第23話 美味しそうな香り

 日光が顔に当たり、目をしょぼしょぼさせた梨紗は、大きく伸びをした。

 ぴょんとベットから降りると、新しくつけてもらった猫用ドアをくぐり、厨房へ向かった。


くんくん


「……!」


 厨房が近づくにつれて、甘い香りが漂ってくる。いつものジューシーな香りと違うが、これもまた美味しそうな匂いであった。


 じゅるり


 梨紗は瞳をキラキラと輝かせた。最初は歩いていた肉球が、早歩き、小走り、疾走と徐々にスピードが増して、ついに全力疾走で厨房を目指していた。


 梨紗が近くを通った執事は、何が起きたのか理解できず、廊下を歩いていたウィリアムは梨紗に足を取られて盛大にこけた。とんだとばっちりであった。


 あっという間に厨房に到着すると、梨紗は止まり切れずに厨房に突っ込んでしまった。


ぎゃりぎゃりぎゃり

バターン


「ふぎゃーーー!」

「きゃあーーー!!」


 梨紗はぶつかった誰かにしっぽを踏まれた。踏んだ調理員もすごい悲鳴を上げていた。

 

「おい、ブラック。大丈夫か? ……ぐふっ」

「笑うな! ごほん、……お前は何も聞かなかった。そうだろ?」


 あまりにも真剣な調理員の表情に、同僚はとうとう腹を抱えて爆笑した。


「ぎゃはははは! あっはっはっは! ひー、腹が痛え。」

「……」


 そんなことはお構いなしに、梨紗は白色白衣一色の足元を潜り抜けて甘い香りの料理を探していた。


 甘い香りが漂ってくるところを発見すると、そこには白い世界白衣で唯一の青色エプロンたたずんでいた。特注の調理用衣服を着たメリッサである。


 梨紗はそこら辺にいる調理員の背中によじ登ってメリッサの手元を覗いた。


 ばりばりばり

 いててててっ


 メリッサは、適当に混ぜ合わせた薄黄色の生地を、一口大のカップに流し込んでいるところだった。


(こ、これはまさか……!)


 カップをトントンして平らに慣らすと、オーブンに並べて蓋を閉めた。


「奥様、これは期待できますね。」

「そうね。」

「しかし、なぜ突然マフィンを焼こうと思ったのですか?」

「……。」

「もしかして、ステラ様に、ですか?」

「……マフィンが好き。そう言っていたわ。」

「奥様……。」


 料理長は上を向いて涙を堪えた。

 それを見ていた梨紗は、メリッサの足元にそっとすり寄った。

 梨紗に気づいたメリッサは頭に触れようとするも、調理中であることを思い出して右往左往した。


「奥様、後で手を洗えば大丈夫ですよ。」

「……そうね。」


 メリッサは頬を染めると、梨紗に優しく触れた。それを見た調理員一同には笑顔があふれ、どこか暖かいおだやかな空気が流れていた。


チーン

ガタガタガタ……キキイ 


 しばらくすると、マフィンが焼き上がったようだ。梨紗がよだれを垂らした丁度その時、家の前で馬車が到着する音が聞こえた。


(ステラが帰ってきた!)

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