第24話 ステラの好物

たたたたたたたっ


『ステラ、おかえり!』


 ステラが馬車から降りると、梨紗が屋敷から走って来た。

 しかし、いつもは両手を広げて待っているステラは、地面を見てぼーっとしていた。


 そのことに気づくと、梨紗はだんだん減速していった。とうとう立ち止まった梨紗は、不思議そうにステラを呼んだ。


「にゃー(ステラ?)」


 梨紗の声を聞いたステラは目を見開くと、初めて梨紗に焦点を合わせた。

 瞬間、ステラの瞳が真っ黒に染まって見え、梨紗は一度目をつむった。再び目を開くと、琥珀色の澄んだ瞳が梨紗を映していた。


(……?)


 梨紗は誤魔化す様に自分の顔を毛づくろいすると、ステラの肩に飛び乗った。

 梨紗によって衝撃を受けたステラは、一歩一歩、慎重に屋敷への道を踏み出すのだった。


「トラちゃん、重い……。」


☆★☆


 ステラ達がリビングへ到着すると、めずらしくメリッサとウィリアム、エドワードがそろってテーブルを囲んでいた。


 こちらに気づいたウィリアムは、梨紗をこっそり睨むが、その瞳は若干涙目であった。


 そんなことを知らないステラは、三人を見て顔を伏せたが、侍女に促されてそっと席に着いた。ステラは今、一刻も早くこの居心地の悪い場所から逃げ出したい気持ちだった。


「ステラ様、本日のお茶請けはマフィンでございます。」

『マフィン……!』


 ステラはその言葉を聞いた途端に、今まで考えていたことを忘れてパッと顔を上げた。

 侍女は丁寧に紅茶を入れると、積み上げられたマフィンを2つ皿に取り分けた。ステラはその様子をそわそわしながら見ていた。


 ステラがマフィンに手を伸ばしかけたその時、ウィリアムは突然しゃべりだした。


「母上、父上に妾がいたということは、事実ですか?」


ガタッ


 ステラは伸ばした手をテーブルにぶつけた。


 その音をきっかけとして、重苦しい静寂が訪れた。メリッサは視線を彷徨わせ、エドワードは唖然としていた。


「今日、学園で噂を聞きました。実は、その妾は父上を捨てた後、ステラを産んで……」

「ウィル!」


 普段無口なメリッサが大声を出したことで、ウィリアムは驚いて言葉を失った。


「あなたが知る必要のないことよ。」


 メリッサはそう言うと、複雑な表情でリビングから去っていった。


 エドワードは度肝を抜かれた様子で固まっている。衝撃的な出来事の数々に、頭の処理が追いついていないようだ。


 ウィリアムは再び何か言おうとするも、気配なく牙を剥き出しにした梨紗がそばにいることに気づき、顔を青くして席を立った。


 梨紗が一歩踏み出した瞬間、ウィリアムは変な言葉を発して物凄い勢いでリビングから去った。


「ねこぉーー!」


 梨紗はそのままウィリアムを追いかけていった。


「なんなんだ、いったい……」


 エドワードは疲れた表情でステラの方を向くと、そこに人はいなかった。

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