第28話 帰還

(紙袋……そうだ!)


 梨紗は、机の上にある紙袋を、前足で引っ掛けて落とした。口に咥えてそのまま猫用ドアを通過しようとすると、紙袋が詰まった。

 めんどくさくなった梨紗は、紙袋を口に咥えたまま、ジャンプして部屋のドアを開けた。そのままリチャードの部屋へ向かった。


ふわり


 梨紗が去った部屋、そこでは、人知れず、大きな一枚の黒い羽が空を舞い、溶けるように消えていった。


☆★☆


 梨紗がちょうどメリッサの部屋の前の廊下を通ろうとした時、目の前を大きな影がさえぎった。

 そこには、グレーの毛並みに金色の目、ゴージャスな胸元の毛がある巨大な猫。メインクーンのマドレーヌがいた。先住猫である。


『あなた、ちょうどいいものを持っているわね。よこしなさい。』

『ごめんなさい。渡す人が決まってるので、あなたにはあげられません。』

『あら? そうなの。残念だわ……。』


 マドレーヌはもふもふなしっぽをふわりと揺らすと、スッと立ち上がり、たるんでいるお腹(猫好きの間ではこれをルーズスキンと言う)を揺らしながらどっしどっしと去って行った。


 梨紗は、遠くなっていくマドレーヌから、『ぐきゅるるー……』という音が聞こえた気がした。巨大猫は代謝がいいのかもしれない。


 気を取り直した梨紗は、リチャードの部屋に向かうと、ドアは開けっぱなしのままだった。梨紗はそっとリチャードの部屋に入った。


 ステラの生霊は、鬼の状態からステラに戻っていた。それでも、リチャードはうなされたままであった。梨紗はステラの前に飛び出すと、咥えていたしわくちゃの紙袋をずいっと生霊の前に掲げた。


『ん? この匂いは、くんくん……マフィン!』


 梨紗が紙袋を動かすと、生霊の視線もついてくる。生霊が手を伸ばしたその時、梨紗は「今だ!」とばかりに走ってステラの部屋へ向かった。


『待って!』


 ステラの生霊は滑るように梨紗を追いかけた。梨紗は前を向いたまま只管ひたすら走り、ステラの部屋に滑り込んだ。


(ぜーぜー、ど、ドア開けといて良かった……。)


 梨紗が紙袋の中をあさってマフィンを取り出した時、ドアをすり抜けた生霊は、すぐに梨紗に追いついた。視線はマフィンに釘づけであった。


 梨紗は飛び付いて来た生霊をかわすと、寝ているステラの口の中にマフィンを押し込んだ。すると、マフィンを追いかけた生霊は、そのままステラの中に吸収されていった。


ぱちり


 突然目を開けたステラは、口に入ったマフィンをもぐもぐと咀嚼した。


「おいしい、おいしいよ……。」


 しっとりとしたマフィンの優しい甘さに、ステラは涙が止まらなくなった。暗かったステラの表情は明るくなり、透き通った琥珀の目はきらきらと溢れた。


(ガイ、ステラの平穏を、守ったよ……!)


 達成感に包まれた梨紗は、ある決意をすると、マフィンを食べて再び眠ったステラに寄り添い、一寝入りするのだった。

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