11話 ソフィアside

 僕の褒め言葉を聞いたソフィアは急に立ち上がって、僕と距離を取る。だけど、ここから出て行くという気配は感じられなかった。


「ソフィアちゃんは可愛い」

「だ、だから……そんな安っぽい言葉でたぶらかそうとしても……」

「ソフィアちゃんは綺麗だよ」

「ん!貴様!そんな下劣で下品な言葉を使って……威厳のかけもないぞ!」

「威厳を気にするんだったら、こんな格好でソフィアちゃんのところに来ないさ」

「……それはそうだな……」

「ソフィアちゃんはとても強い。そして女としても魅力的だ。だから、ついソフィアちゃんを僕のものにしたくて、あんな酷いことを言ってしまった……」

「……」

「人の心は、いくら権力を振りかざしても、大金を払っても、手に入らない……」

「貴様らしくない言葉を……」

「過去に僕が言ってたことは全部忘れてくれ。あの頃の僕は、権力争いでたくさんの人が死んだから気が狂っていたんだ。これからは、ソフィアちゃんのことを一国の姫様として大切にしていくから」


 そう言って、僕は立ち上がり、ソフィアのところへと歩く。彼女は最初こそ、後ずさったが、やがて足を止めて、僕の顔を見つめた。


 だが、彼女は僕の予想を遥に上回る返事をする。





「仲直りしたいなら、私と剣で勝負をしろ!」

「え?剣?」






ソフィアside(深夜)


 夕方になれば、私がいつも鍛錬を行う道場にて勝負をすると決めた私たちは、各々の部屋に戻った。


 ベッドに横になっているが、眠れない。今日の出来事のカケラが私を苛んでいるから。


 彼の存在は私をいつも苦しめてきた。もちろん、最初から暴君だったわけではない。権力争いをしてから、彼は変わった。王族と部下による血みどろの戦い。可哀想だとは思っている。けれど、彼は剣を重んじる我が国の人を侮辱し、次期女王となる私に、奴隷剣士になれと脅迫してきた。


 正直なところ、私は彼には逆らえない。イラス王国でしかとれないシャインストーンは、我が国の経済においてなくてはならないものだからだ。なので、私はずっと我慢して、ものすごいストレスに悩まされてきた。


 私はストレスを解消するために、剣術により打ち込んだ。彼に、彼の国に勝てない悔しい事実から逃げたいからかもしれない。なので、感情を押し殺して、暇さえあれば、剣を振った。


 あの憎ったらしい男の上に立ちたいから。彼だけじゃなく、私をいらしい目で見るゴミカスのような他の王国の男たちに舐められないためにも。

 

 その結果、私は、オリエント大陸の最強剣士になった。男なんかが束になってかかってきても、この剣さえあれば問題ない。私を武力で勝てるものはオリエント大陸に存在しない。


 だけど、私は彼に勝てない。


 お父様が時間稼ぎをしてくれたおかげで、今まで彼に汚されることなくここまでやってきたのだが、そんな私の努力を嘲笑うかのように彼は変わった。


 いつも、贅沢の限りを尽くす普段の性格からは考えられない格好で、私の前に現れたのだ。下級貴族として。


 そして、



『ソフィアちゃんがあまりにも可愛くて魅力的だから、こんな美少女と仲悪いままだなんて、人生損していると思ってたんだ!』


 実にいやらしい言葉で、私を試した。


 本当に、本当にけしからん!


 もちろん、私の外見を褒め称える男は掃いて捨てるほどいる。けれど、彼は、そんな男たちとは根本的に違った。


 悪意のない瞳、子供を彷彿ほうふつとさせる無邪気な笑顔。そこには他の男たちと過去の彼が見せたような、私の体を貪りたいと訴えるいやらしい視線も下心もなかった。


 まるで、別の世界からやってきた理想の男が彼に乗り移ったかのような変わり様。


 生まれて初めて感じるこの謎の感情。


 自分の性的欲求を満たすための優しさではなく、あくまで相手を想う優しさ。


 悔しい。本当に悔しい。なんで、あんなに憎んでいた男が頭の中から離れないんだろう。普段は思い出すだけでも鳥肌が立つほど不愉快だったのに、今は、彼の笑顔を思い出すだけでもうなじとお腹が熱い。

 

 こんな感覚、今まで全く感じたことなかったのに……


 頭の中がめちゃくちゃだ。これも、全部、あの男のせいだ。

 

 そう心の中で文句を言いつつ、私はベッドから降りて、窓へと向かった。


 鮮やかなお月さまは、がんじがらめになった私の気持ちをわかってくれるのだろうか。だが、お月様は皮肉にも、私の気持ちではなく彼と彼のメイドの仲睦まじい姿を映してくれた。


 イラス王国の次期王である彼は、メイドにも優しく接していた。私の王宮メイド(サフィナ)曰く、彼女は平民だそうだ。つまり、平民にも、私にも、分け隔てなく優しくするということか。

 

「……私は最低だ……」










 なんで……私は……嫉妬しているんだ……


 女が抱く醜い感情など、とっくに捨てたはずなのに……別に、私とあの男はそういう関係ではないのに……


 あの優しさが他の女に向けられると思うと、心が締め付けられるように痛い。もどかしい。苦しい。


「……」


 そうだ。これは罠だ。私は彼の往時をよく知っている。きっとあれは、私を支配するためのトラップであるに違いない。今までのやり方が通用しないから方法を変えただけの話だ。

 

 だけど……


「ん!」


 私を抱きしめた時の彼の温もり、そして優しい言葉が一瞬、脳裏を過った。びっくりしたので、そのまま私は手で顔を覆う。


 そしたら、今度は彼が私の手を力強く握りしめた時の感触が蘇った。


「……はあ……はあ……」


 弾む息と高まる鼓動。こんなに無防備になったことは初めてた。剣士としてあるまじき醜態。


 落ち着かないと……


 落ち着かなければ……


『ソフィアちゃんは可愛い』

「ん!」


 彼の声が耳にこびりついて消えない。


 あんなのは私じゃない他の女の子らにも言っている世迷言に過ぎない!


 だから……


 だから……


『ソフィアちゃんは綺麗だよ』

「んん!!!」


 許さない……私の心に土足で踏み込んできた無礼者!


 貴様の本音を知るには、この剣一本で十分だ。


 私は、彼に剣で勝負をしようと提案した。勝負の内容によって仲直りするかしないかを決めると、そんな条件をつけたせいで、彼はものすごく困惑していた。


 あの男が私に剣で勝つことなんかできない。だけど、重要なのはそこじゃない。試合で、彼がどんな動きを見せるのか。どんな考えに基づいて行動するのかが知りたい。


 いくら素人でも、剣を交えると、そのものの行動原理と哲学が伝わる。


 だから、






 明日は貴様のその分厚い仮面を剥がしてやる!

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