第三章 メモリー

第33話 猫じゃらし

 街の外に追い出された梨紗は、平らな土の地面を歩いていた。


 最初はステラ達とお別れできなかったことを後悔していたが、遠くに広がる竹林を見て徐々に湧き上がってくるわくわくを抑えることができなかった。


『冒険……!』


 きょろきょろと辺りを見渡していると、少し離れた所で馬車が停止した。


 馬車から出てきた人が近くに屋台を設置し始め、何かを焼いているのか美味しそうな香りが漂ってくる。


 どうやらここは、屋台が開けるくらい比較的安全な場所のようだった。通りがかった人々が屋台の方へ引き寄せられた。


『甘辛いたれが焼ける芳ばしい香り、ジューシーさを感じられる素敵な音楽、そして、なによりお腹が言っている。これは……ステーキ素敵!』


 梨紗はすぐさま肉を焼いている屋台へ走っていこうとするも、なんとか踏みとどまった。


『だめだ、今の自分には何も返せるものがない。あきらめよう……ぐすん。』


 梨紗は心の涙が溢れないよう、なんとなく上を向いた。


『ん?』


 見えた景色に違和感を覚え、改めて空を見上げる。


『なんじゃこりゃ!?』


 そこには、吸い込まれそうなほど真っ黒なまるい物体が上空に存在していた。これを見た梨紗は、ここが異世界だということ改めて認識せざるを得なかった。


 どこまでも不気味に存在する円い物体は、太陽の隣で黒々と存在感を放っていた。


『……まあいっか。とりあえずごはん探そう。』


 目を逸らして現実逃避した梨紗は、ごはんを探すついでにずっと気になっていた竹林の方へ向かうことにした。


たったったったっ………………

てくてくてく…………

とぼとぼ……。


 歩いても歩いても竹林に辿り着けず梨紗の心が折れそうになった時、一瞬変なものを視界の端に捉えた。


『えっ。』


 梨紗は思わず二度見すると、たくさんの猫じゃらしを身に付けた厳つい顔の人間がそこにいた。逃げていく野良猫を見て肩を落とし、ぽとりと落ちた猫じゃらしが悲壮感を漂わせていた。


『……おまわりさーん。』


 ドン引きしながらも少し哀れに思った梨紗は、控えめに近づいて対話を試みた。


「にゃー……(どうされたんですか?)」

「あの時の猫……?」


 お兄さんは心なしか表情を明るくすると、猫じゃらしを拾って梨紗の鼻先に近づけた。


へぶしっ!


 どうりで猫が寄ってこないはずだ。動いてない猫じゃらしには全く魅力が感じられない。さらに、猫じゃらしを身につけているのは大きな厳つい顔の人間である。どんな野良猫でも走って逃げるだろう。


「ギルだ。冒険者をやっている。大好きな猫に、なぜか逃げられてしまうんだ。……うちの子にならないか?」


 恐る恐る差し出したお兄さんの手に、これも何かの縁だと思った梨紗はそっと肉球を乗せた。


(肉球……!)


「そうなったら呼び名が必要だな。キジトラ柄に緑の瞳……リョクはどうだろう? よし、リョクで決まりだな」


 そう言ったギルは不器用な笑顔でほほ笑んだ。梨紗は、変な人の相棒になったな……と思うも、悪い気がしないのだった。

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