第14話 パン屋『リスのしっぽ』

 次の日の朝、梨紗はいつものご褒美(ネズミ捕りの報酬)であるごはんをもらうと、カウンターの上で香箱座りをして、お客さんに挨拶していた。


 ときどきお客さんが梨紗の頭を撫でていく。梨紗はすっかり宿屋の看板猫だった。


 朝の時間は宿屋の宿泊手続きだけでなく、朝食を食べに来る人もいる。なので、今の時間が一番忙しいようだ。


 この宿では酒は売っておらず、夕食は早めに提供している。

 ステラ達従業員は比較的早い時間に帰宅しているが、そのかわり朝早くから働くようだった。


☆★☆


 ハワード伯爵は、カレンからパン屋の話を聞いた後、すぐに情報を集め、パン屋『リスのしっぽ』に訪れた。


ガチャリ


「! いらっしゃいませ」


 店主のロイ(ステラの伯父)は素材の良い服を着ているリチャード・ハワード伯爵に気づくと、深々と頭を下げた。


「楽にしていい。聞きたいことがあって来た」

「はい。何でございましょう」

「ここは以前、兄妹で営業してたと聞く。妹の方について詳しい話を聞きたい」

「妹、ですか。……いつも明るく、みんなに元気を与えてくれる人でした」


 店主のロイはそう言うと、リチャードに見えない所でと服を握りつぶした。


「きっかけは、妹のアリサが17歳の時、私と共にアルバ街でパンの出張販売をしていたことでした。ある日突然、アリサは私に内緒で出かけるようになりました。当時はとても心配したのですが、今考えてみると、アリサはその時から恋をしていたのだと思います。18歳のときにアリサの妊娠が分かると、『好きな人に迷惑をかけたくない』と言い、現在の場所、ラグ街に戻ってきました。アリサはこの土地でステラを産むと、難産だったせいか身体を弱くしてしまい、出産数日後、ちょっとした風邪で命を失いました。……ステラの父親はお前か?」


 ロイの目が一瞬、刃物のような鋭い輝きを帯びた。


 話の内容に集中していたリチャードは、ロイに気圧されて息を飲むと、ロイの言葉を頭の中で繰り返した。

 数秒後、リチャードは複雑な表情で目を伏せた。


 その様子を見ていたロイは、ギリっと歯を食いしばった。一呼吸置き、平静を装った口調でリチャードに言った。


「……ステラはここに居ません。今は宿屋『銀のうさぎ』で働いているでしょう」

「すまない。……世話になった」


 リチャードはそう言うと、扉を静かに閉めて出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る