18.春休みに向けて

 春休みのウエストサイドストーリーの発表会がある。

 ウエストサイドストーリーの内容はロミオとジュリエットを元にしていて、ロミオとジュリエットの世界を千九百年代のニューヨークに変えたようなものだ。


 対立する二つの組織、ジェット団とシャーク団。

 ジェット団の創設者であるトニーと、シャーク団のリーダーであるベルナルドの妹のマリアは恋に落ちる。

 しかしマリアの兄のベルナルドに二人は引き裂かれそうになって、ベルナルドとジェット団のリーダーのリフが決闘をする。

 ベルナルドはリフを刺し殺し、ナイフを奪い取ったトニーはベルナルドを刺し殺してしまう。

 乱闘の中、警察官が来て、トニーを指名手配する。

 最終的にトニーはシャーク団のチノの銃弾に倒れる。

 マリアも後を追おうとするが、銃弾は残っていなくて、トニーをジェット団とシャーク団で葬るようにして幕は閉じる。


 歌もダンスも全く違うのだが、歌とダンスの教室ではダンスはバレエを中心に教えているので、どうしても振付がバレエに寄ってしまう。


 私は無事に主人公のトニー役を獲得して、千草ちゃんが相手のマリア役だった。

 香織ちゃんはロミオとジュリエットではティボルト役にあたるベルナルド役をもらっていた。


 練習では白熱して、冬休みも汗だくになって歌って踊っていた。

 ストーリーはロミオとジュリエットとほとんど同じなのだが、時代も場所も違うし、何より歌が全然違う。


「ロミオとジュリエットはイギリスのシェークスピアの脚本で、フランスで作り上げられたミュージカルですが、ウエストサイドストーリーは、ブロードウェイミュージカルとして千九百五十七年に初演のミュージカルです」


 歌とダンスの教室の先生は劇の経緯も教えてくれる。

 これも私たちの勉強の内なのだ。


「ポーランド系アメリカ人とプエルトリコ系アメリカ人の二つの異なる少年非行グループの抗争の犠牲となる若い男女のお話です」


 劇中で流れる時間は二日間。

 二日間の間に二人が恋に落ちて、死んでしまうまでが描かれる。


 全編を演じるのは歌とダンスの教室の小さな子たちには負担なので、前半三十分、後半三十分の一時間で演劇は構成された。

 省かれたシーンもたくさんあるが、それは仕方がない。


 私が今夜運命の相手に出会えるかもしれないという「何かが起こりそう」を歌うと、中立地帯のダンスパーティーでマリア役の千草ちゃんと出会い、一緒に踊って歌う。

 ダンス会場から出て行ったマリア役の千草ちゃんをトニー役の私は探し回り、見つけ、そこで有名な「トゥナイト」を歌う。


 練習は順調に行われていた。

 相変わらず香織ちゃんのベルナルドは迫力がある。

 プライドが高く、カリスマ性の高いベルナルドは妹がジェット団の関係者と結ばれることを許さず、ジェット団のリーダーのリフと決闘をする。

 トニーとマリアは止めに行こうとするが、乱闘になってベルナルドがリフを刺し、トニーがベルナルドを刺すシーン。


 息をのむような演技が自分でもできたと思った。

 それは香織ちゃんの演技に引っ張られてのことだった。


 毎日の香織ちゃんのママの送り迎えの車内では、ウエストサイドストーリーの歌が響いていた。

 沙織ちゃんが歌って欲しいというのだ。


「ねぇね、おうた、ちて」

「暁ちゃんも千草ちゃんもいるよ?」

「あーたん、ちーたん、ちて?」


 可愛くおねだりされると歌うしかない。

 私と千草ちゃんの合唱が車の中に響き渡り、香織ちゃんの声もそれに重なる。


「香織ちゃん、歌が上手くなったんじゃない?」

「そうかな? まだまだ暁ちゃんにはかなわないけど」

「香織ちゃんもすごく上手だよ」


 この二年近くで香織ちゃんはめきめきと才能を発揮していた。

 私もそれに負けるわけにはいかない。


 家で練習していると、旭くんがお尻を振り振り踊ってくれる。

 可愛い旭くんの様子に癒されながら、私はしっかりと練習ができた。


 塾でも三年生に向けての勉強が始まっていた。

 ペーパーテストは満点を取れて当たり前で、それ以外の歌やダンスやアピール力で受験は判断される。

 勉強にも気を抜くわけにはいかなかった。


 私と千草ちゃんと香織ちゃん、三人揃って歌劇団の付属学校に入学したい。

 そのためには私も頑張るしかなかった。


 疲れて帰って来て、旭くんに「ねぇね、ねぇね」と遊びに誘われるのだが、私は晩ご飯を食べるとすぐに寝てしまって、朝に起きて大急ぎで宿題を片付けるような生活が続いていた。


 春が近くなって、旭くんは光輝くんのママと待ち合わせをして、公園に遊びに行く。冬場でも洟を垂らしながら公園で遊んでいたが、最近は少し暖かくなってきた。


「こーたん」

「あーたん」


 お互いに名前を呼び合って抱き締め合う旭くんと光輝くんは可愛い。

 ママは光輝くんのママと一緒に、公園に行くついでに私をマンションのエントランスまで送ってくれた。

 マンションのエントランスでは千草ちゃんが待っている。


「暁ちゃん、宿題の最後の文章問題、できた?」

「一応、できたよ」

「学校に行ったら答え合わせしない?」

「いいよ」


 塾の宿題の一番難しい数学の問題は私も苦戦したが、千草ちゃんも自信がなかったようだ。

 中学校に行って千草ちゃんとプリントを広げて答え合わせをしていると、香織ちゃんも近寄ってくる。


「最後の文章問題?」

「香織ちゃん、できた?」

「私、自信ない」


 私と千草ちゃんの答えは同じだったが香織ちゃんの答えは違う。

 どこが違うのか見てみると、使っている公式が違っていた。


「香織ちゃん、この問題はこっちの公式を使わなきゃ」

「あ、そうか! やり直してくる」


 やり直してもう一度解き直した香織ちゃんは、終わってから私と千草ちゃんに嬉しい報告をしてくれた。


「チケットが取れたのよ。沙織ちゃんがいるからママは行けないから、千草ちゃんと暁ちゃんと、私と、誰か保護者に一人ついて来てもらいなさいって」


 歌劇団のチケットはとてつもなく倍率が高い。

 売り出しの時間にチケットサイトを開いても繋がらず、そのまま売り切れるなんてこともよくある。

 それが四枚もチケットを確保できたのだから、ものすごく素晴らしいことだ。


「私たちが行っていいの?」

「香織ちゃんのママが取ってくれたんじゃないの?」

「私たちに本場の空気を吸って来なさいって、ママが言ってくれたのよ」


 香織ちゃんのママは私と千草ちゃんと香織ちゃんが歌劇団に行くことを望んでくれた。

 歌劇団のファンで、大好きな役者さんの出る舞台だったので私は行きたいと思っていたが、チケットが取れるはずがないと諦めていた。

 それが行けるようになる。


「千草ちゃんのお誕生日お祝いでもあるのよ」

「私の? 嬉しい。香織ちゃんのママにお礼を言わなくちゃ」


 千草ちゃんのお誕生日近くにある公演は千草ちゃんのお誕生日お祝いでもあったようだ。

 演目は、宮本武蔵伝。

 時代物で私の大好きな役者さんはどんな演技を見せるのだろう。

 私は楽しみでならなかった。


 家に帰ってからママにチケットのことを伝えると、ママも香織ちゃんのママから連絡を受けていた。


「千草ちゃんのママと話し合ってみたわ。千歳くんがまだ小さいから、旭くんをパパに預けて私が保護者としてついていくことに決まったのよ」

「ママが来てくれるなら安心だわ」

「私も歌劇団の舞台を久しぶりに見られて嬉しいわ」


 ママも歌劇団の大ファンだから、チケットがもらえて見に行けるのは嬉しいだろう。


「沙織ちゃんを預かって、香織ちゃんのママに行ってもらうこともできたんだけど、私か千枝ちゃんにってせっかく言ってくれたから、お受けすることにしたのよ」


 ママと歌劇団の公演が見られる。


「DVDかBlu-ray買って帰ろうね」


 そうしたら、家でみんなで上映会ができる。

 私の提案にママも賛成してくれた。

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