7.守護獣さんのステップアップ

 眠っているときに、耳元で子犬さんが『きゃんきゃん』と鳴いていた気がした。

 目が覚めると、まだ起きるには早い時間だったけれど、私は気になってリビングに出てみた。

 子犬さんも私の足元について来て、リビングに出る。


 リビングではパパに抱っこされた旭くんが火がついたように泣いていた。

 旭くんの周囲には黒い影が広がっている。

 こんなに大きな黒い影を見るのは久しぶりだ。


「暁ちゃん、起こしちゃった? 旭くんが寝起きが悪かったみたいで泣いてるんだ」


 お腹が空いているのかと食べ物を見せてもダメ、オムツは濡れていないし、パパは旭くんが泣き止まないのを心配していた。


「どこか悪いのかな。熱はないようなんだけど」


 困っているパパの横からパパのパンダさんが旭くんを守るように包み込んでいる。セントバーナードさんは黒い影に飛びかかっているし、ママのパピヨンさんも黒い影を祓おうとしている。


「パパ、私に抱っこさせて」


 私はお願いして旭くんを抱っこした。

 ひっくひっくと泣いている旭くんに、歌を歌って聞かせる。

 その間に、子犬さんが姿を変えつつあった。


 子犬さんは私の膝の上に乗るようなサイズではなくなって、巨大な狼のような姿になっている。

 大きくなった子犬さんが突撃していくと、黒い影は散り散りになって逃げて行った。

 完全に消えたわけではないので、またどこかに出現しそうだが、とりあえずは旭くんは守られた。


 黒い影がいなくなると旭くんは泣き止んでパパに手を伸ばしている。


「パパ、らっこ!」

「暁ちゃんの歌を聞いて落ち着いたかな? 何か食べる?」

「たべう!」


 パパは旭くんを降ろして、キッチンで手早く朝ご飯を作っていた。

 おにぎりと卵焼きとお味噌汁と焼き魚の朝ご飯。

 旭くんはおにぎりと卵焼きを両手に持って、もしゃもしゃと食べている。

 もうすっかり元気になったようで、泣いていたのを忘れてしまったような食べっぷりだった。


 私も旭くんと一緒にパパの作った朝ご飯を食べる。

 ママもリビングに出てきて旭くんの様子を見ていた。


「この時間だったらどこの病院に連れて行けるか調べていたのよ。機嫌が悪かっただけなのね」

「病気ではなかったみたいだけど、もしかすると体調が崩れるかもしれないから、今日は注意してて」

「分かったわ」


 ママは別の部屋で旭くんを連れて行ける病院を調べていたのだ。

 パパとママはこういうときに分担がきちんとできていて尊敬する。


 パパは朝ご飯を食べると仕事に出かけて行ったが、私には少し時間があった。

 部屋に戻ってタロットクロスを机の上に広げて、タロットカードをよく混ぜる。

 タロットカードを三枚並べるスリーカードというスプレッドで、原因、現状、アドバイスで見てみることにした。


 一枚目のカードはソードの五の逆位置だ。

 意味は、混乱。

 大事なものを奪われるという意味もある。


『旭くんは見えて触れる、力の強い子だ。その分黒い影に狙われやすくなっている。暁ちゃんが大事な旭くんを奪われないように注意しなければいけない』


 子犬さんの注意喚起に私はぞっとする。

 旭くんを失うなんて冗談じゃない。旭くんは私の大事な可愛い弟だ。


 二枚目のカードを捲ると、ワンドの七の逆位置。

 意味は、奮闘。

 逆位置になると不利な状況で苦戦を強いられるという意味になる。


『いつでも旭くんのそばに僕がいられるわけじゃないし、セントバーナードだけでは苦戦を強いられるだろうね』


 セントバーナードさんはまだ子犬なのだ。私の子犬さんのように強くない。セントバーナードさんだけでは苦戦を強いられるのならば、私はどうすればいいのだろう。


 三枚目のカードを捲ると、ペンタクルのエースの正位置だった。

 意味は、実力。

 これまでの努力で得た力を示すカードでもある。


『セントバーナードに実力をつけてもらわないといけない。そのために、暁ちゃんが一肌脱がないといけないね』


 子犬さんの言葉に私は驚く。


「私ができることがあるの!?」


 問いかけながらカードに触れていると、ペンタクルのエースからまだ続きの言葉が聞こえてくる。


『暁ちゃんが努力して得たもの。それをセントバーナードや駝鳥やフレミッシュジャイアントに分けてあげなければいけない。それは千草ちゃんと香織ちゃんの手助けもいる』


 私が努力して得たものといえば、歌やダンスなのだが、それをセントバーナードさんや駝鳥さんやフレミッシュジャイアントさんに見せればいいのだろうか。

 子どもは狙われやすいようだが、私はセントバーナードさんと駝鳥さんとフレミッシュジャイアントさんをステップアップさせなければいけないようだ。


 考えながらタロットカードを引くと、子犬さんは魔術師の正位置で『その通りだよ』と言って来る。


「もしかすると光輝くんも狙われるかもしれない。メインクーンさんもだわ」


 小さな旭くんと千歳くんと沙織ちゃんと光輝くんを守るために、私と千草ちゃんと香織ちゃんは歌わなければいけないようだ。

 歌でいいのかとタロットカードを引くと、ペンタクルのクィーンの正位置で『それでいいよ』と答えが返ってくる。


 私は中学校に行って千草ちゃんと香織ちゃんに相談していた。


「旭くんがすごく大きな黒い影に襲われて、今朝、大泣きしてたの」

「最近、千歳くんもお腹も空いてない、オムツも濡れてないのに泣くことがあるわ」

「沙織ちゃんも。癇癪かと思ってた」


 千歳くんや沙織ちゃんにも心当たりがあったようだ。


「きっとそういうときには黒い影が近付いていて、鶏さんと駝鳥さん、兎さんとフレミッシュジャイアントさんが頑張ってるのだと思うのよ」


 泣き止んだときには祓えたのだろうが、それに時間がかかると千歳くんや沙織ちゃんも消耗してしまう。

 やはりこれは解決しなければいけない事項だった。


「子犬さんは、セントバーナードさんと駝鳥さんとフレミッシュジャイアントさんとメインクーンさんに、歌を聞かせなさいっていうのよ。メインクーンさんは、旭くんの親友の光輝くんって男の子の守護獣さんね」


 私が説明すると、千草ちゃんも香織ちゃんもやる気になる。


「私たちの歌でいいの?」

「私が歌えばいいなら、どれだけでも歌うわ」


 千草ちゃんも香織ちゃんも、千歳くんと沙織ちゃんが可愛くて堪らないのだ。


 中学校から帰るとママにお願いして、千草ちゃんと千歳くん、香織ちゃんと沙織ちゃん、光輝くんを家に呼んでくれるように言った。


「受験勉強でみんなと全然遊べてないから、千草ちゃんも香織ちゃんも、しっかり遊んであげたいって言ってたのよ」

「そうね。一日くらい息抜きをする日があってもいいかもしれないわ」

「ママ、お願い」


 私のお願いを聞いてくれて、ママは千草ちゃんのママと、香織ちゃんのママと、光輝くんのママに連絡してくれた。


「宿題もちゃんとするのよ。譜面読みの練習もね」

「ちゃんとするわ。ありがとう、ママ」


 お礼を言ってから、ママに聞いてみる。


「旭くんはあの後泣かなかった?」

「泣き過ぎたみたいで疲れて午前中は寝てたわ。午後はご機嫌だったけど」

「それならよかった」


 あの後旭くんを狙う黒い影はこなかったようだ。


 次の日曜日に千草ちゃんが千歳くんを連れてきて、香織ちゃんが沙織ちゃんを連れてきて、光輝くんはママと一緒に来て、旭くんと四人で遊んでいた。

 千歳くんははいはいができるようになって、旭くんと光輝くんと沙織ちゃんが遊んでいる場所まではいはいで近寄って、座ってじっと見ている。

 旭くんと光輝くんと沙織ちゃんはおままごとをして遊んでいた。


「じゅーじゅー」

「おいちいよ」

「まんま」


 おもちゃの調理器具を使って、旭くんと光輝くんと沙織ちゃんがお料理を作って、私と千草ちゃんと香織ちゃんに食べさせに来る。食べるふりをすると、すごく喜んでまた作りに行く。

 遊ぶ姿が楽しいのか、千歳くんはそれを見てきゃっきゃと笑っていた。


 突如、旭くんが火がついたように泣き出したのは、その数分後だった。

 旭くんと光輝くんと沙織ちゃんと千歳くんが遊んでいるのを狙ったかのように黒い影が現れたのだ。

 小さな黒い影が密集してあっという間に大きくなる。


 不穏な空気に千歳くんも光輝くんも沙織ちゃんも泣き出していた。


 私は旭くんを抱き上げて、千草ちゃんが千歳くんを抱き上げて、香織ちゃんが沙織ちゃんを抱き上げて、歌い出す。光輝くんは光輝くんのママに抱き上げられていた。

 あやすような歌は知らなかったので、世界の王を歌っていると、旭くんのセントバーナードさんと千歳くんの駝鳥さんと沙織ちゃんのフレミッシュジャイアントさんと光輝くんのメインクーンさんが光り出す。


 光った旭くんのセントバーナードさんと千歳くんの駝鳥さんと沙織ちゃんのフレミッシュジャイアントさんと光輝くんのメインクーンさんは、光が消えたときには一回り大きく成長していた。

 セントバーナードさんは体が大きくなって、駝鳥さんは羽が生え揃って、フレミッシュジャイアントさんは更に大きくなって、メインクーンさんはふさふさの毛が伸びて大きくなっている。


 大きくなった四匹が黒い影に飛びかかっていくと、黒い影が消えていく。


 泣いていた旭くんと千歳くんと沙織ちゃんと光輝くんは、泣き止んでまた遊び始めた。


「守護獣さんが大きくなった……」

「大きくなったの?」

「私たちの歌で?」


 信じられない声色で聞いてくる千草ちゃんと香織ちゃんに私は頷いていた。

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