
善意を差し出すひとと、受け取るひとという意味がある。
『暁ちゃんの愛情を受けて旭くんは成長している。千草ちゃんと千歳くん、香織ちゃんと沙織ちゃんも同じだね。この関係は簡単に崩れるものじゃないよ』
子犬さんの言葉を聞きながら、三枚目のカードを捲る。
三枚目のカードは世界の正位置だった。
意味は、完成なのだが、スタンダードなタロットカードでは両性具有の完璧なる存在が両手にろうそくのようなものを持っている。
それが私にはペンライトに思えてしまったのだ。
『離れている間に旭くんや千歳くんや沙織ちゃんとの関係性は変わるかもしれない。でも、旭くんも千歳くんも沙織ちゃんも、それぞれの形で暁ちゃんと千草ちゃんと香織ちゃんを応援してくれるよ』
ペンライトを持って?
子犬さんにそこのところを詳しく聞きたかったが、私のタロットカードでは無理そうだった。
「暁ちゃん、寮にタロットカードは持って行くのよね?」
「もちろんそのつもりよ。タロットカードとタロットクロスくらいは許されると思ってるわ」
問題は同室になったひとに変に思われないかなのだが、タロットカードで占いをするくらいなら大丈夫かもしれない。
守護獣や黒い影の話をしないようにすればいいのだ。
普段から世界がうるさすぎるので、私は近しいひとの守護獣以外が見えないように気を付けている。見えないようにしていれば、相手の隠している感情を見てしまうこともない。
にこにこと笑いながら話しかけてくるひとが、実は激怒していたなんてことも、守護獣を見ていればすぐに分かってしまう。
守護獣が怒りの表情をして、毛を逆立てていたり、威嚇していたりするからだ。
それを言い当ててしまうと気持ち悪がられる。
「歌劇団の付属学校に入れても、守護獣と黒い影のことは千草ちゃんと香織ちゃんにしか言わない」
「私たちが聞くわ」
「いつでも話してね」
心に誓う私に、千草ちゃんも香織ちゃんも寛容に微笑んでいた。
リビングに戻ると、旭くんが両手にペンライトを持っている。
あれはサイリウムという観劇するときに振るものではないだろうか。
「ねぇね、すち!」
「さおたんも、ねぇね、すちよ!」
「こーたんのねぇね?」
「あーたんのねぇね、こーたんのねぇね!」
サイリウムを振りながらお尻を振って旭くんと光輝くんと沙織ちゃんが踊っている。
「沙織ちゃんがどうしても歌とダンスの教室の発表会の録画を見たいって言いだしたのよ」
泣かれたから私のママは沙織ちゃんのために歌とダンスの教室の発表会の録画をテレビで流し始めた。そのときに、光輝くんのママがバッグからサイリウムを取り出したのだ。
「これ、買ってみたんだけど、使うところが分からないんですよね。みんなのおもちゃにしちゃってもいいかな。光って楽しそうだし」
光輝くんのママはまだ歌劇団のライブビューイングを一回見ただけで、完全にはまっているわけではない。それなのにサイリウムを買っているということは、ライブビューイングが余程気に入ったのだろう。
「チケットがあんなに取れないなんて思いませんでした」
「光輝くんのママもチケット戦線に参戦したのね」
私のママが笑って話を聞いている。
テレビの中では私と千草ちゃんと香織ちゃんが歌って踊っている。
サイリウムを振って、踊りながら歌とダンスの教室の発表会の録画を見る沙織ちゃんと旭くんと光輝くん。千歳くんは座ったままサイリウムを舐めていた。
私と千草ちゃんと香織ちゃんはその姿をこっそりと動画で記録しておいた。
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