18.春の発表会に向けて

 男性は離婚後にすぐに再婚できるらしいのだが、女性は離婚後にすぐには再婚できないと法律で定まっているらしい。

 その辺りは私にはよく分からないので、パパに聞いてみることにした。


「女性の場合は妊娠していた場合にどちらの子どもかというのが問題になってくるからね。民法七百三十三条によって、昔は再婚禁止期間が半年と定められていたけれど、今は百日になっているね」


 百日でも三か月以上ということになる。そんな期間を千草ちゃんのママは結婚できないのかと悔しくなってしまう。

 私が悔しそうな顔をしていたのだろう、パパは付け加えてくれる。


「離婚時に妊娠していないことを医師が証明した場合は、百日以内で再婚できるよ」


 千草ちゃんのママは千草ちゃんのパパとずっと別居をしていたのだから、妊娠しているはずがない。


「千草ちゃんのママにはそのことは教えてあげた?」

「教えたよ。すぐに病院に行ったみたいだね」


 そうなると千草ちゃんのママの再婚も近くなるのではないだろうか。

 パパは話を聞いているのだろうか。


「千草ちゃんのママから再婚の話は聞いている?」

「千草ちゃんが中学二年になる春休みに籍を入れると言っていたよ。結婚式はしないで、写真だけ撮るけど、ランチをするから一緒にどうぞって誘われてる」

「千草ちゃんと千草ちゃんのママとピアノの先生とランチ!」


 もうピアノの先生ではないのかもしれない。

 ピアノの先生は千草ちゃんのパパとして一緒に暮らしだすのではないだろうか。

 その件について中学校で聞くと、千草ちゃんは嬉しそうに話してくれた。


「もう一緒に暮らしているの。新しいパパはすごく優しくて、幸せよ。ピアノの練習だけはちょっと怖いけど」


 それは千草ちゃんを二歳のときから担当していたのだからピアノの練習には力が入るのは仕方がないだろう。

 これからはピアノの先生を千草ちゃんのパパと呼んで、千草ちゃんの別れたパパについては別の呼び方を考えることにしたい。


 千草ちゃんの別れたパパは血縁上では一生千草ちゃんのパパではあるのだが、妊娠中から不倫をしていたし、生まれてからもずっと別居状態だったので、千草ちゃんのパパという感覚がなかった。


「新しいパパは料理も上手なの。ずっと一人暮らしだったから、自分で作ることが多かったんですって。美味しいご飯を作ってくれるわ」


 お弁当も千草ちゃんのパパが作ってくれているのだと聞いて、千草ちゃんの嬉しそうな様子に私まで嬉しくなってしまう。

 小食な千草ちゃんだが、食べるのが嫌いなわけでは決してない。

 少しずつしか食べないけれど、美味しいものを食べるのは大好きなはずだ。


「ママのお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、『ずっと別れなさいって言ってたでしょう。今が幸せでよかった』って言ってくれて、仲直りをしたのよ」


 千草ちゃんのママは、実家から反対されて結婚をしていた。そのために実家と縁を切ったような状態だった。

 千草ちゃんの別れたパパが不倫をしたときには、「やっぱり」という反応が返ってきて、千草ちゃんのママは実家にも頼れないような状態だった。

 新しいパパと再婚をするにあたって、もう一度実家に挨拶に行ったら、今度は大賛成で、実家との縁も戻ったというのだ。


「よかったね、千草ちゃん」

「私もお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会えるようになったわ」


 にこにこしている千草ちゃんは、こっそりと教えてくれた。


「ママ、妊活してるのよ」

「にんかつ? なにそれ?」

「赤ちゃんを作るための色んな活動よ。ママももう一人欲しいって、旭くんを見て思ったみたい」


 千草ちゃんのママも妊娠したいと思って準備をしている。それならば早いうちに次の赤ちゃんができるのではないだろうか。

 私も千草ちゃんも期待でいっぱいだった。


「旭くんにはセントバーナードが来てくれたんでしょう?」

「そうだよ。旭くんも見える子みたいだから、守ってあげないといけないからね」


 私が答えると、千草ちゃんが真剣な顔になる。


「赤ちゃんが生まれたら、赤ちゃんに守護獣を呼んであげてくれない?」


 千草ちゃんは旭くんが黒い影に狙われていたのを知っている。

 赤ちゃんが死にやすいものだというのも私のお祖母ちゃんから聞いて知っている。

 それならば、できるだけ早く守護獣を呼んで、赤ちゃんを守らなければいけないと分かっているのだ。


「鶏さんが呼んでくれるかな?」


 言いながら鶏さんの方を見ると、長い尾羽をなびかせながら胸を張って堂々としている。これはやる気に満ちている状態だろう。

 タロットカードを使わなくても見ただけで分かった。


「鶏さんが呼んでくれそうな気がする」

「本当? よかった」


 鶏さんのやる気を伝えると、千草ちゃんは安心していた。


 三学期はとても忙しかった。

 春休みには歌とダンスの教室でミュージカルの発表会があるのだ。

 演目はロミオとジュリエットだが、私がロミオで、千草ちゃんがジュリエットに選ばれてしまった。

 卯崎さんはティボルト役をもらっていた。


「私なんかがティボルトができるのかな」


 自信のない卯崎さんに、先生たちは卯崎さんを鼓舞する。


「自分の殻を破るときが来たのよ。今までの基礎練習を活かしてやってみて」


 ティボルト役といえば、ロミオの友人のマキューシオと殺し合いをして、マキューシオを殺して、ロミオに殺されるというかなり過激な役ではあった。それを大人しく端っこにいるイメージの卯崎さんがやるのは、難しいかもしれない。

 卯崎さんの守護獣の兎さんもぷるぷると震えて不安がっている。


 私も千草ちゃんも大丈夫かと思っていたのだが、役に入った瞬間、卯崎さんは表情が変わった。

 卯崎さんは憑依型の役者だったようなのだ。


 女遊びもして、悪いことは一通りやって来たティボルトを見事に演じて、最後の殺される場面まで私たちを魅了した。


「負けてられないね!」

「暁ちゃん、頑張りましょう」


 私と千草ちゃんは悲劇のヒーローとヒロインとして美しく散っていくロミオとジュリエットを演じる。

 ミュージカルの練習もしながら、平日には中学校に行き、ピアノの教室にも、塾にも行く日々はとても忙しかった。


 家に帰るとたくさんおっぱいを飲んでぷくぷくになって来た旭くんが待っている。

 旭くんは私が帰ってくると、私の方を見て笑うようになっていた。


「旭くん、ねぇねが帰って来たよー」

「うー! ぶー!」

「今日もいい子にしてたかな?」


 旭くんのお腹をこちょこちょと擽ると、両手両足をきゅっと縮めてきゃっきゃと笑う。旭くんは表情も豊かになって来ていた。


「暁ちゃん、先に手を洗って!」

「あ、ごめんなさい!」


 ついつい旭くんが可愛すぎて、帰るとすぐに触れ合ってしまう。

 パパに言われて私は手を洗って、うがいもした。


 晩ご飯は鶏南蛮と、千切りキャベツを湯通しして塩昆布で和えたものと、豚汁だった。

 ご飯を山盛りにして食べ始めるとママの目が光る。


「暁ちゃん、食べ過ぎはよくないわよ」

「お腹が空くんだもん」

「体型を維持するのも自己管理の一つよ?」

「体重はそんなに増えてないよ?」


 成長期なので背が伸びた分は体重は増えるが、それ以上には増えていないと主張すると、ママが私を立たせる。

 食事中なのに立たされて目を丸くしていると、ママが私の身長を見ていた。


「暁ちゃん、背が伸びたんじゃない?」

「多分、かなり伸びてると思う」

「これは男役として有利よ」


 私の身長は中学に入って一年でかなり伸びていた。元々中学に入る時点で百六十センチ近くあったのだが、もう百六十五センチ近くになっているだろう。

 まだまだ伸びている感覚があるので、私はそれなりに背が高くなりそうだ。


「背が高いのはそれだけで武器になるからね。しっかり食べなさい」


 私の背が伸びていることを確かめると、ママは私がたっぷり食べるのを止めなくなった。私のお腹が空くのは毎日酷くなっている気がするから、食べていいと言われるのは助かる。


 私がお腹がいっぱいになると、子犬さんも天井を見上げてひっくり返って満足そうにしていた。

 やはり私の食欲と子犬さんとは関係があるようだ。

 お腹いっぱい食べて私はシャワーを浴びて部屋に入った。


 タロットカードを使いたかったが、疲れが限界で、私はベッドに入って眠ってしまった。

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