28話 柔らかいマンダネと迫り来る脅威

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 僕は、ひたすら農作業を続けた。筋肉痛に苛まれながらも、僕はエルニア王国の平民らと貴族らと一緒に死に物狂いで畑を耕したり、種まきをした。

 

 無論、僕とて人間。日本にいたころも都市っ子である僕は今までこんな原始的な農作業なんかしたことは全くなく、途中で投げだしたいと思ったこともあった。けれど、その度に、ソフィアとセーラが僕を慰めてくれたり、イラス王国の民らは僕にカツを入れてくれた。ラケルは時々、元気溌剌はつらつな状態で農作業を手伝ってくれたが、いざマンダネが現れるとなると、しゅんとしながら落ち込んでいた。嘘ついたこと、まだ言ってないのかな。


 ラケルの父・イサクさんと他の平民、貴族たちと世間話をしたり、時にはマンダネの美貌を褒め称えたり、美味しいご飯を一緒に食べるなど、体はしんどいけど心がとても温かくなるような時間を共に過ごした。


 ソフィアはマンダネの両親である国王陛下と王妃陛下と交渉しつつ、空いている時間は僕と一緒に農作業を手伝ってくれた(ソフィアも3大美女の一人だから、顔をなるべく隠して作業に臨んだのは言うまでもない)。セーラに至ってはここの王宮の使用人たちにとても可愛がられ、一緒に料理を作ったりしながら僕に尽くしてくれた。


 ここで働いてて一つ気づいたことがある。


 ここ、エルニア王国の平民や貴族たちはとっても優しい。


 実際、僕の父上は暴君と呼ばれるほど残虐だ。故に我が国の民らの中で、とても傲慢で自己中心的な考えを持っているものは実に多い。


 だけど、マンダネは優しい女の子だ。きっとここの民らもマンダネの暖かい心をずっと肌で感じてきたのだろう。実際、マンダネは現場で命令を出していて、僕を含む平民や貴族らはみんな彼女の言葉に付き従う。護衛もほぼいないも同然で、僕がその気になればマンダネに近づき、話すことだってできる。もし、僕が我が国であんなふうに振る舞えば、きっと暗殺されることになるだろう。


 それだけ、マンダネは自分の民たちを信頼し、民たちもまたマンダネを信頼している。


 そんなマンダネだが、毎晩毎晩、不思議な姿を見せてくるのだ。






「エリック様……今日もとっても素敵でした」

「私、エリックのためなら、なんだってするから……だから、なでなで……」

「二人ともありがとう。二人が幸せになるために僕もっと頑張るから!」

「エリック様……」

「エリック……」


 僕たちはほぼ毎日のように甘々な時間を満喫した。慣れない環境だからこそ僕たち3人の絆はより強くなりつつある。


 そして満足げな表情を浮かべる二人を背に、トイレに行こうとすると、必ずと言ってもいいくらい、ドアの前に彼女がいる。


「マンダネ?」

「ひゃっ!」


 かわいいフリルがついた寝巻きを着た彼女はいつも頬を赤く染めて僕を睨みつけてくる。サラサラした橙色のロングヘア、深いエメラルド色の綺麗な瞳、そして、女であることを主張するかのようにぷるんと揺れる巨大な二つのマシュマロ。


 下半身がブルブルと震えているから、僕と同じくトイレにでも行きたいのかと一瞬思ったが、それを口にするのは道ならぬことだ。


 今日も今日とてマンダネ素気無く僕をあしらってから自分の部屋に戻るんだろう。けれど、今日の僕は一味違う。彼女に伝えたい言葉があるのだ。


「……じゃ」

「マンダネ!」

 

 いつも通り僕に何も言わず戻ろうとするマンダネ。僕はそんな彼女の手首を優しく握る。すると、マンダネが体をびくつかせて驚いた。


「っ!」

「ご、ごめん……びっくりさせて……ちょっと話したいことがあるんだ」

「……」


 きっと断られると思ったが、マンダネは潤んだ目で僕を捉えては、その細くて形の良い指を動かして僕を手招く。なので、僕は再度、マンダネの部屋へと向かった。


 また二人っきり。なるべくマンダネに畏怖いふを感じさせないように振る舞わないといけない。そう考えながら、ベッドの隣に立って僕を捉えるマンダネに向かって口を開いた。


「あのさ……」

「信じられません!」

「な、何がだ?」


 おそらくマンダネも僕に話たいことがあるらしい。


「エリックは、何もかもがめちゃくちゃです!」

「え?」

「ここで収穫される小麦がどこに流れてどのように使われるのかは知っているんですよね?」

「あ、ああ……」


 ここでとれた小麦は敵国であるヘネシス王国に流れ込んで、我が国を攻めるための兵站となる。


「あなたがやっているのは所謂自爆行為ですよ!なのに……なんで……」








「言ったじゃん。マンダネと仲直りがしたいって」

「……」


 僕の言葉を聞いたマンダネは、固まったまま口を半開きにして僕を呆然と見つめている。


 彼女はいまだに僕を警戒している。だから悲しかった。別に僕の努力が報われないからではない。


 マンダネが恐怖を感じているから。


 奴隷メイドになれと脅迫された上に、夜の光さえも奪われた。そんなトラウマがマンダネの心を蝕んでいて、僕との繋がりを固く拒否している。


 こんなに優しくて美しくて良い子なのに……


 僕はとても悔しかった。これはマンダネに対する怒りではなく、自分自身に対する後悔に近い感情。もちろん、マンダネにひどいことをしたのは昔のエリックだが、目の前のマンダネの表情を見ると、放っておくわけにはいかなかった。


 なので、僕はマンダネに近づく。


「エリック……」


 だけど、マンダネは逃げない。後ずさらない。


 だから、僕は、 




 マンダネを後ろから強く抱きしめた。


「っ!」


 まるで体の全部がマシュマロであるかのように柔らかく、その柔肉の全部が僕に引っ付いて、極上の心地良さを与えてくれた。マンダネは自分のお腹に回されて僕の腕を振り解こうとせず、ただただ、足を震わせ、熱い吐息を吐くだけだった。


 それにしても、マンダネのお腹ってとても柔らかいな。女の子の体は本当に不思議だ。


 戸惑うマンダネに僕は伝えたいことを、ゆっくりと囁く。


「僕ね、気づいたんだ。エルニア王国の人たちって我が国の民と違ってとても結束力があって優しくて情があるって」

「……」

「そんな平民たちと貴族たちが僕に優しく接してくれる姿を見る度に、とても心が苦しくなるんだ……こんなに良い人たちから僕は光を奪ったのか、と」

「……そうですよ。みんな本当のあなたのこと、よく思ってませんから」

「うん。その通りだよ。でも、本当の僕に殺意を向けたりはしない」

「っ……」

「僕はこの国にとって万死に値する悪者だよ。だけど、誰一人として僕を殺したいと思うものはいない。作業しがてら、探りを入れてみたけど、僕が悔い改め、マンダネにひれ伏したら、それで良いんだと言ってくれるんだ」

「……」

「マンダネの仕業でしょ?じゃないと説明がつかない。これがもし、ヘネシス王国のルビアだったら、民らを扇動して憎悪を剥き出しにするんだろうね」

「ルビアは、あなたとあなたの父に対して並々ならぬ憎悪を抱いています」

「……それでも構わない。僕はみんなと仲直りして、和解して戦争が起こらないようにするさ。どんな犠牲を払ってでも……」

「……」

「三日後に種まき作業が終わる。その時に返事を聞かせてくれ」


 僕は口をマンダネの耳に最大限近づけてボソッと言った。すると、マンダネは一瞬、「ん……」と色っぽい音を出して、しばし沈黙する。


 静まり返る部屋。だがマンダネから漂ういい匂いと柔らかい肌の感触のおかげで、この間さえも心地よく感じられた。


 しばしたつと、マンダネは口を開いてくれた。


「……わかりました」

「ありがとう。これからは、マンダネちゃんも幸せにして見せるから!」

「っ!あまり調子に乗らないでください!ちゃん付けもダメ!」


 と、マンダネは自分の肘で僕のお腹を優しく突いてから、僕から離れた。やっぱりちゃん付けはダメか……


 落ち込んでいる僕を見て彼女は、目を逸らし、また口を開いた。


「私の体……あまり触らないでください……」

「ごめん……不快な思いをさせたら謝る」

「……いいです……だから早くここから出て行ってください……」

「ああ。わかった。おやすみ」


 マンダネの横顔はすっかり桜色に染め上がり、月光に照らされたその輪郭は黄金比率を彷彿とさせるほど美しかった。顔から発せられる甘美なる吐息は、僕を惑わしたが、マンダネを傷つけたくないと想う自分の強い意志が理性を守ってくれている。


 これで良いんだ。三日後にマンダネは答えてくれるはず。


 だけど、今のはソフィアの時と同じ雰囲気ではなかった。理のカケラさんは、僕がマンダネとも結婚することを望んでいるが、本当にこれで彼女は僕のものになってくれるのかと、うちなる自分が問い続ける。


 そんな不安を抱えつつ、三日間、僕は一生懸命頑張った。マンダネからいい返事を聞くために。





 だが、








 マンダネは







 答えてくれなかった。








 種まき作業を終えた途端に、雨雲が立ち込め、空から雨が降ってきた。最初は天からの恵だと思い、皆んな喜んでいたが、雨足はだんだんと強くなり、叩きつけるように降ってきた。


 人類を滅ぼした大洪水のように、それはもう地を打つような太い雨だった。


 畑なんか軽く洗い流すように。











追記


 

 マンダネ可愛すぎる……


 せっかく種まきまでしたのに……


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