第38話 消えた主人公

ガサガサガサ


 茂みからひょこりと顔を出した梨紗は、ギル達とはぐれたことに気づいた。辺りに人は誰もいなかった。


『……。』


 梨紗は無言で竹林の奥へ向かった。野生生物の近くを通るも、なぜかしっぽを下げて歩く梨紗の存在に気づく様子はなかった。


 梨紗は少し疑問に思ったが、特に気にすることはなかった。


 進めば進むほど、風景に変化が感じられた。


 雑多に並ぶ渋い緑色の竹には、新緑の蔦が巻き付き、所々に黄色い花を咲かせた。


 実っているプラムのような赤い実からは、蜂蜜のような甘い香りが漂ってきた。


『あれ、こんな景色だったっけ?』


 道なき道を歩いていると、地面の凹凸に足をとられ、頭から茂みに突っ込んだ。


ふぎゃっ


 何とか茂みの向こう側へ顔を出すと、目の前にはひびの入った大きな竹と、それを囲む様に複数の竹が半円状に並んでいるという奇妙な現象を目撃することになった。


『なんでやねーん。』


☆★☆


 梨紗が消えたことに気づいたギルは、アスカとラインに事情を話し、1人で竹林の奥へ向かった。


 梨紗が竹林の奥深くで道に迷っていることが想像でき、野生生物と遭遇しているのではないかと不安を感じていた。


 もし梨紗が入り口までたどり着いていたら、アスカ達が保護してくれるはずだ。そんな気持ちも後押しして、ギルは不安を表に出さず、緊張感を持って竹林の中を進んだ。


ガサガサ


 野生生物の存在を察知したギルは、素早く竹と茂みの間に伏せて、物音が通り過ぎるのを待った。


ガサガサ、ガサガサガサ……ガサ。


 大の大人と遜色のない大きさの白い狼が物陰から現れ、キューンキューンとしきりに鼻を動かしては地面を掻いた。こちらには気づいていない様子だ。


 そのまま通り過ぎると思い、息を潜めていると、ギルの近くで狼はぴたりと停止した。


グルルルル……


 牙を出した狼は、完全にギルの存在を認識していた。地響きのような低い唸り声を轟かせ、空気を振動させた。


 ギルは静かに立ち上がると、懐から干し肉を取り出し、対面した狼の左側にひょいと投げた。


 狼が干し肉に気を取られた瞬間、ギルは背中を見せないようゆっくりと後退あとずさり、狼から程々の距離をとった。


 ちらりとギルを見た狼は、距離が離れたことで少し安心したのか、干し肉の匂いを嗅ぎ始めた。ぱくりと干し肉を咥えると、狼は再び顔を上げた。


(……?)


 狼は干し肉を地面に落とすと、前足でと地面を叩いた。


(腹が減ってるのか?)


 ギルが懐にある全ての干し肉を投げ終わった時、干し肉を咥えた狼の頬がハムスターのように膨らんでいた。


 狼に似合わないその様子に、油断していたギルは、のそりと狼が近づいてきて咄嗟とっさに固まった。


 狼はギルの胸に頭突きをすると、なんとなく満足そうな様子で、背中を見せて去っていった。


どーん


 尻餅をついたギルに追い討ちをかけるように、狼のふさふさなしっぽがギルの頭をはたいた。


 気まぐれな狼に苦笑したギルは、埃を払って再び梨紗を探しに行くのだった。

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