第29話 先輩

ぱちり

 

 目が覚めたステラは、寝ぼけ眼でぐったりと起き上がった。

 

ぐきゅるるー


 久しぶりの空腹を感じたせいか、無意識に、そのまま扉を開けて部屋を出た。毛足の長い絨毯の上をスリッパで歩いていると、だんだん頭がはっきりしてきた。


「なんで今までずっと部屋に閉じこもってたんだっけ? ……ああ、そっか。お母さんのことを悪く言われて、許せなかったんだ。伯爵様がお母さんを捨てたのに、言ってることはまるで被害者の様だから。お母さん、私を産んだから死んじゃったんだよ。伯爵様がいなければ、私が産まれることもなかったのに……。」


 ステラはとりとめのないことを考え、思考の渦に飲み込まれた。


「そうだよ、私が産まれなかったらお母さんは死ななかったんだ。私が死んだらお母さんは帰って来るかな。……。そうだ、伯爵様を殺して私も死のう。そうしたら、すべてが元通りになるね! ははっ、あはは「にゃー!(ステラ!)」」


ぐはっ((


 ステラの背中に強烈な蹴りがはいり、前から地面に倒れる。すると、ステラの中から黒い大きなもやがこんこんと湧き出てきた。


 その黒い幽霊は、小さい頃からステラに取り憑いていたものだ。長い時間をかけて負の感情を集めてきたのだろう。それによって、ステラはよりネガティブな思考に取り憑かれていたのだ。


 ステラは地面からふらふらと起き上がると、目を回して座り込んだ。しかし、暗かった目は光を取り戻していた。


 今回の事件は、ステラが小さいころに憑いた黒い幽霊が、ステラの成長とともに少しずつ同化することで、より多くの負の感情を引き寄せてしまい、生霊化いきりょうかが起こってしまったことが原因だった。


 その様子を見ていた梨紗は、事件を終わらせようと爪を出して手を振り上げた。その時、たまたま近くを通りがかったマドレーヌ先輩が、黒い幽霊をぱくりと食べてしまった。


えっ!?


『ま、マドレーヌさん、何してるんですか! ぺっしてください、ぺっ!』


 びっくりした梨紗は慌てて吐き出すよう促すも、マドレーヌはもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。


『もぐもぐ……ごくり。ふむ、なかなか良い出汁だしでてるじゃない。メリッサに憑いてた赤いのより、うま味があっておいしいかも』

『マドレーヌさんのお腹ぽんぽん、大丈夫ですか……?』

『ふふん、平気よ。おやつおやつ~♪』


 マドレーヌはそう言ってしっぽをふわりと立てると、とご機嫌そうに去っていった。


『マドレーヌ先輩、さすがです……!』


 梨紗は尊敬のまなざしでマドレーヌを見送った。

 その後、梨紗は状況を把握していないステラに気づき、表情を戻すと、これからのことを考えてしっぽを下げるのだった。


(ステラ……ごめんね。)

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