13話 気を失うエリックと白い空間と裁き

「なんで……なんでけなかったの?」


 体をブルブルと振るわせながら言うソフィアちゃん。そんな彼女の切な気な声音に僕は嘆息を漏らし、より強くソフィアちゃんを抱きしめてやった。そしたらソフィアちゃんは持っていた剣を手放した。


「ソフィアちゃんの怒りと鬱憤を全部受け止めないと、仲直りできないと思ってね……」

「……」

「これで気が済んだのかい」

「エリック……私は……あなたに、なんてことを……」


 その瞬間、激痛が走る。


「ん!!」


 血は止まることなく床に滴れ落ちており、ソフィアちゃんのドレスを赤く染め上げていった。


「エリック様!!!!!!!」

  

 あまりの苦痛に僕が顔を歪ませていると、セーラちゃんがタタタっと駆け寄ってくる。そしてサフィナさんも深刻な表情で走ってきた。


 精神がどんどんと朦朧もうろうとしてくる。


「エリック……」

「ソフィアちゃん……ん!」

「エリック!!……これは全部私のせいだ……私が私情を挟んで、意地を張って、感情的になったばかりに……サフィナ!」

「は、はい!ソフィア様!」

「直ちに、私の専属医師を呼んできてくれ!急所は避けたけど、血が出過ぎている……大至急でお願い!」

「はい!かしこまりました!」


 ん……顔がだんだん白くなって、程よい気落ちよさが僕の体を駆け巡っている。これは、ソフィアちゃんの体から発せられる熱によるものなのか、それとも僕の死を告げる快楽なのか。いずれにせよ、確かなことは、このままだと僕は確実に気を失うこと。


 ソフィアを抱きしめていた腕の力が弱まり、腰が抜けてきてそのまま倒れそうになった。だが、ソフィアちゃんが僕を優しく支えてくれたおかげで衝撃を受けることなく、今度は僕がソフィアちゃんに抱っこされる形になる。


「……視界が霞んで……」

「エリック……あなたを絶対死なせない。もし、あなたが死んだら、私も死を選ぶとオリエント大陸を司る大地の神・ガイアに誓おう」

「ソフィアちゃん……」

「エリック……」

「ソフィア様!!とりあえずエリック様の血を止めなきゃいけません!サフィナさんが医者を連れてくる間に布を使って応急措置を施しましょう!」

「あ、ああ!私が今着ているドレスを使うとよい!」


 そんなやりとりを聞きながら、僕の意識は遠のき、やがて、


 僕は気を失った。





 どれくらい経ったのかは分からない。1分?一日?1億年?そんな疑問を投げかけるのは無意味だ。しかし、一つ言えるのは、僕が日本で死を迎えた時に広がった真っ白な空間が見えるということ。


「誠司くん……」


 誠司。山岡誠司。僕の本当の名前。聞き覚えのある女性の声で僕の名前を呼ぶ存在は、残念ながら物理的に確認することができない。実態があるのかも分からない。


「誠司くん……」

「ん……はい」


 深い眠りから意識が覚めた僕はその存在に答える。


「やっぱり、君をオリエント大陸に転生させたのは正しい判断だった」

「あの……」

「うん?」

「どなた様ですか?」

「そうね、私の存在、まだ誠司くんに教えてなかったよね」

「はい」


 不思議と、会話をほとんど交わしたことのない存在なのに、その声は僕の心を安心させていた。


「私はことわりのカケラ」

「ことわりのカケラ?」

「うん!」

「全く理解できませんけど……」

「ふふっ!理解できなくて当然よ!」

「追加情報とかはありませんか?」

「残念だけど、教えられない」

「なぜですか……」






「全てを知ったら、誠司くんの存在そのものが永遠に汚れてしまって、ゲヘナに投げ込まれるからね」




「ゲヘナ?」

「地獄のことよ」

「こ、怖い……」

「安心して。誠司くんは上手くやっている。とても優しくて、正しくて、あの異世界にもっとも必要な存在よ」

「あはは……それは嬉しいんですけど……僕、どうやら死んじゃったみたいで……」

「死んでないよ」

「え?」


 ここって、死んだ人がくるところじゃ無かったのか?


「じゃなんで僕はここにいますか?」

「誠司くんを労うために私が呼んだの」

「そ、そうなんですか!?」

「うん!」

「よかった!まだ仲直りできてないから落ち込んでいたのに……本当によかった!」

「誠司くんにはこれからもいっぱい活躍してもらうつもりだからね!」

「僕、頑張ります!」

「うん!あの美しい3人の姫たちと結婚して平和で幸せな人生を送ってほしいの」

「け、結婚ですね……」

「ふふ、反応がうぶでかわいい。なんでそんなに恥ずかしがっているの?」

「それは……日本では重婚は認められてませんから」

「大丈夫。あそこは一夫多妻制だからね。他の男なら無理かもしれないけれど、誠司くんの優しさなら、きっとあの美しい少女たちを満足させることができる」

「僕は、そんな大した男ではありません」

「ふふっやっぱり、君を選んで正解だった」

「……」

「私は誠司くんを応援している。誠司くんはこれまで15回ほどの暗殺の危機に晒されたけど、私が守ってあげた」

「え!?15回も!?」

「だから安心して活躍しなさい。じゃまた会おうね!」

「え?理のカケラさん!?ん!」


 真っ白だった意識はあっという間に夜空のように暗くなり、脇腹の方に痛みが走る。


 それを確かめるように僕は手で自分の脇腹をさすりながら瞼を開けた。すると、朝を知らせる雀のチュンチュンという鳴き声が耳をくすぐった。そして、僕の下半身に妙な重量感が感じられる。


「ん……」

 

 青い髪、整った目鼻立ち、そして、そこそこある二つの塊。オリエント大陸の三代美女のうち一人と崇められるソフィアちゃんが椅子に座ったままベッドで寝ている僕の太ももを枕がわりにすやすやと寝息を立てている。


 僕はそんな彼女の頭を優しく撫で撫でしてあげた。

 

 セーラちゃんとは違う香りが僕の鼻を刺激する。


 どれくらいの時間が経ったのかは分からない。けれど、脇腹の痛みを除けば、僕の体に不自由はない。なので、僕はベッドから降り、毛布をソフィアちゃんにかけてやった。そして部屋を出る。


「え?エリック様!?」

「セーラちゃん!元気そうだね」

「……エリック様……エリック様!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 包帯が入っているカゴが落ちたことも知らずにセーラちゃんは僕に飛び込んできた。

 

 そして、僕はセーラちゃんの頭を優しく撫でてやった。


 ソフィアちゃんとは違うけど、いい匂いがする。


 セーラちゃんの話によれば、僕はまる五日間意識を失っていたらしい。そしてソフィアちゃんは、巡察業務が終われば、つきっきりで僕の世話をしてくれたという。普通は、使用人にやらせるはずだが、ソフィアちゃんは次期女王の立場でありながら、僕の看病役を買って出てくれた。


 そのことを考えると、ソフィアちゃんがもっと可愛らしく思えて笑みが止まらない。


 セーラちゃんとひとしきり騒いでから、僕らは再び部屋に戻ろうとした。


 僕がなのでドアを開けたら、




 目の前に彼女が立っていた


「……」

「ソフィアちゃん」

「エリック」


 僕の顔を見たソフィアちゃんが急に目を伏せる。僕は、そんな彼女の頭上に手を置き、また優しく撫でてあげた。


「元気かい?」

「……自分の体を気にしてよ……」

「僕は大丈夫だよ。それより僕はソフィアちゃんの顔が見てみたいな」

「……」

「顔を上げて」


 僕は撫でる手を止め、ソフィアちゃんのおとがいに触れた。すると、ソフィアちゃんは顔を上げて、美しい美貌を僕に包み隠さず見せた。


 赤く染まった頬、潤んだ瞳。僕から視線を逸らしているが、それすらも魅力的に映ってしまうのはなぜだろう。

 

 しかし、彼女はちょっと疲れているようだ。


「今まで僕の看病をしてくれてありがとう。もう大丈夫だから、休んでくれ」

「……」


 ソフィアちゃんは何も答えない。彼女は返答の代わりに、急に僕から距離を取っては、すすっと、すばしこい動きで、僕の部屋から抜け出した。そして後ろ振り向いては


「まだエリックは完全に治ってない。だから、ハルケギニア王国の最先端医療技術を駆使して、エリックを治療させる。だから、しばらくの間は、ぐっすり休んでくれ」

「あ、ああ。ありがとう」

「そして……」

「ん?」

「ん……なんでもない。まだエリック起きたばかりだから……」


 そんな含みのある言葉を吐いてから、ソフィアちゃんは去って行った。


 今日を境に、ソフィアちゃんの姿を見ることはできなかった。まあ、ソフィアちゃんは王女でもあり、騎士団長でもあるから、抱えている仕事も多かろう。


 一つ不思議な点は、ここの王族メイドであるサフィナさんが僕を見るたびに、恐怖に怯えた表情を浮かべていたこと。僕をエリック様と呼ぶので、おそらく僕の正体はある程度把握しているのだろう。けれど、あんなに親切だったサフィナさんが、まるで、勝てる確率ゼロの戦場に向かう兵士のように絶望に打ちひしがれる表情をするとは……


 まるで別人のように振る舞うサフィナさん。なんで態度が変わったのか、その理由を知るまでにそう時間はかからなかった。


 2週間後


 治療を受け続けて、痛みも無くなった頃に事件は起きた。


 晩御飯を済ませて、大浴場で気持ちよくシャワーまで終えた僕とセーラちゃんは突然サフィナさんに呼ばれて、この前、剣で勝負をしていた道場へと再びやってきた。


 僕とセーラちゃんは驚くしか無かった。







 ソフィアちゃんの両手が縄によって縛られており、前には、固まった僕の血がついている剣が置かれている。


 ひざまずいてる彼女のそばにいるのは、彼女の両親に当たるハルケギニア王と王妃、そして親衛隊長と思しき男。


 僕の存在に気づいた王が口を開いた。


「イラス王国のエリック王太子殿、待っていました」


 悲壮感漂う面持ちを見せている王。悲しむ王妃。


 気づけば僕は、全身に鳥肌が立っていた。







追記




 いつも2500文字程度に抑えていたのですが、途中で切っちゃうと、不完全燃焼感が半端ないと思い、4000文字くらいになってしまいました。


 悪しからず

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