5.千草ちゃんのお泊り
バーベキューは私の大好物だ。
好きなものが好きなだけ食べられる。
普段はママに食べ過ぎないように言われるのだが、パパがしてくれるバーベキューのときだけはママは何も言わなかった。
串に刺した牛肉、豚肉、鶏肉、烏賊、茄子、ピーマン、玉ねぎがバーベキューの網の上で焼かれていく。
パパはビールの缶を開けて飲み始めていた。
普段はパパはアルコールは飲まない。飲むだけの時間と余裕がないのだ。
今日は有休をとってゆっくりと休んでいるので、アルコールも飲んでいる。
網の上でトングで何度もひっくり返して、パパがお肉や野菜を焼いて行く。
焼けたお肉と野菜をもらって、私はベランダの椅子に座って食べ始める。
このマンションはベランダが広いのだ。
テラスとかサンルームとか、違いがよく分からないが、そういう感じで呼ばれていたような気がする。
千草ちゃんもお肉とお野菜をもらっていた。
「鶏肉はごめんなさい、食べられないんです」
「豚肉は平気?」
「平気です」
千草ちゃんの守護獣の鶏さんは、鶏肉を食べるととても悲しそうな顔をする。それを伝えてから、千草ちゃんは選べるときには鶏肉は食べないようになった。
私は気にせず何でも食べていく。
「パパ、烏賊がものすごく美味しい! もう一串欲しい!」
「最後に焼きおにぎりもあるからな。食べられなくならないように気を付けるんだよ」
パパは私のお皿の上に烏賊を乗せてくれながら、上機嫌で言っている。
アルコールを飲むとパパは機嫌がよくなるタイプだ。普段は仕事の疲れで挨拶もほとんどできないくらいだけれど、元気なパパの様子を見ていると私も嬉しくなる。
最後の焼きおにぎりを食べて、お腹いっぱいになっていると、私の子犬さんも満足そうにお腹を丸くしてひっくり返っていた。
千草ちゃんの鶏さんはそんなことはないのだが、私の子犬さんは私のお腹の空き具合と元気が連動している気がする。私がお腹がいっぱいだと元気いっぱいで、お腹を空かせているとしょぼくれている。
もしかすると、子犬さんは私の食べているもののエネルギーをもらっているのかもしれない。
そうだったら、私が千草ちゃんよりもものすごく食べるのがよく分かる。
パパがバーベキューの火の始末をして、バーベキューセットを冷やすために明日まで置いておいて部屋に戻ると、インターフォンが鳴った。
こんな時間に来客なんて珍しい。
宅配便ももう終わっている時間だ。
ママがインターフォンのボタンを押すと、画面に千草ちゃんのパパが映り込んで来た。
『そこにうちの娘がいるんだろう! 出せ!』
ドアからも聞こえるくらいの大声で言う千草ちゃんのパパを、千草ちゃんのママが止めている。
『ご迷惑になるからやめて!』
『うるさい! 俺がいる日にわざわざ娘を別の場所にやって。そんなに俺に会わせたくないのか!』
家のドアの前で口喧嘩をしている千草ちゃんのパパとママに、千草ちゃんが暗い顔で立ち上がる。
私には分かっている。
千草ちゃんは悲しんでいるわけではないのだ。
怒っているのだ。
「人様の家にまで来て、大声で怒鳴り散らして、どういう感覚してるの?」
千草ちゃんの肩の鶏さんも羽を広げて威嚇の態度を取っている。
玄関に行こうとする千草ちゃんに、私のパパが聞いた。
「千草ちゃんはお父さんに会いたいのかな?」
「会いたくないです。あんなひと、一生会いたくない」
千草ちゃんの答えに、私のパパが立ち上がった。
玄関まで歩いて行って、ドアを開ける。入って来ようとする千草ちゃんのパパを、私のパパが止めた。
パパの守護獣はパンダだ。大きな体で千草ちゃんのパパを威嚇している。
千草ちゃんのパパの守護獣はハリネズミで、一生懸命針を見せている。
「自分が千草ちゃんに会いたくないって思われているのを自覚した方がいいですよ」
「ひとの家庭に口を出すな」
「それなら、ここは僕の家庭です。千草ちゃんは娘のお客様です。千草ちゃんが会いたくないと言っているのを会わせるわけにはいかない」
「うるさい! 俺は千草の父親だぞ?」
自分より背の高い私のパパを睨み付けた千草ちゃんのパパに、私のパパは笑顔で答えた。
「親子間で虐待やDVがあり得ないとでも仰るんですか? こっちだって、そちらが騒ぎ立てるなら、出るとこ出てもいいんですよ?」
警察に通報してもいいし、裁判所で争ってもいい。
私のパパの態度に、千草ちゃんのパパは狼狽える。
「で、出るとこ、出るだと?」
「まずは、ご自分がしたことを恥じて、後悔なさるといいですよ。それだけ娘さんにも奥様にも嫌われることをあなたはされたんですからね」
はっきり言われてしまって、千草ちゃんのパパは「うるせぇ!」と怒鳴って逃げて行ってしまった。
パパのパンダが誇らしげに胸を張り、千草ちゃんのパパのハリネズミがちょこちょこと千草ちゃんのパパを追い駆けて走って逃げて行った。
千草ちゃんのママが私のパパに頭を下げている。
「うちのいざこざに巻き込んでしまってすみません」
「いいえ。何かあったらいつでも来てください。うちの事務所では家族間のことも扱ってますからね」
名刺を取り出して千草ちゃんのママに渡すパパ。
パパが法律事務所勤務なのは知っているが、名刺を渡されたのは初めてで、千草ちゃんのママは涙ぐんでいた。
騒ぎがおさまって部屋に戻って来たパパに、千草ちゃんが頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いいえ。子どもは大人が守らないといけないからね。千草ちゃんは、まだまだ守られていていい年齢だから、気にしなくていいんだよ」
堂々と千草ちゃんのパパに言い返して、対応し、追い返したパパを、私は改めて尊敬していた。
ベランダでバーベキューをしたので煙の臭いが髪についていて、もう一度シャワーを浴びてから私と千草ちゃんは部屋に入った。シャワーを浴びている間に、ママが私の部屋に千草ちゃん用の布団を敷いてくれていた。
机について私はタロットクロスを広げる。
左回りにタロットカードをよく混ぜて、右回りに混ぜながら質問を頭に思い浮かべる。
「子犬さんは私の食べたものがエネルギーになっているの?」
私の問いかけに、出てきたのはワンドのエースの正位置だ。
意味は、生命力。
力が高まっている状態を示す。
『暁ちゃんがご飯を食べると、僕もすごく力が出るんだ』
子犬さんの言葉が聞こえてきて、私は納得する。
子犬さんにエネルギーを取られていたから私はこんなにお腹が空くのだ。
「千草ちゃんの鶏さんは?」
タロットカードを捲ってみると、ソードの四の逆位置が出た。
意味は、回復中。
逆位置になると回復が終わって動き出す準備ができている暗示もある。
『自分で勝手に休んでいるから平気ですよ』
鶏さんは明るく言っている。
それにしても、この鶏さん、尾がものすごく長い気がするのだ。
千草ちゃんの肩に乗っても、尾が地面につくくらい長い。
「鶏さんって、もしかして、鶏じゃない?」
「暁ちゃんにはどう見えてるの?」
「尾が長いのがずっと気になっていたのよね」
言いながらタロットカードを捲ると、太陽のカードが出た。
意味は、喜びだが、そうではなく、このタロットカードの太陽のカードは鶏が描かれているのだ。
『ただの鶏です』
「ただの鶏だって言ってる」
「それじゃ、ただの鶏なのかな?」
「数学の先生の黒い影を祓ったとき、光ったよ?」
「それは、ただの鶏じゃないな」
私と千草ちゃんで話していると、子犬さんが膝の上に乗ってくる。重さも暖かさもないのだが、膝の上に子犬さんが乗っていると安心する。
「子犬さんは数学の先生の黒い影を祓ったとき、大きくなったよね」
「それは子犬ではなく、狼なのでは?」
「でも今は小さいんだよね」
「子狼?」
不思議そうに首を傾げる千草ちゃんを見ながらタロットカードを捲ると、ペンタクルの二の正位置が出た。
意味は、柔軟性。
『ただの子犬ですよ。柔軟に考えてください』
子犬さんはきゅんきゅんと鳴いて自己主張してくる。
本当に鶏さんは鶏さんで、子犬さんは子犬さんなのか。
私にも千草ちゃんにもよく分からない。
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