10.誘拐された千草ちゃん

 私と千草ちゃんはマンションが隣りの棟なので、時間が合うときには一緒に帰る。

 クラスが違うので、クラスで話し合いがあったりして、帰る時間がずれるときには、別々に帰ることもある。

 千草ちゃんのクラスでは、一人親の家庭についての話し合いが行われていた。

 それは以前に千草ちゃんが悪口を言われたことに対して、一度話し合いを行わなければいけないと先生が設定したものだった。


 担任の先生の主導する話し合いくらいでどうにかなるのならば、私たちは苦労していない。相手を差別したい輩は、何を言ってもどうにか理由を見付けて差別してくるものなのだ。


 この話し合いも無駄だろうと思いつつ、私が先に帰ろうとしたら、クラスの子から声をかけられた。


「高羽さん、途中まで一緒に帰らない?」

「いいけど……」


 その子はクラスでも端っこの方にいる子で、あまり目立たない子だった。

 小雨が降っていたので傘を差して帰る。

 帰り道にその子は話してくれた。


「高羽さん、狛野さんがお母さんとだけ暮らしてることを言われたときに怒ったでしょう。あのとき、私、一組にいたんだ」


 騒動を一部始終見ていたその子は、先生にも証言してくれたのだという。


「うちは小さい頃にお母さんが亡くなって、父子家庭だから、あの子たちに色々言われてたの。高羽さんが怒ってくれて胸がすっきりした。ありがとう」


 お礼を言われてしまって私は戸惑う。

 私は千草ちゃんのために怒ったのだが、それが結果としてその子の心も救っていた。


「えーっと何さんだっけ?」

卯崎うざき香織かおりよ」

「卯崎さんか。これからクラスでよろしくね」


 同じクラスだと言うのに名前も覚えていないことを卯崎さんは気にしていなかった。握手をすると宇崎さんの手も私の手も雨で湿っていて冷たい。

 曲がり角のところで卯崎さんとはさよならをした。


 家に帰って晩ご飯の下ごしらえをしていると、ママが寝室から出てきた。悪阻のせいで顔色が悪いが、今は更に調子が悪そうだ。

 赤ちゃんというものは母親の身体にとって異物なので最初は拒もうとする反応が出てしまう。それが悪阻や体調不良になるのだと教えられていた。


「千草ちゃんのママが、千草ちゃんが帰ってこないって言ってるんだけど」

「千草ちゃんのクラスは話し合いだったよ」

「中学校に連絡したらもう終わっているって回答されたって」


 千草ちゃんのクラスの話し合いが終わったのに、千草ちゃんが帰ってこない。

 それは大変な出来事だ。

 千草ちゃんのような可愛い子を誘拐したいと考える輩はたくさんいるだろう。


「千草ちゃんを探さなきゃ!」

「暁ちゃん! 暁ちゃんまで危険なことをしないで」


 ママに止められてしまったが、私は千草ちゃんを探したかった。

 部屋に入ってタロットクロスを広げてタロットカードを混ぜる。

 心が落ち着いていないのか、タロットカードが一枚飛び出して来た。


 それは太陽のカードの逆位置。

 意味は、喜びだが、私のタロットカードの太陽のカードは鶏さんが描かれているのだ。


『千草ちゃんの居場所は鶏さんが教えてくれる!』


 子犬さんの言葉に私は一生懸命言い訳を考えていた。


「ママ、私、千草ちゃんの居場所が分かるかもしれない」

「本当に?」

「帰りに他の子と話してたから、私も遅くなってて、千草ちゃんっぽい姿を見た気がするの!」


 私が一生懸命ママに訴えると、ママはパパに連絡を取ってくれた。

 パパが私と一緒に傘を差して道を歩き出す。


「電話で千草ちゃんのママが言うまで、傘を差してたから千草ちゃんだって気付かなかったけど、あれは千草ちゃんだったと思うのよ」

「分かった、最後に見た場所を教えて」


 パパは私の言葉を信じてくれた。

 中学校までの道を歩いて戻って行くと、道に光る黒い尾羽が落ちている。長い尾羽は千草ちゃんの鶏さんのものに間違いなかった。


「ここ! ここで見たのよ」


 そっと尾羽を拾って私はパパに示す。

 道を見ると、その先の角に尾羽が落ちている。


「あっちの方向に行ってた気がする」


 その角まで行って尾羽を拾うと、その先にビジネスホテルがあった。

 ビジネスホテルの入り口にも長い尾羽が落ちている。


「あそこ! あそこに入ったんじゃないかな?」

「可能性はあるな。暁ちゃんは一度家に帰ってくれるか?」

「パパ、私、怖い」


 本当は怖くなどなかったが、パパから離れたくない一心で私は演技をする。パパの腕にしがみ付いた私に、パパは無理やり家に帰そうとはしなかった。

 千草ちゃんのママと警察もやってきて、ビジネスホテルに突入する。

 ビジネスホテルの部屋には、千草ちゃんのパパと千草ちゃんがいたようだ。


 千草ちゃんは警察に無事に保護されてビジネスホテルから出てきた。


「一緒に暮らしたいって言われたの。もうママのところには帰さないって」

「なんてことを!」

「嫌だって言ったら、『父親の言うことに逆らうな』って怒り出して、身の危険を感じたから静かにしてたわ」


 携帯電話も取り上げられて、実の父親に誘拐された千草ちゃん。

 そういえば千草ちゃんを占ったときに千草ちゃんのパパのことが出ていたのを思い出す。


「警察に介入してもらって、接近禁止命令を出してもらいましょう」


 パパが理知的に千草ちゃんのママと話している。


「誘拐までするなんて思わなかった」


 千草ちゃんのママはショックだったようだ。

 その日は警察での取り調べもあって、ピアノの教室は休むことになった。

 取り調べが終わった後、千草ちゃんのママは私のパパの法律事務所に相談に行っていた。


 千草ちゃんは私の家で私が紅茶を淹れて、寛いでいた。


「信じられない。怒りまくって、私を言うなりにさせようとしたのよ。私はママと暮らしたいのに!」

「千草ちゃん、怖かったね」

「暁ちゃん、助けに来てくれてありがとうね」


 どうして私が千草ちゃんを助けられたのか不思議そうな千草ちゃんに、私は説明をする。


「鶏さんが尾羽を引き抜いて道を示してくれたの」


 そのせいで鶏さんの長くて立派な尾羽は千切れて貧相になっていたけれども、鶏さんは胸を張って誇らしげだった。


「尾羽抜いちゃったの!? 鶏さんは大丈夫?」


 驚いている千草ちゃんに、私が抜けた尾羽を鶏さんに差し出すと、一本ずつ咥えてお尻に差していく。お尻にささった尾羽は無事に繋がったようだった。


「大丈夫みたい」

「鶏さん、ありがとう」


 千草ちゃんにお礼を言われてますます鶏さんは誇らし気だった。


 パパの法律事務所で話をして帰って来た千草ちゃんのママは、真剣な顔で千草ちゃんに言っていた。


「離婚しようかと思っているの。千草ちゃんには苦労をかけるかもしれないけれど」

「ママは自由になっていいと思うわ。まだ若いんだし」


 私のママも千草ちゃんのママも二十四歳で私と千草ちゃんを産んでいるので、まだ若いのだ。私のママも赤ちゃんをもう一人産めるくらいの年齢である。


「たっぷり慰謝料をもらって、養育費も貰うことにしたから、千草ちゃんの生活が困ることはないわ。千草ちゃんが歌劇団付属の学校に入学したら、私は働き始める予定だし」


 前向きな顔になっている千草ちゃんのママは、明るい顔になっていた。

 千草ちゃんのママにも幸せになる道があってもいいと思う。

 それが千草ちゃんの幸せにも繋がるのだと私は信じている。


「パパ、千草ちゃんのために、しっかりお金を取ってね」

「それは専門家ですから任せて」


 微笑んでいるパパに私は安心する。


「暁ちゃん、千草ちゃんの居場所を見つけてくれてお手柄だったね」

「私と千草ちゃんは親友だから、何となく分かっちゃうんだよね」


 どうして分かったのか詳しく聞かれてもパパは理解できないだろうと誤魔化すと、パパは笑っている。


「お祖母ちゃんもそんなひとだよね。暁ちゃんはお祖母ちゃんに似たかな?」

「そうかもしれないわ」

「今度お祖母ちゃんに会いに行く?」


 パパに言われて私は顔を輝かせる。

 お祖母ちゃんにはしばらく会えていない。


「中学生になった暁ちゃんを見せないとね」


 パパの言葉に私はお願いする。


「千草ちゃんも行ったらダメかな?」

「千草ちゃんも? それは千草ちゃんのママに聞いてみないと」


 千草ちゃんも小さい頃から私の家と繋がりがあって、お祖母ちゃんとも会ったことがある。

 お祖母ちゃんはもう見えなくなっているけれど、私の守護獣や千草ちゃんの守護獣の話を聞いてくれていた。


 夏休みはお祖母ちゃんの家に。

 パパの計画に私はワクワクしていた。

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