11.先生の授業

 宣言通り千草ちゃんは髪を切った。

 肩の下までは長さがあるが、その長さを残しても千草ちゃんの髪は三十センチ以上あってヘアドネイションできたらしい。


「頭がすごく軽くなったわ。乾かすのも時間がかからなくなった」


 二学期が始まって、髪を切った千草ちゃんにクラスの生徒たちはすごく驚いていた。


「狛野さんの髪が短くなってる」

「短くっていうわけじゃないんだろうけど、前が長すぎたから」

「短いのも可愛いな」


 どことなく男子からの視線が向けられているようで私は胸がもやもやする。

 香織ちゃんの方にも視線は向けられていた。


「卯崎さんの演技すごかったわよね」

「卯崎さんとお友達になりたいわ」

「卯崎さん格好よかった」


 香織ちゃんにはやはりファンができたようだ。

 香織ちゃんは話しかけられて不思議そうにしている。


「卯崎さん、一緒のグループにならない?」

「移動教室、一緒に行かない?」

「暁ちゃんと千草ちゃんと行くから、ごめんなさい」


 断ってはいるけれど、好意的な目を向けられていることに香織ちゃんは気付いていないようだった。

 文化祭で手の平を返すような連中と仲良くなっても香織ちゃんのためになるのか分からないが、私たちはいずれ歌劇団に入団する身である。それを目指して頑張っている。

 ファンサービスは覚えておいた方がいいのかもしれない。


「香織ちゃん、行って来ていいのよ」

「暁ちゃんと千草ちゃんといたいのよ」


 私は気を利かせたつもりだが、香織ちゃんには通じていなかった。


「高羽さん、少しいいかな?」


 香織ちゃんと千草ちゃんに気を取られていると、私はクラスの女の子に呼び出されていた。集団で来ているので何か文句でもあるのかと顔面の筋肉を引き締めていると、顔を真っ赤にした子から手紙を渡される。


「高羽さんのロミオ、すごく素敵だったわ。歌劇団の付属学校に入学できるように応援してる」

「あ、ありがとう」


 歌劇団でも、ファンからはお手紙をもらうという。花やお菓子の差し入れは禁止でお手紙だけが許されていると聞いている。

 私もお手紙をもらえるような役が演じられたようだ。

 お手紙を持って教室に帰っていくと、千草ちゃんと香織ちゃんの視線がこちらに向く。


「暁ちゃん、何だったの?」

「そのお手紙、何?」

「ロミオが素敵だったって、もらったの」


 素直に私が答えると、千草ちゃんと香織ちゃんがため息を吐く。


「暁ちゃんはモテるから」

「素敵だもんね、分かるわ」

「え? モテるのは千草ちゃんと香織ちゃんじゃないの?」


 私は違うと主張するが、千草ちゃんも香織ちゃんも自分の主張を曲げなかった。


 担任の先生に千草ちゃんは夏休みの間に千歳くんが生まれたことを報告していた。担任の先生はとても喜んでくれて、特別授業をしてくれた。


「赤ちゃんの成長について勉強しましょう。狛野さんのお母さんと高羽さんのお母さんと卯崎さんのお母さんに協力してもらいましょうね」


 特別授業には千草ちゃんのママが千歳くんを連れてきて、私のママが旭くんを連れてきて、香織ちゃんのママが沙織ちゃんを連れてきた。


「狛野さんの弟の千歳くんは、まだゼロか月の赤ちゃんです。首が据わっていませんし、目もよく見えていません。ただ、耳はよく聞こえています」


 先生が千歳くんを抱っこした千草ちゃんのママを示しながら説明する。


「首が据わるのが四か月頃ですね。それまでは首を支えるように抱っこしないといけません。狛野さん、生徒に抱っこさせてあげてくれますか?」

「はい、いいですよ」

「抱っこしたいひとは、手を上げて」


 遠慮がちだったが数名の生徒が手を上げて千歳くんを抱っこする。


「小さい!」

「軽いわ」

「可愛い」


 千歳くんが褒められて千草ちゃんも満面の笑みで授業に参加している。


「離乳食を始めるのが五か月頃。どろどろのお粥のようなものから始めます。六か月になると寝返りができて、しっかりと座れるようになってきます」

「六か月まで赤ちゃんは座れないんですか!?」

「そうですよ。腰や脚の筋肉が発達するまで座れないんです」


 説明しながら、先生が旭くんに目を向ける。


「高羽さん、旭くんは何か月ですか?」

「十か月になります」


 私のママが答えると、先生は生徒に向き直る。


「十か月になると掴まり立ちが上手になる時期ですね。伝い歩きや、両手を引いてあげると歩く子もいるでしょう。まだはいはいで移動しますが、個人差が大きいので、早い子は歩いたりする子もいます」


 先生の説明に、ママが旭くんを降ろしている。旭くんは近くの机に掴まり立ちをして、伝い歩きをしている。

 旭くんの動きにクラスの生徒たちが興味津々なのが分かる。


「卯崎さん、沙織ちゃんは何歳何か月ですか?」

「二歳二か月になります」

「沙織ちゃん、お返事ができますか?」

「あい!」


 お手手を上げてお返事をした沙織ちゃんに、生徒たちが自然と拍手をする。拍手で褒められて沙織ちゃんは誇らし気に胸を張っている。


「二歳になるとお喋りも盛んになって、コミュニケーションも取れるようになります。子どもはこうやって発達していくのですよ」


 先生の特別授業は私にとっても、千草ちゃんにとっても、香織ちゃんにとっても勉強になることだったし、自分たちの弟妹を認められたようで嬉しいことだった。


「特別授業をありがとうございました」

「いいえ。生命の尊さを子どもたちに教えるいい機会でした。狛野さんも高羽さんも卯崎さんもありがとうございました」


 お礼を言う千草ちゃんのママに、先生は私のママにも千草ちゃんのママにも香織ちゃんのママにもお礼を言っていた。

 特別授業のおかげでクラスの生徒たちは赤ちゃんという存在に興味を持っただろう。弟妹がいる子は懐かしく思い出したかもしれない。


「少子化のせいで兄弟のいる子どもが少なくなりましたからね。赤ちゃんの発達を知らない子がほとんどです。すごく勉強になったと思います」


 重ねてありがとうございましたという先生に、私のママも千草ちゃんのママも香織ちゃんのママも頭を下げていた。


 千草ちゃんが心配していたのは千歳くんが黒い影に襲われないかだった。

 私も気にしていたのだが、千歳くんの周囲には黒い影が寄って来やすいようなのだ。


 旭くんが新生児で守護獣がいなかったときのことを思い出す。

 できる限り早く千歳くんに守護獣を呼んであげなければいけない。


 私はタロットクロスを広げてタロットカードを混ぜた。

 タロットカードをよく混ぜて一枚引くと、太陽のカードが出た。

 太陽のカードは私のタロットカードでは鶏の絵が描かれている。


『その任務任されました。私の眷属を呼びましょう!』


 きりりと千草ちゃんの鶏さんが胸を張った気がした。

 結果として来たのは、まだ羽の生え揃っていない、子どもの駝鳥だちょうさんだった。

 旭くんのそばに黒い影が寄って行くと、鋭い嘴で突いて撃退している。


「沙織ちゃんの守護獣はフレミッシュジャイアントで、旭くんの守護獣はセントバーナードで、千歳くんの守護獣は駝鳥!?」


 なんでみんな大きいのだろう。

 訳が分からない私に、千草ちゃんが言う。


「大きければ強いような気がするから?」

「そんな適当な理由で!?」


 それでいいのかと私も思うのだが、まだ子どもの駝鳥さんは千歳くんの寝ているベビーベッドの周りを歩き回って、黒い影が寄って来ると、嘴で突いて撃退していた。

 千歳くんが安全ならばいいのだが、どうして私たちの弟妹の守護獣は大きいのか。


 私の子犬さんと千草ちゃんの鶏さんと香織ちゃんの兎さんに問いかけてみれば分かるのだろうか。

 タロットカードで答えが出ることなのか、私は悩んでいた。

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