10話 二つの理由

 燭台にある蝋燭に火はついておらず、月の光だけだが、ソフィアの顔が火照っていることは見てすぐにわかった。


「キキキ、貴様がなんでここに!?」

「ちょっと、トイレに行きたかったから……」

「そ、そうか……」


 それっきり、ソフィアはキリリと口を引き結び、下を向いている。パジャマ姿で剣はつけていない。今日の昼間に見たあの威厳のあるソフィアではなく、今はただの少女。


「身体は大丈夫?ここからソフィアちゃんの苦しむ声が聞こえたけど」

「……貴様が気にすることじゃない!早くここから出ていけ!」

「い、いや……そんなことできないよ」

「ふ、ふん!やっぱり、貴様は私の言うことなんか聞かない野蛮な男だ!また、私を脅迫するつもりだろ……」


 震える声で言ったソフィアは、自分の身体を抱きしめて僕を睨んできた。


 やっぱり怖がっている。ソフィアのこんな顔を見るたびに、昔のエリックをぶん殴ってやりたくなる。僕は基本平和主義者だが、弱いものを虐める悪い奴ら嫌いだ。

 

 けれど、もう暴虐の限りを尽くしていたエリックはこの世に存在しない。いるのは、山岡誠司としてのエリックだ。

 

 僕は真面目な顔をソフィアに向け、口を開く。


「昔の僕は愚かだった」

「え?」

「力にものを言わせてソフィアちゃんを深く傷つけてしまった。こんなにこんなに可愛くて綺麗で魅力的な女の子を無理やり支配しようとしていた……」

「……そんな安っぽい甘言に私が騙されるとでも思っているのか……」

「甘言ではない。あくまで本音を言っただけだよ。ソフィアちゃん」

「ん……」


 ソフィアはまたもや頭を下げて、ぶるぶる震えている。やっぱり、相当病んでいたんだね。この溝は早く埋めないといえない。そう考えながら、僕はソフィアが座っているソファーの横に腰掛けた。


「な!貴様!私に何をするつもりだ!?」

「別に何もしない。もっとソフィアちゃんを近くで見てみたかったから座っただけだよ」

「ふ、不愉快だ!」

「だろうね。だって、いつも酷いことをソフィアちゃんにずっと言っていたんだもんね……」

「そうだ。私は貴様に侮辱されるたびに、脅かされるたびに、死にもの狂いで剣術を学んだ。貴様とイラス王国を乗り越えるために、私はずっと努力をしてきたんだ!」

「……そうなのか……」

「なのに、何よ!今まで私が知っていた貴様の面影はこれっぽちも見えない。一体……なんのつもりなんだ……」

 

 ソフィアは、目を潤ませて、切なく吐息をつく。透き通るような青い髪と瞳。バランスのいい体。そして、女であることを主張するように揺れる二つの柔肉。どれをとっても美しい。


 僕は両手でソフィアの手を優しく握る。ゴツゴツとした感触。彼女の剣術と身体能力は、オリエント大陸において右に出るものがいないほどトップレベル。なのに、彼女は近づく僕の手に気がつかなかった。


「ひゃっ!ま、また……私の体を……」

「僕は、ソフィアちゃんと仲直りがしたいんだ」

「図々しいにも程があるぞ!」

「わかっている。けれど、僕は何があっても、ソフィアちゃんと仲直りをしないといけないんだ」


 僕は目力を込めて、大声で言った。今のはちょっとやり過ぎたのか……ソフィアが不快に思わないだろうか。そんな不安が脳裏をよぎって、一瞬、顰めっ面になった。


「……理由はなんだ?」


 さっきまで、ソフィアは僕を警戒していたのだが、今はというと、少し興味の目で見られている。そんな彼女に僕は素直に現状を話すことにした(転生の話以外)。


「実は、このままだと、イラス王国は戦争を始めるかもしれない」

「……やっぱりか」

「ああ。ハルケギニア王国とエルニア王国、そして全てを仕切るヘネシス王国がお互い軍事同盟を結んでいて、我が国に攻め込む準備をしていることは知っている」

「……」

「戦争を始めたら、オリエント大陸の国々は間違いなく衰退する」

「そしたら、よその異民族や国々がオリエント大陸を狙うことになるんだろう……」

「その通りだ。ソフィアちゃんも把握していたんだね」

「……私は戦争には絶対反対だから」

「そうか……それはよかった」

「その口ぶりだと貴様も戦争には反対のようだな」

「ああ。だから僕は考えた」

「何を?」



「ハルケギニア王国、エルニア王国、ヘネシス王国の姫たちと仲直りして、和睦を結んだら、戦争は避けられると」



 悲壮感漂う表情で語る僕を見たソフィアはぽかんと口を開き、呆気に取られた。


 そして


「貴様……本気で言ってるのか?」

「ああ、僕は本気だよ。ソフィアちゃんも知っていると思うが、我が国は、権力争いのせいで、たくさんの人々が血を流した。だから、王族の血を引いているのは僕しかない。そして、ちょっと不謹慎かもしれないが、ハルケギニア王国もエルニア王国もヘネシス王国も子宝に恵まれてなくて、王様の子供は一人だけ、しかもどれも女だ。そんな4人が仲良くしていると、戦争をしようという動きに歯止めがかかる」

「……そんなこと……できるわけがない……」

「なぜだ?」

「忘れたのか?エルニア王国とヘネシス王国の姫たちに貴様が何を言ったのか……あの二人は今も貴様を毛嫌いしている」

「……もちろんわかっている。だから、直接会いに行って、謝るのさ。今みたいに」

「今みたいに……」


 僕を手に力を入れて、ソフィアの手を強く握りしめた。すると、ソフィアが電気でも走ったように体をビクつかせて顔を逸らす。


「ふ、ふん!いつも力に物を言わせる暴君だと思ったが、意外なところもあったんだな!でも、私は貴様のことは全く信用してない。だけど、戦争を避けるためならばそんな演出もありか……けど……」


 ソフィアはどうやら僕の立てた作戦に対して拒否反応を見せていないらしいく何やら呟いて納得顔でうんうん言っている。けれど、次第に物憂げな表情を浮かべた。


 そんな彼女に僕はもう一つの理由についても話すことにした。


 ちょっと恥ずかしいけど……


「あのさ……」

「うん?」

「実は、もう一つ仲直りしたい理由があるんだ」

「なんだ?」

「ん……それはね……」

「随分と言いたくなさそうな顔だな。やっぱり、昔みたいにまた……」




「ソフィアちゃんがあまりにも可愛くて魅力的だから、こんな美少女と仲悪いままだなんて、人生損していると思ってたんだ!」





「ふぇ!?なな……にゃにを言って……」







追記



おういえい



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