5話 ハルケギニア王国、事案発生

 御者さんが二頭の馬の手綱を取ると、馬車は動き、僕とセーラは区切られた椅子に身を委ねた。


 数十分ほど走ると、そびえ立つ建物は見えなくなり、大きな城壁を通り抜けると、人が住まない森林地帯が現れた。ちなみにここは、一応イラス王国によって管理されているので、危ない動物や盗賊が現れる確率は低い。


 僕が人心地ついていると、セーラが口を開いた。


「あの、エリック様」

「うん?」

「ハルケギニア王国の姫様ということは、ソフィア様のことですよね?」

「そう」

「ソフィア様はどのようなお方ですか?」

「ソフィアちゃんね……」


 僕はまた過去のエリックの過去の記憶の片鱗を探った。そしたら、十分すぎる情報が導き出される。


「ソフィアちゃんは、ハルケギニア王国を守る騎士団の頂点に君臨する騎士団長だよ」

「ハルケギニア王国は剣と剣術を大事にする王国ですよね」

「ああ、だから、剣を使いこなせない王族は王になる資格すら与えられない。つまり、あの王国にとって剣と剣術は国を形成する礎みたいなものだよ」

「なるほど……」


 そう。だからソフィアにとって、剣は自分の体の一部、剣術は自分の存在意義。


 だが、昔のエリックはソフィアにひどいことを言ってしまった。数年前に、エリックは豪華絢爛たる兵を引き連れてハルケギニアになんの断りも入れずに乗り込んでは、ソフィアに向かって



『僕は次期王となるものだ。だから、僕のめかけとなって僕を喜ばせつつ、その剣を使って、僕を守れ。そしたら、イラス王国の富のおこぼれにあずかることはできるだろう』

『貴様……もし、その言葉を我が民らが聞いたら、全員死ぬ覚悟でイラス王国に攻め込むだろう……』

『あはは!攻め込んできても、全員皆ごろしにするだけだ。身の程弁えるがいい。シャインストーンがなければ、お前の国は、滅びるからな』

『ん!貴様……いつか必ずひざまずかせてやる!』


 いや……本当にクズだな……思い出すだけでも、反吐が出る。僕にとっては、昔のエリックと今のエリックは完全に別人だ。けれど、ソフィアにとっては、昔のエリックも今のエリックも同じ人間だから、余計ややこしいんだよな。


 しかし、諦めることはできない。日本にいた頃の僕は、モンスタークレーマーを専門的に捌いてきたプロだから!


「エリック様?どうかされましたか?」

「あ、ううん。なんでもないよ!」

「はい……」


 僕が思わずドヤ顔をしたことを不思議に思ったセーラは首をキョトンと捻って、かわいい顔を僕に向けていた。


 こんな感じで、2日ほど馬車に身を委ねたり、宿に止まったりすると、ハルケギニアの王都へと通じる城門が見えてきた。


 そこで、僕らは、偽の身分証明証を見せ、中に通された。流石に王室のバッジを見せたら、みんなびっくりするんだろうね……


 御者さんはハルケギニア王国の王都の大通りの一角に馬車を止め、僕たちを降ろした。


「ついたよ」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

「気をつけた方がいいよ。最近はイラス王国とハルケギニア王国はギスギスしているから、目立つような行動は避けてくださいな。それじゃ」

 

 異邦の地に降り立った僕たちは、宿を探すべく、王都を見回る。


 ここは我が国よりは規模こそ小さいが活気溢れている。そして目立つのは主に鍛冶屋。

  

 ここは名剣を作れる職人さんがたくさんいるので、遠い国からも貴族や騎士らがやってきては、大金を払って、いいクォリティの剣を購入する。そしてそうやって金貨が増えれば、ハルケギニア王国は、我が国からシャインストーンを輸入する。


 確かに、表面上は仲悪いけど、内部事情を考えると、とてもじゃないが戦争なんかできない。


「とりあえず、宿から探そうね!」

「はい!わかりました!」

「金貨はいっぱい持ってきたから、宿代は気にしなくてもいいよ。とりあえずしばらく泊まれるところを探さないと」

「は、はい!」


 朗らかに答えるセーラは、目を光らせて早速宿探しに取り掛かった。僕の願いになんの抵抗なく従ってくれるセーラが可愛かったので、つい、彼女の頭を撫でる。


「エリック様?」

りきまなくてもいいよ」

「は、はい……(ドキドキ)」


 と、こんな感じで、僕らはひたすら宿を探していた。けれど、なかなか見つからない。噂によると、いい砂鉄さてつが大量に出回っているとの噂で外国からやってきた商人や貴族や騎士らで宿はどこも満室だという。


「なかなか見つからないものだな……」

「そうですね……私、もっと探してみます!」

「いいよ……だいぶ歩いたし。食堂に行って美味しいものでもいっぱい食べようか?」

「……私、もっとエリック様の役に立つメイドになりたいです!だから、私一人でも早く宿を……」




ぐううううううう(セーラのお腹が鳴る音)



「あっ!」

「力まなくていいよ。セーラちゃんは十分に役に立っているから」

「は、はい……申し訳ありません……」

「ふふ(なでなで)」

「んじゃ、あそこ入ろうか?なんかすごくいい匂い漂ってくるから」

「はい!」


 と、僕たちは、いかにも中世の大衆食堂っぽいところへと向かった。


 だが、


「おいおい、そこの二人!」

「ん?」

「ん?」


 後ろから声をかけられたので、動く足を止めて後ろを振り向いた。


 すると、ハルケギニア王国の貴族と思しき男が馬の乗った状態で冷めた表情を僕たちに向けてくる


「その服装から察するに、イラス王国の下級貴族とその使用人のようだな」

「は、はい……そうなんですが」

「貴様らの王のせいで、今、オリエント大陸は混乱状態だ。いつ戦争が勃発してもおかしくないほどきな臭い様子を呈している。なのに、ノコノコとこの王都を歩くなんて、いい度胸しているな」


 数人の兵を引き連れてきたこの貴族の声を聞いた道ゆくハルケギニア人は、急に止まって、僕らに敵対的な視線を向けてきた。


「エリック様……」

「セーラ、僕から離れないで」

「はい……」


 どうなるの?これ…… 

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