6.千草ちゃんとの夜
千草ちゃんと約束していたので、私は千草ちゃんを占うことにした。
ホースシューというV字に七枚カードを置いていくスプレッドで占うことにする。
千草ちゃんの黒い瞳が期待に輝く。
一枚目のカードは過去。
カップの四の逆位置だ。
意味は、倦怠。
逆位置になると、うつうつとした倦怠状態から一歩踏み出そうとする様子を表す。
『千草ちゃんは、色んな悩みがあったけど、それを乗り越えて踏み出すことに決めたんですよ』
鶏さんが教えてくれる。
「千草ちゃんは悩みを乗り越えて一歩踏み出すことにしたのね」
「そうなのよ。歌劇団所属の学校を受験するためにずっと頑張って来たけど、自分の本当にやりたいことなのか、ママが望んでいるからやっているだけなのか、悩んでた。でも、私、やっぱり、あの舞台に立ちたいと思ったの」
千草ちゃんも私と同じように自分の将来について悩んでいた。
そして、私と同じように結論として、あの舞台に立つことを夢見ていた。
「同じね。私もずっと悩んでた」
「暁ちゃんも?」
「ママに言われてるからやってるのか、自分がしたいからやってるのか、分からなくなったことがあるの。千草ちゃんと同じで、結局は舞台に立ちたいって思った」
舞台に立ちたいと強く思ったきっかけは、私のママと千草ちゃんのママと千草ちゃんと私で見に行った公演だった。
小学校を卒業して春休みに連れて行ってもらった公演だったが、とても素晴らしかった。あの公演を見て、私は決意を新たにした。
続いて現在のカードを見ると、カップの二の正位置が出る。
意味は、相互理解。
周りと本音を共有して目的に向かって進むという意味がある。
『今はとてもいい状態ですよ。千草ちゃんは自分の気持ちを素直に言うことができるし、周囲はそれを受け止めてる』
鶏さんの言葉を千草ちゃんに伝えると、嬉しそうに笑顔になる。
「パパに会いたくないってママに言えたし、暁ちゃんのお家では守ってもらえたし、私は幸せよ」
嬉しそうな千草ちゃんの顔に、私も嬉しくなる。
近未来のカードを捲ると、ペンタクルの八の正位置が出た。
意味は、修行。
一つのことにこつこつと真剣に向き合ってスキルアップできるカードだ。
『これからは、地道にお稽古にも行って、スキルアップしていかなければいけませんね。それが夢への近道です』
鶏さんの言葉に私も頷いた。
「今は修行しなさいって。歌とダンスの教室も、塾も、頑張ろうね!」
「うん、一緒に頑張ろうね!」
千草ちゃんと手を取り合って私は頷く。
次のアドバイスのカードは飛ばして、周囲の反応のカードを見る。
出てきたのは、恋人の逆位置だ。
意味は、心地よさだが、逆位置になると、今さえよければと状況に流されるという意味もある。
「どういうこと?」
『千草ちゃんを狙う身の程知らずがいるのを感じますね』
恋人のカードは知っている千草ちゃんが問いかけると、鶏さんが答えている。鶏さんの声は千草ちゃんに届かないので、私が通訳する。
「千草ちゃん、誰かに好かれてるみたい」
「え? いらない」
千草ちゃんはバッサリと切り捨てる。
「恋愛とか興味ないし」
そういう千草ちゃんは漆黒の髪が長くてとても綺麗で、ものすごく可愛い。気の強そうなちょっと吊り上がった目も魅力的だ。
私はちょっと垂れ目で、髪は短く切っている。私服でいると男の子と間違われるが、それも男役になるためだから気にしていない。
「歌劇団は恋愛も結婚も禁止よ。そういうことに興味は持たないわ」
迷惑そうな千草ちゃんの様子に私も同じだと思う。
恋愛は演劇の中だけでいい。
次のカードは障害となっているものだった。
カードを捲ると、皇帝の逆位置が出る。
意味は、社会。
逆位置になると、トップが下のものを押さえ付けているとか言う意味にもなる。
『これは千草ちゃんのお父さんですね』
「あぁ、やっぱり。千草ちゃんのパパ、何か仕掛けて来るかも」
「そのときは、暁ちゃんのパパのお世話になるかもしれないわ」
「パパならきっと助けてくれる」
私は千草ちゃんの手を握った。白くて細くて綺麗な手だった。
最終結果の前に、捲っていなかったアドバイスを捲る。
ペンタクルのクィーンだ。
意味は、寛容。
アドバイスになると、まずは知識と教養を蓄えてという意味にもなる。
『今はしっかりと勉強するときですね。邪魔が入るかもしれないけれど、それはできる限り私たちが追い払います』
力強い鶏さんの言葉に私は安心する。
「鶏さんが守ってくれるから、今は勉強に集中してって言われてるわ」
「そうだった! 中間考査があるんだ」
「勉強しなきゃね」
中学校での内申点も多少は歌劇団付属の学校の入試のときに響いてくるかもしれない。私と千草ちゃんは中学校の勉強も気が抜けなかった。
最終結果は、いつも同じ。
太陽のカードだ。
千草ちゃんを占うとこうなるので、捲らなくても分かっていた。
『私がいる限り千草ちゃんは大丈夫です』
誇らしげな顔の鶏さんと太陽のカードを見比べていると、千草ちゃんが太陽のカードを手に取って、微笑む。
「また出て来てくれたわね」
「最終結果、こればっかりだから、千草ちゃんのこと占うのは、ワンパターンになっちゃうわ」
「きっと、すごく大事なことがあるときには、別のカードが出て来てくれると思うの。今はそのときじゃないのよ」
千草ちゃんは太陽のカードにも寛容だった。
私がベッドに寝て、千草ちゃんは床の上に敷いた布団に寝る。
小さな頃は同じベッドで寝ていたのだが、もう狭くなってしまった。
電気を消すと、千草ちゃんが話しかけて来る。
「春休みの公演、素晴らしかったわよね」
「本当に。あれで私は心が決まった感じかな」
「暁ちゃんも? 私もそうなの」
春休みに見に行った公演は本当に素晴らしかった。
ママがチケットが当たったので、前から八番目のものすごくいい席で見られたのだ。
迫力が伝わってきて、舞台に魅入られていた。
「あんな風に舞台に立ちたい」
「私も舞台に立ちたい」
私と千草ちゃんの夢は同じだった。
目を閉じて、私は千草ちゃんと舞台に立つ夢を見た。
大人になった千草ちゃんはほっそりとして美しく、私は背が高くて体付きががっしりとしていた。
バレーボール部のエースだったパパに似ることができたんだと、私は嬉しかった。
目が覚めると私はまだ成長期の十二歳の少女だった。もっと体格がよくなりたい。背が高くなりたいと思っているのだが、食べている分だけ消費するのか、すぐには背は伸びてくれない。
起きてきた千草ちゃんと一緒に洗面所に行って、顔を洗って、朝ご飯を食べる。
日頃の疲れがあるのか、パパは休みだったけれど眠っていた。
ママは私と千草ちゃんのためにフレンチトーストを焼いてくれた。
甘い蜂蜜味のフレンチトーストと、チーズとコショウで味付けをしたフレンチトースト。
甘いのとしょっぱいのが合わさると最強だ。
私は何度もお代わりをして食べてしまった。
「暁ちゃん、千草ちゃんの分がなくなるでしょう!」
「私はもうお腹がいっぱいです」
「千草ちゃんは遠慮せずに食べていいのよ」
大量に食べる私にママは注意して、千草ちゃんにはもっと食べるように言っていた。
日曜日の午前中は何もないのだが、千草ちゃんと二人で私は勉強をしていた。
中間考査の成績が上位五番以内でないと、ママを心配させてしまう。
中間考査の試験範囲はずっと前に塾で習ったところだったので、私は忘れかけていた。
「暁ちゃん、こっちの公式を使って」
「そうだった」
勉強しているだけなのに、お腹が空いてくる。
「ママ、お腹が空いた」
「さっき朝ご飯を食べたでしょう」
苦笑しながら、ママは私のためにグレープフルーツを剥いてくれた。
房も剥いてくれて身だけになったグレープフルーツを食べていると、千草ちゃんが目を丸くしている。
「暁ちゃんのママは、グレープフルーツをそこまで剥いてくれるの?」
「うん、いつも剥いてくれるよ」
「すごいなぁ。うちのママは、自分で剥きなさいって言うわ」
千草ちゃんに言われて私は自分が甘やかされていることを知った。
午後からは塾がある。
塾が終わって帰る頃には午後九時を過ぎているだろう。
現代中学生は忙しいのだ。
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