13.香織ちゃんのパパの登場
デパートの帰り道、私と千草ちゃんは香織ちゃんを送って行くことにした。
私と千草ちゃんはマンションが隣りの棟なので一緒に帰れるが、香織ちゃんは少し離れた場所に住んでいる。
「今日のことが沙織ちゃんにバレたら、自分も行きたかったって泣くと思うから、内緒にしてね」
「分かった、内緒にするよ」
「分かったわ」
香織ちゃんのお願いを私も千草ちゃんも頷いて聞いていた。
香織ちゃんの家の近くに来たときに、香織ちゃんが私と千草ちゃんの手を引っ張って逃げようとした。
何事か分からずにすぐに対応できなかった私と千草ちゃんは、香織ちゃんの家の近くに立っていた男性に声をかけられてしまった。
「香織のお友達かな? 香織、お前からママに言ってくれないか?」
その男性は香織ちゃんの別れたパパのようだった。
「パパとはもう会いたくないって言っているでしょう!」
「ママと大事な話があるんだ。家に入れてくれ」
強引に香織ちゃんを連れ去ろうとする男性に、私と千草ちゃんは顔を見合わせて頷き合う。
「きゃー! 痴漢よー!」
「変態ー! 助けてー!」
甲高い声で叫ぶと男性は怯んで香織ちゃんの手を放した。香織ちゃんを引っ張って私と千草ちゃんは走って逃げた。
建物と建物の間に入って、すぐには見付からないようにしてから、私はパパに電話をかける。パパは今日は休みだったが仕事が終わっていなくて事務所に出ていた。
ちょうど事務所から帰るところだったようで、パパは電話に出てくれる。
『暁ちゃん、何かあったのかな?』
「香織ちゃんのパパが香織ちゃんの家に押し入ろうとしてるの。すごく嫌な感じがした」
香織ちゃんのパパの周りには黒い影が見えていた。
黒い影に取り込まれそうになっているのは、悪いことを考えている大人だと私には経験上分かっていた。
『すぐにそっちに向かうから、できるだけ安全なところにいて』
パパに言われて、私は「はい」と答えた。
電車の駅から近い場所だったので、パパは十分とせずに私たちのところに来た。
パパと合流できて私も千草ちゃんも香織ちゃんも安心していた。
パパと一緒に香織ちゃんの家に行くと、あの男性はまだ香織ちゃんの家の周りをうろうろしていた。周囲に黒い影が立ち上っている。
「香織、帰って来たんだね」
「近寄らないで!」
「ママに大事な話があるんだ」
訴えかける男性に、パパが香織ちゃんとの間に入って香織ちゃんを守ってくれる。香織ちゃんの兎さんも毛を逆立てて威嚇しているし、パパのパンダさんもどっしりと構えて威嚇している。
「卯崎さんの弁護士ですが、話は全て弁護士を通してするというお約束だったはずです」
「そ、それは……」
「香織ちゃんに近寄らないでください。これ以上卯崎さんの家に迷惑をかけるようでしたら、警察に連絡しますよ?」
「妻に話があるだけなんだ」
「そのお話は、私が代わりに聞きます」
こういうとき女性はどうしても男性の威圧に弱い。そういうときに守るために弁護士がいるのだとパパはいつも言っている。
「この家は俺の金で買ったものだ。返して欲しい」
「御冗談を。慰謝料として卯崎さんに家の権利は移っています」
「住ませても貰えないのに、ローンを支払い続けろなんて、冗談じゃない! 暮らしが苦しくて子どもたちと住む家を追い出されそうなんだ」
香織ちゃんの別れたパパは、暮らしが苦しくなって元の彼女と子どもと住んでいた部屋を追い出されそうになっている。
それで、香織ちゃんの家を取り上げようと来たのだった。
「養育費の支払いも滞ってますね。法的措置を取ってもいいのですよ」
「何をする気だ!?」
「銀行口座の差し押さえとか……」
「それだけはやめてくれ!」
パパに取り縋っている男性を、パパは片手で軽々と払う。
「二度とこちらには来ないことですね」
「頼まれても来るか!」
男性は捨て台詞を吐いて逃げて行った。
パパが震えている香織ちゃんのところに私を押しやって、私が香織ちゃんの背中を撫でる。香織ちゃんの家のインターフォンを押すと、香織ちゃんのママと沙織ちゃんが出てきた。
「怖かった……出て行ったら何をされるか分からなくて、香織ちゃんがいたのはわかっていたのに、出られなかった」
「いいのよ、ママ。沙織ちゃんもいたんだもの。無事でよかった」
香織ちゃんは香織ちゃんのママと沙織ちゃんのところに飛び込んで抱き付いていた。
「私の父親も酷かったけど、世の中にはもっと酷い父親がいるものね」
慰謝料で譲り渡した家を取り返そうとして来たり、香織ちゃんを使って香織ちゃんのママを脅そうとしたり、あの男性は特に酷かった。
黒い影にも憑りつかれていたし、近々飲み込まれてしまうのではないだろうか。
それでも私は構わないと思っていた。
香織ちゃんを不幸にさせようとした相手が黒い影に取り込まれたところで、私が何かしてやる義理はない。
香織ちゃんの家に二度と近付かないと言っていたから、被害が香織ちゃんに向かうことはないだろう。
「暁ちゃんのパパ、本当にありがとうございます」
お礼を言う香織ちゃんに、私のパパは微笑んでいる。
「僕は卯崎さんの弁護士として雇われているからね。仕事をしただけだよ」
「本当に助かりました。わざわざ来てくださって」
「ちょうど帰る途中で、電車が最寄り駅に着いたところだったんです」
香織ちゃんのママからもお礼を言われているが、パパはあくまでも仕事という姿勢を崩さなかった。
パパと一緒に千草ちゃんと私で歩いてマンションまで帰る。
「香織ちゃんを送ってあげてよかった」
「こんなことになるなんて思わなかったものね」
私と千草ちゃんが話していると、パパが私の頭をがしがしと撫でる。
「三人ができるだけ離れないこと。暁ちゃんはそれを実行できたね。とても偉かった」
「香織ちゃんは一人で帰るけど、私と千草ちゃんは二人でしょう? それなら、香織ちゃんを送ってから千草ちゃんと帰った方がいいって思ったのよ」
「すごく賢明だったよ」
褒められて私は嬉しくなる。
楽しい特大の桃のパフェを食べた帰りにこんな事件が起きてしまって、少し残念だったけれど、最終的にはパパが助けに来てくれて大事にはならなかった。
「パパにすぐに助けを求めてよかった」
「暁ちゃんのパパは頼りになる素敵なパパね」
私と千草ちゃんで話していると、パパが真剣な顔になっている。
「子どもたちだけで解決しようとせずに、大人の助けを求めたのは本当に偉かったよ。成人男性を相手にするのはとても危険だからね」
「パパはすぐ来てくれてありがとう」
「約束だったからね。何かあったら暁ちゃんは助けを求める、僕はそれに応える」
パパのはっきりとした態度があったからこそ、私はすぐに助けを求めることを考えた。パパはいつでも助けを求めていいと言ってくれるからこそ、私は躊躇うことがなかった。
「千草ちゃんも、困ったことがあったら何でも言ってくれていいからね」
「私は私のパパにまず相談するわ」
「それはそうだったね」
千草ちゃんと新しいパパも関係は良好なようだ。
千草ちゃんの明るい笑顔を見ていると、私も嬉しくなってくる。
「暁ちゃんのお家に少しだけ寄ってもいいですか?」
「いいよ。千草ちゃんのママに連絡しておこう」
千草ちゃんのお願いに、私のパパは千草ちゃんのママに連絡してくれた。
私の家に来ると千草ちゃんは部屋で私に言った。
「気になっているの。香織ちゃんの別れたお父さんのこと。暁ちゃん、見ることができる?」
タロットカードで占えるかと千草ちゃんに問われて、私はタロットクロスを机に広げて、タロットカードを丁寧に混ぜ始めた。
タロットカードが混ざると、三枚のカードで見るスリーカードというスプレッドを組む。
一枚目は過去。
ソードの七の正位置が出た。
意味は、裏切り。
裏でこそこそと画策するという意味がある。
二枚目のカードは現在。
ペンタクルの九の逆位置。
意味は、達成だが逆位置になると、嘘や偽りで成功を狙うという意味がある。
三枚目のカードは未来。
塔のカードの逆位置だ。
意味は、破壊。
逆位置だと、じわじわと後々までショックを引きずるという意味がある。
『香織ちゃんの別れたお父さんは、ずっと裏で香織ちゃんと香織ちゃんのお母さんを裏切っていた。その報いが今になって出ているわ。嘘や偽りでどうにか取り繕おうとしているけれど、成功しないわね。破滅に向かって一直線よ。きっと、あっちの家族にも捨てられる』
千草ちゃんの鶏さんの声が聞こえる。
内容を千草ちゃんに伝えると、千草ちゃんは苦い顔をしていた。
「二つの家族を作ろうとして、結局どっちも失うのね。それも当然だわ」
破滅の道に香織ちゃんの別れたパパが落ちて行くとしても、家族は関係ない。その余波が香織ちゃんたちに及ばないことを私は祈っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます