第31話 ごはん待ち

 化粧を直しに行ったメリッサと一度別れ、ステラ達は朝食を食べるために食堂へ来ていた。


 執事が椅子を引き、ステラはお礼を言いながらテーブルの端っこに座った。他には誰もいない。


 ステラが一番乗りのようだ。梨紗はいつもの定位置であるステラの足元にちょこんと座ると、からのお皿を見つめて期待に瞳を輝かせた。今日のごはんは何だろう?


(誤解、だったんだ……。)


 ステラは真っ白なテーブルクロスをぼんやりと眺め、メリッサとリチャードの会話と、今までの出来事について思い出していた。


 最初会ったときは、ステラはまだリチャードを恨んでいなかった。当時は、リチャードが母と別居していた理由を考えることはなく、『私に父親なんて居たんだ。』そんな気持ちで、無意識に思考を停止させてたのかもしれない。


 きっかけはクラスメイトの言葉だった。母とリチャードが別れたことを実際に聞いたことで、『なぜ母が生きているうちにリチャードは会いに行かなかったのか。』そんな疑問がステラの心の中でくすぶった。


 誰にも相談できずに、一人で抱え込むことで思考がどんどんネガティブになり、数日部屋にこもったステラは気持ちを切り替えるため庭へ向かった。


 しかし、偶然エントランスホールで聞いてしまったのだ。『捨てられたと思っていたんだ……。』というリチャードの言葉を。


 その時、ステラは思った。『なぜリチャードが被害者面しているんだ。』と。亡き母を想うステラは怒りと恨み、悲しさでいっぱいになったが、それはステラの誤解であったのだ。


 先程メリッサと話していたリチャードの言葉には、後悔と悲しみが滲んでたから。


 ステラがいろいろと考えこんでる間に、ウィリアムとエドワードがテーブルの席に着いた。


 ウィリアムは何度か椅子を座り直し、エドワードはステラの様子を窺い眉を下げた。ステラは二人に気づくと、意識して笑顔を作った。


(いちいち悩むのはめんどくさいな。えーい、直接聞いちゃえ。)


「ウィリアム兄様、私の小さな脳みそでは、どんなに考えてもあなたに嫌われている理由がわかりません。どうか、私に教えてくださいませんか?」


 ウィリアムは目線をそらして気まずそうな顔をすると、ちらりとステラを見て小声で言った。


「家族に好かれているステラが怖いんだ。」


 ウィリアムは、絶対に目をそらさないステラに、覚悟を決めたのか、ぽつり、ぽつりと話し始めた。


 そもそもウィリアムは、平民が伯爵家に来ることを自体を嫌っていた。高貴な家に卑しい平民が居候し、さらに家族として迎えなければいけないのか、と。


 幸い表情を取り繕うことが得意だったので、素の自分をひた隠し、我慢してきた。だが、それにも限界が近づいていた。


 いつも自分に厳しい父上がステラには優しく接し、不器用な母上もどこかステラを気にかけている様子に、ウィリアムは耐えられなくなってきたのだ。


 このままでは弟まで取り込まれてしまう。


 そう思ったウィリアムは、学園の人脈を使い情報を集め、ステラに嫌がらせをする為、ある噂を流した。


 お前の母は平民らしい下劣げれつな行いをしているぞ、と。


 しかし、めったに怒らない母上に冷たく突き放されたことで、ウィリアムは今までの行動に不安を覚えた。


 やりすぎたかもしれない。ウィリアムはステラを悩ませたかった訳ではなく、怒らせることでステラの本性を家族に知らしめたかったのだ。


 ステラは最後までウィリアムの話を聞くと、悲しそうに眉を下げた。


「私、皆さんに嫌われてると思っていました。話しかけてもあまり会話が続かず、迷惑がられているのだと。でも、違ったんですね。皆さんは優しかった。……そう、ウィリアム兄様、貴方もです。」


 その言葉に、ウィリアムだけでなくエドワードもぎょっとした。


「ウィリアム兄様は、最初から私が嫌いだったけど、そのことを決して表に出さなかった。……私を悲しませることがないように。優しい兄様は、嫌っている人でさえ傷つけたくなかったんです。だから、大好きな家族をよそ者にとられるのに耐えれなくて、憎しみが募ってしまった時も、最後には私と向き合ってくれた。……私は、そんな優しい兄様達と、本当の家族になりたいです。」


 エドワードは、目の前で繰り広げられる二人の会話を聞いて涙した。意外と涙もろいようだ。ウィリアムはステラをじっと見て真意を確かめた後、真剣な表情で言った。


「すまない、ステラのことを勘違いしていた。平民は皆貴族に媚び売ってる卑しいやつだと思っていたけど、物事を自分で考え、裏表なく筋の通った意見をいう人間もいるんだね。……いままで悪かった、妹よ。」

「兄様……!」

「……。」


 エドワードが感動して涙を流していることに気づいたステラとウィリアムは、顔を見合わせると、自然と笑顔になった。


「エドワード、お前泣き過ぎだぞ。」

「……。」

「エドワード兄様、眉間にしわを寄せてるのは、もしかして、困ったときの癖ですか?」

「そうなんだよ。怒ったように見えて誤解されやすいんだよな?」

「……うるさい兄上。」


 エドワードをからかっているうちに、メリッサとリチャードも集まった。久しぶりに家族5人で食べる食事は温かく、お腹いっぱいになったステラの心は幸せに満たされるのだった。


 ……ちなみに、マドレーヌ先輩は社長出勤であった。もぐもぐ。

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