29話 雨降る中、小屋で二人きり

 大雨は止むことなく数日間続いた。王宮内の人々は対応に追われていて、国中が騒然としている。


 マンダネもまた、直接現場に赴き、なんとか畑が洗い流されないようにしているが、大自然の圧倒的な力の前に人間は無力な存在だ。


 王宮や住宅地は高台にあるため、浸水のリスクはあまりないが、問題なのは低地にある畑。


 マンダネからは、僕たち3人は危ないから王宮内にいるように命じられたため、今こうやって、僕とセーラとソフィアはベランダに立ち、ざあーざあーと降りしきる雨をひたすら眺めている。


「やっぱり、マンダネが心配だ。畑に行ってみようかな?」

「……マンダネからは来ないようにと言われたけど、エリックが行きたいなら……」

「私もエリック様についていきます!」


 数日間ずっと部屋にいるのは苦痛だ。何より、エルニア王国の人たちが心配になる。こんな大雨の中でシャインストーンもない状態で作業を進めたら、危ない。夜になれば光も無くなるし、何より水分が体の熱を奪い、低体温症のリスクがあるのだ。


 とりあえず、あそこで何が起きているのかを見てみよう。そう思い、僕は踵を返し、口を開く。


「外は危ないから中で待っててくれって言ったらどうする?」

「危ないからこそエリックと一緒にいく」

「私も一緒です!」

「ははは……こんなに尽くしてくれる二人がいて、僕は本当に幸せものだ」

「ふふ」

「へへ」

「行こう」


 と、いうわけで、僕らは畑へと向かった。念の為、馬車に寄って、シャインストーン一個を持ってからマンダネのいるところへと走る。


 すでに僕たちの服はびちょびちょになったが、そんな程度で僕らの足が鈍くなることはない。


 どれくらい走ったかはわからないが、目の前には大勢の人が見えて、下を向いて悲嘆にくれている。高地と低地をつなぐ橋の前に立っているんだけど、畑のある低地に入ることができずにいる。


 それもそのはず。橋の下にはおびただしい量の水が流れており、今にも橋ごと持っていく勢いだ。


 その最前線にはお馴染みの橙色の長い髪をし、動きやすいドレス姿の彼女がいた。そしてラケルも。


「マンダネ!ラケルちゃん!」

「え、エリック!?みんなも……どうして」


 周りの人々が絶望している中、マンダネが僕たちを見て驚く。


「マンダネが心配になってやってきたんだ」

「……」

「それより、ラケルちゃん!ここにいたら吹き飛ばされるかもしれないから、もっと安全なところに行こう!マンダネも!」


 と、僕がラケルに向かって手を伸ばすと、







 ラケルは、僕の手を跳ね除けた。





「ラケルちゃん!?」

「やっぱり、私のせいだ……」

「え?」

「私が……マンダネ様に嘘をついたから……大地の神・ガイア様がお怒りになって、この地に大雨を降らせた……」

「何を言って……」

「全ては私のせいだ!私がガイア様のお言葉を伝えなかったせいでこうなった!だから、私が生贄になるしかないの……御怒りを鎮めるためには、私が死ななければならない」

「ラケルちゃん!?」

「ラケルちゃん!?」

 

 そう言って、ラケルは橋へと足を踏み入れた。僕とマンダネが彼女の突然すぎる行動に驚いて名前を呼んでも、彼女が振り向くことはない。


 ラケルはマンダネにとってとても大切な存在。


 気づけば、僕の足は動き、視線はラケルの背中を追っていた。


「エリック!何を!?待って!」


 崩壊寸前の橋を渡っている僕とラケル。マンダネもまた僕らに続く。


「エリック様!」

「エリック!なにをやってるんだ!?」


「マンダネ陛下!!」

「危ないですマンダネ様!!戻ってください!」


「ラケル!早く戻ってこい!」

「ラケルちゃん!!」


 後ろから聞こえるのはセーラとソフィアが僕を呼ぶ声、エルニア王国の民たちがマンダネを呼ぶ声、イサクさんとその妻がラケルを呼ぶ声。

 

 だけど、彼ら彼女らが橋に近づくことはできない。


 なぜなら、





 橋が崩れ始めているから。


 幸い、というべきか、ラケルと僕とマンダネが畑のある低地にたどりついてから橋は崩壊した。


 僕は一瞬後ろを振り向いた。すると、数えきれないほどの人たちが呆気に取られながら僕らを呆然と見つめている。

 

 とりあえず今はラケルを保護しないと。そう思い、僕は首を振って前を向いた。


 自然な流れで僕とマンダネは力を合わせてラケルを探している。


「ラケルちゃん!どこ?」

「ラケルちゃん!!また美味しいご飯一緒に食べましょう!」


 しかし、いくら探してもラケルは現れなかった。傘とか雨具は持ってきてないので、僕とマンダネはびしょ濡れ状態である。マンダネは白い生地を使ったドレスを着ているせいで、肌が透けて見えるが、今はそんなことを気にする余裕はない。


「ラケルちゃん!」

「こっちおいで!」


 日が暮れるまで声を大にして喉が掠れるほど叫んだが、ラケルは出てこない。ここはシャインストーンがないため、夜になると、なにも見えなくなる。なので、僕とマンダネは使い古された小屋を見つけ、そこに入って雨宿りすることにした。


「……」

「……」


 沈黙が流れる空間。聞こえるのは雨が屋根と土を打つ音。僕はバレないようにマンダネを覗き込んだ。僕の隣に座っているマンダネは、体育座りして、下をむいていた。濡れそぼった橙色の髪からはしきりに水滴が滴れ落ちている。服も全部濡れているせいで、大きな胸を包むピンク色の下着と象牙色の素肌が透けて丸見え。太ももあたりも髪から落ちた水滴でびしょびしょだった。

 

 ソフィアから聞いた話だが、エルニア王国の財政は非常に厳しい状態らしく、もう小麦の種を買うお金もないそうだ。


 つまり、マンダネは全てを失ってしまいかねない危機に瀕しているわけだ。


 僕は小さくため息をついてから、座ったままマンダネに詰め寄る。


「エリック!?な、なんですか?」

「マンダネにあげたいものがあるよ」

「?」


 物憂げな表情を浮かべたまま小首を傾げるマンダネ。僕はその美しい顔を見つつ、内ポケットからシャインストーンを取り出し、それに衝撃を与える。すると、やがて、明るい光と温かい熱を発する発光体と化した。


「こ、これは……」

「シャインストーンだよ。ランクの高い上級品だから、数日は持つと思うんだ。これ、マンダネにあげるから」

「……」


 マンダネは目を丸くし、僕からシャインストーンを受け取った。


「これを見るのは……何年ぶりでしょう」

「……ごめん」

「なんで謝るんですか?」

「エルニア王国と断交したのは、美しいマンダネを自分のものにできないことへの腹いせだったから」

「……悪いのは私です。もし、私があの時、あなたの奴隷になって汚されたら、こんな大洪水が起きても、民たちはなんの問題なく過ごせたかもしれません……」


 な、なにを言っているんだ?


「そんなことはない!」

「っ!」

「ごめん……大声出して……でも、マンダネはこのままでいい。みんなに対して優しくて、堂々としていて、暴虐の限りを尽くしていた僕にNOを突きつけるマンダネがいいんだ……自由意志も無く、言いなりになるだけの奴隷になって欲しくない。幸せなマンダネが見たいんだ」

「エリック……」

 

 僕はマンダネの腰に手を回してよりマンダネを僕の体にくっつけた。


「……触らないでくださいって言ったのに……」

「ごめん。でも、マンダネの悲しむ顔を見ると、居ても立っても居られない……」


 このまま僕らは約5分間くっついていた。不思議と、マンダネの体がだんだんと熱くなっていった。


 これがシャインストーンによる効果なのか、別の原因によるものなのかはいまひとつ定かではないが、マンダネの体は最初に触れた時と比べて、だいぶ温かい。


 緊張が解けた僕たち。


 なので、僕はこれからやるべきことをマンダネに伝える。


「僕はラケルちゃんを探す」


 と、耳打ちしてから立ち上がった。


「……ラケルちゃんとエリックはなんの関わりもないのに、イラス王国の次期王のあなたが、なぜそこまでするんですか!?」


 何でそこまでするのか。その問いに対する答えは極めてシンプルだ。







「マンダネにとってラケルちゃんは大切な存在だよね。だから僕にとっても大切な存在だよ。それだけ」


「っ!」


 マンダネは言葉に詰まらせる。そして何か悟ったかのような面持ちでふむと頷いてから、立ち上がり


「私もついていきます!」

「そいつは心強い」

「私はこの王国の次期女王ですよ!必ずラケルちゃんを見つけてみせますから!」

「それでこそマンダネちゃんだよね!」

「ちゃん付けはしないでください!」

「は、はい……」



 なので、シャインストーンの光を頼りに、僕たちは雨の降るなか、ラケルを探しに出かけた。





追記



濡れたマンダネちゃん想像しながら書きましたが、ちゃんとその色っぽさが伝わったのかな?


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