8.クラスでの揉め事
千草ちゃんに会いに一組に行くと、コンビニで声をかけてきた男の子がいることに気付いた。
千草ちゃんに声をかけようとしているが、千草ちゃんは全くそちらに目を向けないで、塾の宿題をやっている。
そのせいか周囲の女の子たちの態度も変わってきている気がした。
「狛野さんってお高くとまってるわよね」
「歌劇団のトップスターになる女は違うんじゃない」
「私たちとは違うのね」
いけない。
千草ちゃんがクラスで爪弾きにされそうになっている。
歩み寄って私は千草ちゃんに声をかける。
「千草ちゃん、おにぎりはいつ受け取ってるの?」
「ママが車の中でくれるの。いつも食べないから、帰ったら返してる」
私だったらおにぎりをもらったら喜んで食べるのだが、千草ちゃんはおにぎりを食べないでコンビニでミニドーナッツやちょっとしたお菓子を買っていた。
「お菓子を食べないでおにぎりを食べたら?」
「おにぎりって、ちょっと重たいんだもの。いらないってママに言うけど、ママは心配して持たせてくれるのよ」
話をしていると、周囲の女子が聞こえよがしに言ってきた。
「狛野さんのお父さんって、不倫したんでしょ?」
「今は離婚寸前だって」
「お父さんがいないのに歌劇団のトップスターになれるのかしら」
その件に関してだけは、私は厭味ったらしく言う女子を許せなかった。飛びかかっていくと、逃げようとする女子を捕まえて、襟首を掴み上げる。
「今、なんて言った?」
「な、なにも」
「何も言ってなくないだろ! 千草ちゃんのお父さんのことについて言っただろ!」
ものすごい剣幕の私に、千草ちゃんが戸惑って止めようとしている。それでも私は全く止まる気はなかった。
「このクラスにも、他のクラスにも家庭の事情でご両親が離婚されてる子どもがいるだろ! そういう子たちにも全員に言って回るのか?」
「ご、ごめんなさい……」
「ひとの家庭の事情も知らずに勝手なこと言って、千草ちゃんを傷付けて、許さないぞ!」
「許して! ごめんなさい!」
泣き出してしまった女子に、誰かが先生を呼んでくる。
私は女子から引き離されて、千草ちゃんと一緒に職員室に連れて行かれていた。
職員室のソファに座って、先生が話を聞く。
「高羽さんはどうしてあんなことをしたんですか?」
「あの子たちが千草ちゃんの悪口を言っていたんです。ずっと聞こえるように。それで、千草ちゃんを傷付けたんです」
「私は平気よ、暁ちゃん。父が不倫をしていたことを言ったから、暁ちゃんは掴みかかって行ったんです」
説明すると、先生は他の先生とも話し合っていた。
他の先生はクラスにいた生徒や、私が胸倉を掴み上げた女子からも話を聞いたようだ。
「あの子は否定していますが、クラスの子は高羽さんと狛野さんの言うことと同じことを言っていますね」
「許せなかったんです」
「気持ちは分かりますが、そういうときには直接相手を攻撃せずに、先生のところに話しに来てください」
「はい。すみませんでした」
不承不承私が謝ると、先生は「このことは保護者の方にも伝えますので」と言って私たちを開放した。
クラスに戻ると、私は遠巻きにされていた。一組では千草ちゃんも遠巻きにされているのかもしれない。
クラスのひとたちに嫌われても、近寄られなくなっても、私はそれほど気にならなかった。私には千草ちゃんがいるのだから。
車で迎えに来たママは先生に呼ばれて話をしていた。
何度も謝っていたようだが、私を車に乗せるときには、ガッツポーズをしてみせる。
「暁ちゃん、よくやったわ。暴力はよくないけど、千草ちゃんのこと、守ってあげたのね」
「千草ちゃんは守られなくても平気だったかもしれないけど」
「そんなことないわよ。平気に見えても傷付いてることっていっぱいあるから。暁ちゃんのしたことは勇気のあることだわ」
相手を殴らなかったことも、ママは評価してくれた。
理解のあるママでよかったと思わずにはいられない。
これでクラスで孤立しても、私は全然気にならなかった。
歌とダンスの教室の休憩時間、千草ちゃんがおにぎりを差し出して来た。
千草ちゃんのは一口サイズで、私に渡したのは普通のサイズだった。
「おにぎり、暁ちゃんが食べたって話をしたら、ママが作ってくれたの。私のは正直に食べきれないって言ったら、小さくしてくれた」
「これ、私の分?」
「暁ちゃん、今日、私のこと守ってくれたでしょ? ありがとう」
改めてお礼を言われて、私はおにぎりのアルミホイルを剥がしながら照れてしまう。
「パパの不倫のこと、気にしてないふりをしてるけど、やっぱり、すごく嫌。他人に踏み込まれるのは、土足で荒らされるみたいでものすごく嫌だった。暁ちゃんが言ってくれてすっきりしたわ」
「よかった。余計なお世話化と思ってた」
「私だったら、無視して終わりだったもん」
無視して終わりにしても、千草ちゃんの心の中には何か納得のできないものが残っていただろう。それを言われると、私はあのとき感情のままに動いてよかったと思わずにいられない。
私は普通サイズのおにぎりを、千草ちゃんは一口サイズのおにぎりを食べて、水筒からお茶を飲む。
休憩が終わると、またお稽古が始まる。
歌とダンスの教室が終わって、ママが迎えに来て、私は千草ちゃんに手を振った。
「また明日」
「また明日ね。今日はありがとう」
「ううん」
私は私のママの車に乗って、千草ちゃんは千草ちゃんのママの車に乗る。
ママは運転中何か真剣な表情をしていた。
晩ご飯を食べて、シャワーを浴びて自分の部屋に入ると、私はタロットクロスを広げる。
タロットカードを丁寧に混ぜて、スリーカードというスプレッドで占ってみることにした。
スリーカードは過去、現在、未来を見ることが多いが、原因、現状、アドバイスでも見ることができる。
一枚目の原因のカードを捲ると、ペンタクルのクィーンの正位置が出た。
意味は、寛容。
原因として見てみると、周囲の妬みという意味もある。
『今日は周囲の妬みのせいで酷い目に遭ったね。千草ちゃんを守って偉かったよ。彼女らは暁ちゃんと千草ちゃんの成績がいいのも妬んでいるようだね』
子犬さんの声が聞こえる。
私と千草ちゃんは歌劇団の付属の学校に入学できるように、成績は上位五番以内を目指している。今のところ、入学のときの実力テストでもそれは達成できていたし、千草ちゃんに至っては学年一位だった。
成績を貼り出すわけではないが、そういう噂はどこでも広がりやすいのだ。
現状のカードを捲ると、ワンドのキングの逆位置が出た。
意味は、豪胆。
逆位置だと、何が何でもやり遂げようとする熱意が批判を浴びることもあるという意味がある。
『今日の対処については、僕は正しいと思ったけど、他の子は怖がっているみたいだね。それでも、離婚家庭全てを庇った暁ちゃんの行動は、いつかは評価されるよ』
子犬さんの言葉に、私は頷く。
私は間違ったことをしていないし、ママも千草ちゃんもそれを認めてくれている。今は批判されていても、いつかは理解されるだろう。
最後のアドバイスのカードを捲ると、ワンドの八の正位置だった。
意味は、急展開。
目まぐるしい速度で事態が展開していくことを示す。
基本的にそれでいい方向に行く暗示だった。
『これから驚くようなことがあるかもしれないし、それで苦労するかもしれないけど、それは絶対にいい方向に向かうから。一時期は大変かもしれないけど、暁ちゃんなら頑張れる』
何のことか分からないけれど、子犬さんからは応援されている。
私はもうちょっと深く知りたくてタロットカードを捲ろうとしたが、子犬さんが膝の上から身を乗り出して私の手に手を重ねた。
止められたと分かったので、これ以上は見ないことにする。
タロットカードは使った後は順番に並べ替えて片付けなければいけない。それが浄化になるのだ。
タロットカードを浄化して片付けて、私はベッドに入った。
これから何が起きるのだろう。
絶対にいい方向に向かうから。
子犬さんの言葉が気にかかるが、いい方向に向かうのならばそれでいい気もしてくる。
明日こそは寝坊せずに一人で起きられるように。
布団を被って私は目を閉じた。
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