第30話 親子

「馬車にはねられたような衝撃が……あれ? トラちゃん?」


 ステラが梨紗を見た時、梨紗は廊下で香箱座りをしていた。ステラは混乱しながら梨紗をもふった。


「トラちゃんにはねられた……?」


 梨紗をもふっていると、ステラの心がだんだん落ち着くのを感じた。


「そもそも私、何しようとしてたんだっけ。確か、伯爵様を殺して私も死のうと……いやいや、おかしいよね。」


 梨紗はステラを見てとうなずいた。


「死んだところで何も解決しないじゃん。……よく考えたら、伯爵様が噂の発信源とも限らないよね。よし、考えるだけじゃわからないから、直接聞きに行こう!」


 そうと決まれば、すぐさまリチャードの部屋へと向かった。もちろん梨紗も一緒である。


 リチャードの部屋にたどり着くと、部屋からメリッサの声が聞こえた。ステラ達は邪魔にならないように部屋の前で待機した。


「……先日は、ごめんなさい。」


 二人の間に沈黙が訪れた。メリッサの突然の謝罪に、気になったステラは自然と耳を澄ませていた。


「少し驚いたが、理由があるんだろう? 君が感情的になるのはいつだって、人のためだからな。……何があったか教えてくれないか?」

「実は……。」


 数日前から、アリサがリチャードを捨てたという噂が貴族の間で広まる。そのことを知ったステラはふさぎ込んでしまう。メリッサはその原因となった過去を思い出し、思わずリチャードに当たってしまった。と、メリッサはリチャードに伝えた。


 リチャードはその話を聞いた後、眉根を寄せて考えた。


「なぜアリサが私を捨てたという噂が広まっているんだ? 事実無根だろう。確かに、アリサがこの家を去ってしまった当時は捨てられたと思うこともあったが、今は違うということを知っている。……ふむ、客観的に見て私を陥れたい誰かが流した噂だろうな。一度調べてみよう。」


 リチャードはそう言って部屋の扉を開けた。


(まずい!)


 ステラは慌てて廊下の曲がり角に隠れて息を潜めた。幸い、リチャードはステラが隠れた廊下と反対側へ向かったようで、何とかやり過ごすことができた。


「ステラ?」


ぎくり


 ほっと一息ついた時、突然メリッサに話しかけられたステラは、飛び上がりそうなほど驚いた。


 思わず後ろに下がろうとするも、なぜか後ろに下がれなかった。焦ったステラは、素早く足元を確認すると、梨紗が頭を地面につけてごめん寝をしていた。


 ……覚悟を決めたステラは、メリッサに向き直り、思いっきり頭を下げた。


「メリッサさん! 今までたくさん心配をかけて、ごめんなさい!」

「……お母様って、呼ばれたいわ。」


 しばらくして聞こえた優し気な声に、ステラは思わず顔を上げてメリッサを見た。


「お母様……?」


 メリッサはその言葉を聞くと、涙をぽろぽろこぼしてステラを抱きしめた。


「ステラ、つらいことがあったら相談してくれていいのよ。貴方は私の大切な娘。一人で苦しんでるのを見ると私もつらいわ。」

「……ごめんなさい。」


 ステラの目元がキラリと光ると、その頬を伝って静かに流れた。

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