9.私のお誕生日と重大発表

 私のお誕生日には、春休みに観た公演の鑑賞会が行われた。

 家のテレビは大きくて、音響もいい。大音量で流しても角部屋なので文句を言われることもないし、部屋の防音もきっちりしている。


 大好きな神父様の登場シーンには私も千草ちゃんも歓喜の悲鳴を上げていた。


「素敵ー!」

「格好いいー!」


 毎年私のお誕生日にも、ママのお誕生日にも、パパは仕事を休んでくれる。

 鑑賞会にも付き合ってくれるし、今日はパパの手料理だ。


 ちらし寿司には錦糸卵と鮭フレークと絹さやとイクラが乗っている。卵とワカメとキノコのスープもついてくる。

 千草ちゃんと千草ちゃんのママと私のママと私で、私のパパに感謝して食べる。


「パパありがとう。いただきます」

「暁ちゃんのパパ、いただきます」


 イクラまで奮発して買って来てくれたのかと思うととても嬉しい。

 プチプチとした食感に、私はうっとりとしていた。


 ご飯を食べ終わるとケーキが出て来る。

 私のお誕生日はギリギリまだ苺が手に入るので、苺のショートケーキだった。

 ケーキを切り分けているパパに、私は違和感を覚える。


「数が違うんじゃない?」


 私と千草ちゃんと私のママと千草ちゃんのママと私のパパで、合計五人のはずだ。それなのにケーキは四等分にされている。


「今日は、私はちょっと食べたくなくて」

「ママ、どこか悪いの?」


 私が心配してママを見詰めると、ママはパパの方を見た。パパが小さく頷く。


「暁ちゃん、実は、赤ちゃんができたのよ」

「赤ちゃんが!?」


 子犬さんの言っていた急展開。それはこれだったのか。


「暁ちゃんを産んでから、赤ちゃんのできにくい体質になって、次の子は諦めるように言われてたけど、体調がおかしくて、病院に行ったら、妊娠してますって言われたの」


 これは私にとってはものすごく嬉しいことだった。

 ずっと兄弟が欲しかった。

 幼馴染でオムツの頃から知っている千草ちゃんはいるけれど、私には兄弟がいない。ママが妹か弟を産んでくれるのは大歓迎だ。


「ママ、おめでとう。私も何でも手伝うからね」

「そのことなんだけど、気分が悪くて料理が作れなかったり、送り迎えができなくなるかもしれないのよ」


 歌とダンスの教室は自転車で行けば何とか自分でも通えるが、それ以外のピアノの教室や塾は一人では通えない。

 私一人で大丈夫だと言いたかったけれど、大丈夫ではなくて、私は困ってしまう。


「その件に関しては、暁ちゃんのママとよく話し合ったの。私も千草ちゃんを連れて行くから、行き先は同じでしょう? 帰ってくるときも隣りの棟だからすぐ近くだわ。私が送り迎えを引き受けることにしたのよ」

「ママ、暁ちゃんと一緒に行って帰れるの?」

「そうよ。千草ちゃんも嬉しいでしょう?」

「嬉しい!」


 千草ちゃんのママが私の送り迎えをしてくれるように、ママはちゃんと取り計らってくれていた。

 これで当分の間は安心だが、問題はご飯だ。

 私は自分が料理ができないことはよくないのではないかと考えていた。


「ママ、私に料理を教えて。ママが体調が悪いときは私が作るわ」

「暁ちゃん、大丈夫なの?」

「作れないときは買って来る。パパはお仕事が忙しくて難しいでしょう?」


 パパが毎日料理を作るのは現実的ではないと私が提案すると、パパがそれを遮る。


「料理を覚えるのはいいけど、朝ご飯は、僕が何か作って仕事に行くようにするよ。朝も早くて帰りも遅いダメな父親だけど、それくらいはさせて」

「ありがとう、パパ」

「生まれてから半年は育児休暇を取るつもりだから、そこは任せてほしい」

「助かるわ」

「いや、上の人間が休まないと、部下は休めないからね」


 パパは忙しい法律事務所の中で、育児休暇を取る男性という前例を作るつもりでいるようだ。

 パパもしっかりと生まれて来る赤ちゃんのことを考えているので安心する。


「ママ、気分が悪くなったりするの?」

「少し悪阻があるわね。これからもっと酷くなっていくんでしょうけど、その前に暁ちゃんにお料理を教えないとね」


 ママも私がお料理を覚えることに関しては、賛成のようだった。


「男性も女性もだけど、家事ができて困ることはないから、暁ちゃんにはいい機会になったかもしれないわね」


 ママの言葉に私は頷いた。


 こんな急展開なら大歓迎だ。

 ちょっと年が離れているけれど、私の家に赤ちゃんがやってくる。


「私、オムツ替えられる? お風呂も入れられる?」

「オムツは替えられると思うわよ。お風呂は慣れれば一緒に入れるわ」


 嬉しそうにしている私に千草ちゃんが羨ましそうな目を向けていた。


「いいなぁ、暁ちゃんはお姉ちゃんになれて」

「私の妹か弟なら、千草ちゃんにとっても妹か弟みたいなものだよ」

「本当?」

「うん。絶対、どっちがお姉ちゃんか分からないくらいに育っていくと思う」


 私が言えば千草ちゃんの表情は明るくなった。

 誕生日の席で明かされたママの妊娠だったが、千草ちゃんのママも塾や歌とダンスの教室やピアノの教室の送迎を協力してくれる。パパも朝ご飯を作ってから出かけるし、生まれてからは育児休暇を取ってくれると言っている。

 私は料理を覚えることでママを助けて行こうと思っている。


 これからますます忙しくなりそうだったけれど、私はものすごく嬉しい気持ちでいっぱいだった。


 次の日から、私は中学校が終わると千草ちゃんのママの車に乗って、千草ちゃんと一緒に塾に行ったり、歌とダンスの教室に行ったり、塾に行ったりしていた。

 塾では休憩時間にコンビニに行くこともなくなった。

 千草ちゃんのママが、私の分のおにぎりも作ってくれるようになったのだ。

 ありがたくおにぎりを食べて、塾の授業を受ける。


 中学校から遠い場所にある塾なので、同じ中学校の生徒はほとんど通ってきていない。

 中学校で千草ちゃんのパパの不倫の件で揉め事を起こしたのも、塾では関係なかった。

 塾では一番成績のいいクラスなので、みんな勉強をすることに集中していて、雑音が入ることもない。


 五月の中間考査が始まると、帰りが早くなって、塾や歌とダンスの教室やピアノの教室に行く前に、一度家に帰る時間ができるようになった。

 そのときに、勉強は既にしているので、ママに私は料理を習った。


 お味噌汁や卵焼き、チャーハンや焼きそば、ラーメンやちゃんぽんをママは教えてくれた。

 揚げ物は危ないのでしてはいけないことになっていたけれど、揚げる前の衣付けまでは教えてくれて、コロッケやアジフライも衣付けまではできるようになった。


 コロッケやアジフライを衣付けして冷凍庫に入れておくと、朝にパパが揚げてくれて、朝ご飯に食べられるのだ。


「朝から揚げ物とか無理……」

「ママは無理しないで」


 ママは徐々に悪阻が酷くなっていて、揚げ物の匂いに耐えられずソファに倒れ込んだけれど、私は喜んでパパが揚げてから行ってくれた、アジフライやコロッケをたっぷりと食べた。


 私の関心はママの出産が無事にできるかにあった。

 歌とダンスの教室が終わってから、お味噌汁とご飯と卵焼きを作って、晩ご飯を食べて、シャワーを浴びて寝室で休んでいるママに声をかける。

 ママは妊娠してからものすごく眠くなるようで、寝室にいることが多くなった。


「ママ、テーブルの上にご飯と卵焼きがあって、お味噌汁もあるから、食べられたら食べてね」

「ありがとう、暁ちゃん」


 暗い寝室に声をかけてから、自分の部屋に入る。

 机の上にタロットクロスを広げて、タロットカードを丁寧に混ぜた。

 三枚で過去、現在、未来を占うスリーカードというスプレッドを使う。


 一枚目の過去はペンタクルの三の正位置だった。

 意味は、技術力。

 日の目を見なかった才能が目覚めるという意味もある。


『料理は食べるのが好きだから、暁ちゃんは才能があったみたいだね。すごくいい感じに習得できてるんじゃないかな』


 子犬さんの言葉に私は嬉しくなる。


 二枚目の現在のカードはソードの七の逆位置。

 意味は、裏切り。

 逆位置だと、万全の備えが功を奏して安全に物事が進むという意味がある。


『みんなで協力して備えているから、今はとてもいい状態だよ。暁ちゃんは家族を助けられてる』


 子犬さんに褒められて、私は誇らしくなる。


 三枚目の未来のカードは、太陽の正位置だった。

 意味は、喜びだが、私は違うことを考えていた。

 私のタロットカードは全部動物の絵が描かれているので、太陽のカードも鶏が描かれているのだが、ベーシックなタロットカードでは向日葵を背に裸の赤ん坊が馬に乗って誇らしげに進んでいく様子が描かれているのだ。


『赤ちゃんは大丈夫。きっと無事に生まれて来るよ』


 子犬さんの声に、私はそうであるように祈っていた。

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