15.旭くん、一歳
旭くんも歩くようになった。
旭くんがはいはいで動くようになってからキッチンにはベビーガードが付けられたけれど、旭くんはそれよりも更に活発になっている。
追いかけられて逃げることができないセントバーナードさんが捕まって、手をぎゅっと握られて、尻尾がピーンと立っている。
ご機嫌でセントバーナードさんの手を舐める旭くんに、私の子犬さんは動こうとしない。それどころか遠巻きにして近寄ろうとしない。
尻尾を握られて引きずられていくセントバーナードさんの黒い目には涙が溜まっている。
見かねたのか、ママのパピヨンさんが近寄ってセントバーナードさんが掴まれているところをそっと舐めて、旭くんに手を外すように促し、ぐしゃぐしゃになった毛並みを整えてあげている。
「子犬さんは助けてあげないんだ……」
自分の眷属としてセントバーナードさんを呼んだはずなのに、子犬さんは助けるそぶりを見せなかった。それどころか、逃げていた。
ママのパピヨンさんの方が小さいのにセントバーナードさんのママのような振る舞いをしていた。
何も知らないよ。
そんな風に目を逸らす子犬さんに私はため息をついた。
旭くんの一歳の誕生日にはゼリーケーキを作った。
スポンジの上にたっぷりと桃の入ったゼリーを乗せたもので、透明なゼリーの中に入っている桃が綺麗でとても美味しかった。
旭くんは手掴みで顔をケーキに埋もれさせるようにして食べていた。
一歳のお誕生日お祝いに、パパとママは旭くんに靴とお砂場セットをプレゼントした。
お砂場でお砂場セットを使ったことのない旭くんは、目を丸くしてそれを見ていた。
始めにお砂場セットが活躍したのはお風呂だった。
お風呂で水遊びをすると旭くんは興奮してお砂場セットを使う。
バケツに水を入れて、スコップでばしゃばしゃと掻きだし、カップに水を入れる。
楽しくてなかなかお風呂から出ようとしない旭くんにママは苦笑していた。
「砂場で使うようになったら、帰らないって言いだすんじゃないかしら」
「言いそうだね」
「暁ちゃんもお家に帰らないって泣いたのよ」
私が小さい頃のことは覚えていないので言われると恥ずかしくなってしまう。
私が小さい頃も旭くんと同じように成長していったのか。男の子だから旭くんはこれから変わっていくのか、興味があった。
お風呂から上がって、部屋に戻ると、私はタロットクロスを広げてタロットカードを混ぜる。
タロットカードに触るのはほぼ毎日のことで、子犬さんや千草ちゃんの鶏さんと話をするのは、私にとっては日常のことだった。
千草ちゃんや香織ちゃんとその日話せていなくても、千草ちゃんの鶏さんや香織ちゃんの兎さんと話をすれば落ち着くのだから、私にとっては精神安定剤のようなものだ。
セントバーナードさんと話ができるものかタロットカードを置いてみる。
スリーカードという簡単なスプレッドだ。
過去はペンタクルの十の正位置。
意味は、継承。
受け継いだもので成功するという意味がある。
現在はソードの九の逆位置。
意味は、苦悶。
逆位置になると、悪い状況に向き合わないでいるという意味もある。
未来はワンドのエースの正位置。
意味は、生命力。
新しいものに挑戦するという意味がある。
『きてっていわれて、あたひくんのところにきたの。パピヨンママ、たつけてくれる。こいぬたん、たつけてくれない。あたひくん、まもるの、がんばうけど、ぎゅってされるの、やーの。あたひくん、まもうために、おおちくなるの!』
セントバーナードさんはまだ小さいので舌っ足らずだが気持ちは伝わって来るような気がする。
それにしても、子犬さんだ。なんで助けてあげないのだろう。
タロットカードをよく混ぜてスリーカードで聞いてみることにした。
今回は、過去、現在、未来ではなく、原因、現状、アドバイスで聞いてみる。
一枚目のカードは恋人の正位置。
意味は、心地よさだが、そうではなくて私のタロットカードには狼の番が描かれているので、これが子犬さんのことだと分かる。
二枚目のカードはワンドの七の逆位置。
意味は、奮闘。
逆位置になると不利な状況で苦戦を強いられるという意味になる。
三枚目のカードはカップの十の正位置。
意味は、幸福。
平穏な日々に幸福を感じるという意味になる。
『眷属で頼れそうだから呼び出したけど、こんなに泣き虫で弱いとは思わなかった。黒い影に対してはちゃんと対処できてるみたいだけど。僕が近寄ったら、僕まで巻き込まれて掴まれてもみくちゃにされるでしょう。それは勘弁願いたいな。将来、もっと旭くんが大きくなって、セントバーナードも大きくなったら、幸せになれるんじゃない?』
あまりにも無責任な物言いに私は腹が立ってくる。
誰かこの子犬さんを叱ってくれる相手がいないものか。
考えていると、タロットカードが一枚飛び出して来た。
ペンタクルの五の逆位置だ。
意味は、困難だが、逆位置になると、救いの手が差し伸べられるという意味になる。
『呼ぶだけ呼んでそれは酷いでしょう! あの子はまだ子どもなのだから、助けてあげなくてはいけません!』
凛と言ったのはママのパピヨンさんだった。
『子どもの守護獣を助けて教育していくのも、上位の眷属の役目だろう?』
パパのパンダさんも言って来る。
ママのパピヨンさんとパパのパンダさんに見守られて、セントバーナードさんは多くくなって行きそうな気配がする。
「呼んだだけの子犬さんよりも、ママのパピヨンさんとパパのパンダさんの方が頼りになるのね」
呟いてから、私よりもママとパパが頼りになるように、ママの守護獣のパピヨンさんと、パパの守護獣のパンダさんの方が、私の守護獣の子犬さんよりも頼りになるのは当然かもしれないと思ってしまった。
私はパパとママの庇護のもとに生きている。
パパとママがいなければ生きていけない。
「パパとママが私のパパとママで本当によかった」
タロットカードを片付けて、私は布団に入って休んだ。
夢も見ないでぐっすり寝た翌朝、私はお腹がペコペコだった。
昨日の夜は占いをし過ぎたのかもしれない。
私は子犬さんたちと話すとお腹が空くのだ。
「ママ、お腹が空いた。冷蔵庫のトマトソース使っていい?」
「おはよう、暁ちゃん。すぐに朝ご飯の用意をするわよ?」
「ママと旭くんの分も作ってあげる。ピザパンでいいわよね?」
「ありがとう、助かるわ」
ママは旭くんのお尻を洗っていて、朝ご飯が間に合っていなかったので、私がパンにトマトソースを塗って、玉ねぎとピーマンとハムを乗せて、チーズをたっぷり乗せてトースターで焼いた。
出来上がったピザパンをママと旭くんと一緒に食べる。
パパはもう仕事に行っていた。
いつもならばパパが朝ご飯の用意をしていてくれるのだがそれがなかった。
「パパ、忙しいの?」
「旭くんがなかなか寝なくて、寝坊しちゃったのよ」
夜にお腹が空くせいで旭くんはなかなか眠れない。
これもどうにかしなければいけない問題だった。
小さく切ったピザパンを旭くんは上に乗っているハムや玉ねぎやピーマンを摘まんで食べて、その後でパンを食べている。
口の周りがトマトソースだらけになっているのを、ママが拭いていた。
「暁ちゃんがお料理ができるようになって本当に助かるわ」
「いつでもお手伝いするわよ」
「ねぇね、おいち!」
「美味しい?」
「あい!」
旭くんもにこにこの朝ご飯を食べられて、私は朝から幸せな気分だった。
旭くんは一歳。
これからどんどん大きくなっていく。
旭くんが見えることや触れることで悩む日が来たら、私が助けてあげなければいけない。
お祖母ちゃんに相談することもあるだろうが、一番身近にいるのは私なのだから、旭くんを助けなければいけないと思っていた。
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