◆フードの男

 時は雨の日に戻る。


 流浪の冒険者トマスは、いつものようにギルドで魔物を換金して、宿屋に戻る途中であった。

 ふと、目線を上げると、鉛色の雲が空を覆っている。思わず、トマスは顔をしかめた。


(嫌な天気だな……)


 フードを深く被り直そうとしたその時だった。


 どこかうつろな目をして黒いモヤのようなものをけている少女が、ふらりと右の路地から現れた。

 トマスは束の間、不意を受けて少女としまった。


(しまった、闇の精霊憑きか!)


 少女は去っていったが、黒い精霊幽霊はトマスの方に憑いて来てしまった。背中が重い。

 トマスは精霊が見える体質だが、その分、精霊に憑かれやすいのである。


(くそっ、はやく宿に戻らなければ……)


 黒い幽霊は周囲の湿気や負のオーラを吸収し、人に悪影響を及ぼしてしまう。

 雨が降りそうな天気である以上、すばやく屋根のある所に避難することが大切だという事を、トマスは知っていた。


 フードを深く被り、重くなる体を引きずって歩いていると、トマスは前から来た誰かとぶつかってしまった。


「すみません! 大丈夫ですか?」

「ああ……すまない。大丈夫だ。」


 ぶつかった少女に会釈して宿屋に帰ろうと急いでいると、トマスは背中が軽くなっていることに気づいた。

 慌てて少女がいた方向を見るも、そこに少女はいなかった。


「ほんとうに、すまない……」


 無力なトマスは精霊をはらう力がないため、とぼとぼと宿に帰ることしかできなかった。

 悔しい想いを抱えながら、歯を食いしばって踵を返す。


(……そろそろ違う街に移るか)

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