6話 ソフィアとエリック

「シャインストーンを除けばなんの取り柄もない王国の癖に、調子に乗るんじゃない!」


 貴族は剣幕で捲し立てた。その雄弁に周りの商人や民らは同調し出す。


「そうだそうだ!そっちがシャインストーンの相場を勝手に上げたり下げたりするせいで、こっちは安定的な経営ができないんだよ!」

「てえめえらはとても傲慢で、礼儀を全くわかってない!」


 口々に騒ぐハルケギニア王国の人々は、いつしか僕たちを取り囲んだ。


 これはいくら弁明しても向こうは絶対納得しないだろう。集団心理と群集心理。人は集まれば、どんな悪魔でも簡単に作り出せる。


 最も、この場合は、根拠のない怒りではない。今までイラス王国は王族だろうが、貴族だろうが、シャインストーンがないと経済が大変なことになる諸外国の内実を良いことに、無礼極まりない振る舞いをしてきた。


 だから、ある意味、この行動は彼ら彼女らにとって当たり前。僕がもし平民だったら、待遇は違っただろうに……


「エリック様……」

「セーラちゃん……」


 多勢に無勢という言葉があるように、僕は何もできない。ただ、震えているセーラを抱きしめて落ち着かせるだけ。


 どうしよう……と、悩んだその時だった。




「何事だ!?」


 聞き覚えのある女の子の声が耳をくすぐる。


「この声は……」

「ソフィア様だ!」

「騎士団長であり、次期女王となるソフィア様だ!」

「やっぱりすっごく美しい」

「そりゃそうだろ!オリエント大陸における3代美女の一人だから!」

「まさか、本物を見るなんて……俺の国に帰ったらみんなに自慢してやるか!」



 と、あっという間にどよめきが走る。しばしたつと、黒山の人だかりを分けて数人の美少女騎士たちが俺たちのところに入ってきた。


 美少女騎士たちの中でも一際異彩を放っているのは、


「なんだ?この騒ぎは?」


 肩まで伸びる水色の柔らかい髪を靡かせ、その白い肌と整った目鼻立ち。海より深い瞳。見た目だけだと、開いた口が塞がらないほどの美人だが、鎧をつけている。もちろん、全身を覆っているわけではなく、ゲームに出てきそうな美少女騎士に似ているって感じ。

 

 確かに記憶の中にはソフィアとの出来事はちゃんと残っている。けれど、こうやって実物を見ると、やっぱり驚かざるを得ない。そして、何より威厳がハンパない。年は今のエリックと同じだが、逆らえないオーラを漂わせていた。


「そ、ソフィア様!お騒がせして申し訳ございません!」

 

 貴族は、さっさと馬から降りて、跪く。


「なんの騒ぎだと聞いたはずだ!」

「は、はい!今、目の前にいるこの二人は、イラス王国からきた下級貴族で、不謹慎にも、ここ王都をぶらついていたので、ちょっとお灸を据えてやろうかと……」


 その瞬間、ソフィアは剣を抜き、跪いている貴族に剣を向ける。


「つまり、この二人は何もしてないということか」

「はははははは……はい……そそそそそそそそそうなのですが……奴らはイラス王国の……」

「お前は、なんの罪もない異邦人を罰そうとした。ここは王都。多くの国々からも人たちがやってきて武器や防具を購入する我が王国における顔のような場所だ。なのにお前は、不要な騒ぎを起こした。もし、このものが国に帰ってここでの一部始終を全部話したら、ハルケギニアの旗色は悪くなる。それを知っての狼藉か?」

「もももももも……申し訳ございません!!!!!!!いいいい命だけは……この命だけは……」


 と、表情に影が差したソフィアを見て、貴族は額を地にくっつけて謝罪する。


「すすす……すみません!そして……そこの二人も……俺が悪かった……無礼を働いたこと、深く謝罪する!」


 ついさっきまでは、馬に乗って超上から目線で僕らを見下していたが、今の彼は、見る影もない。


 数えきれないほどの人々が見ている中で、土下座をして僕たちに謝罪しているのだ。


「エリック様……」

「セーラちゃん、もう大丈夫」


 と、僕はセーラの頭を優しく撫でてから、咳払いをした。そして口を開ける。


「顔を上げてください」

「あ、ああ」

「現在、ハルケギニア王国と我がく……えっへん!イラス王国はお世辞にも仲がいいとは言えない関係にあります。でも、ハルケギニアから取れる上級砂鉄は、我がく……えっへん!イラス王国のインフラを支えるとても重要な物資です。なので、僕は、心からイラス王国とハルケギニア王国が仲良くなることを願っています」


 僕の話を聞いたソフィア含む騎士団と周りの人々は口を半開きにして、呆気に取られた。


 そして貴族は


「すまぬ。地位は俺の方が上だとしても、それを除くすべてにおいては、あなたの方が上だ。本当にすまなかった」

「いいですよ。セーラも無事だから、もうこの話は終わりにしましょう!」

「あ、ああ。いやでも、あなたに一方的に迷惑をかけておいて、このまま終わりってのはこの俺が許さない。お礼をさせてくれ!」

「別に、いいですよ」

「いや……でも」

「そこまで、お礼がしたいんでしたら、ハルケギニア王国の方々にもっと親切にしてください!お礼はそれで足ります!」

「……本当にあなたは、とても優しくて人間ができている……どうか名前を教えてくれ!」

「あはは……それほどでもないんですけど……まあ、僕の名前はエリック。下級貴族です」

「俺の名前はフィーベルだ。エリック君の名前は一生忘れない」

「はは……ちょっと照れるな」


 と、僕は面映い気持ちをなんとか隠すために視線を逸らし、後ろ髪をかく。だが、隣に立っていたソフィアが意味あぎげな視線を僕に向けてきた。


「エリック?……エリックと言ったな?」

「はい……」


 やっぱり、違う名前にするべきだったか……


「ここに来た目的は?」

「そ、それは……」


 彼女の眼光は僕の心臓を貫かんばかりに鋭い。けれど、別に後ろめたい目的があるわけではない。


 ここは堂々と答えるべきだろう。








「僕は、ある人と仲直りするためにここへやってきました!」


 



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