◆裏側

 ベルナデットは椅子に座ると、ほっとため息をついた。


「なんだか複雑な気分だわ」


 ベルナデットは、夫であるシア・ロレーヌのことが少し怖かった。紳士的なリチャードに比べ、ロレーヌは口数が少なく、言葉が荒かった。そのことから、恋愛感情はもうないのだが、ベルナデットは、未だにリチャードに憧れの感情を持っているのかもしれない。


 しかし、ベルナデットは、夫がハワード伯爵領に竹の実を植えたことについて、なんとなく理由の見当はついていた。


 ハワード伯爵領に竹の実を植えることで、竹の実を食べた野生生物の巨大化による、市街地への氾濫で、ハワード伯爵領にそれなりの損害を与えようとしていたのだと思う。


 しかし、ベルナデットは、この企みが失敗することに気づいていた。


 ベルナデット達が暮らしている王国では、さまざまな領地に王国の密偵がばら撒かれているという噂があった。


 きっと、我が領地にいる密偵が、すばやく事態を把握してこの企みを阻止してくれるだろう。そう思っていたのだ。


「密偵ね……」


 ベルナデットは目を細めると、視線を扉の外にやった。



トントントン


「失礼します」


 扉を叩く音が聞こえると、いつものように何を考えているか分からない従者、ノートが紅茶を持って訪れた。


「……」


 ベルナデットは疑い深い目でノートを見ると、はあ、とため息をついて遠い目をした。


 ノートは変わらず微笑んでいた。


「分からないものね」


 ベルナデットは紅茶に手をやると、そっと持ち上げて口に運んだ。

 温かい紅茶はちょうどいい甘さで、疲れた心をやさしく癒してくれた。


☆★☆


 ベルナデットの夫、シア・ロレーヌは、ハワード伯爵こと、リチャードのことが嫌いであった。


 学園に通っていた時代から、シアはベルナデットに恋をしていた。

 遠目で眺めるベルナデットは気品があり、艶やかな猫っ毛を靡かせる姿と、その動作はとても魅力的であった。


 しかし、シアは早い段階で、ベルナデットがリチャードに恋していることに気づいてしまった。

 ベルナデットの視線は、いつもリチャードのところに存在していた。


 結果的に、シアはベルナデットと政略結婚をすることになったのだが、二人の間に子供が存在することはなく、シアは未だにベルナデットがリチャードのことを想っているのではないかと、気が気ではなかった。


 さらに、リチャードが裕福に暮らしているのに比べ、シア達は貧乏貴族であった。


 シアは、何もかも自分より優れているリチャードに嫉妬して、今回の企みで少しでもリチャードに損害を与えようと考えたのだ。

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