26話 汗と血

 高い確率で断られると思ったのだが、マンダネは僕の提案を聞き入れてくれた。なので、今は再び彼女の部屋にやってきた。


 またあの頃のように。


 昔のエリックは無理やりマンダネの部屋に押しかけてエルニア王国の官僚たち、親衛隊たちに監視されたのだが、今回はマンダネが直接僕を連れて行ってくれた。


 なので僕らは密閉された空間で完全に二人きり状態。


「マンダネちゃん、ありがとう」

「あなたにちゃん付けで呼ばれる筋合いはありません!」

「……」


 彼女は手を組み、僕を睨みながら警告する。ちゃんはダメか……僕がしゅんとテンション低めな様子を見せると、マンダネがまた口を開いた。


「あなた、ソフィアに一体何をしたんですか?催眠?脅し?洗脳?もし、嘘を付いたら、あなたはそれ相応の罰を受けなければなりません!」

「い、いや!そんなことしてないよ!」

「本当ですか?」

「本当」


 マンダネはジト目を向けてきた。キリリと引き結んだ口と、手を組んだことによって強調される胸。僕は目のやり場に困ったので、目を逸らす。


「ますます怪しいですね……」

「本当だよ」

「……あとでソフィアにいっぱい聞きますから、もし嘘だったら、許しません!」

「ああ。いっぱい話していいよ。だって、二人は昔からずっと友達だったからね」

「……わかりました」


 マンダネは頬を若干膨らませて納得いかない表情を浮かべる。まあ、僕もこれまでずっとソフィアに貴様呼ばわりされたから、この反応はむしろ予測済みだ。


 そんな僕は息をのんで、彼女に、ありのままの気持ちを伝える。


「それにしてもマンダネはやはり優しいね」

「え!?ななな、何を言っているんですか!?あなた、正気ですか!?」

「あはは……確かにマンダネがそんな反応を見せるのもある意味当たり前だよ。でも、マンダネは僕を生かしてくれた」

「……」

「我が国とマンダネの国は現在、断交状態。しかも僕は身元を偽ってここにやってきた。マンダネはすぐ僕を殺すことだって簡単にできたはずなのに、ラケルちゃんを救ってくれた大切な人だと言ってくれたよ」

「……それは、ラケルちゃんは私にとって、私の国にとってとても重要な存在ですから、それ相応の評価をしただけです。あなたに褒められる事は何一つしてません」


 ふん!と鼻で息を吐き、不貞腐れるマンダネ。


「僕は昔、マンダネにむごい暴言を吐いて、心の傷を負わせた。マンダネは僕が正しい道を歩むことを願っていたけど、昔の僕は、そんなマンダネの優しい気遣いを踏み躙るような最低最悪の行動をしてしまったんだ……」


 僕がそう言いながら物憂げな表情で俯くと、思いっきり警戒するような視線を向けているマンダネは、その艶やかな唇を動かした。


「それで?」


 すると、僕は顔を上げて、ここにきた目的をなんの躊躇いもなく口にする。




「だから、僕は自分の過去を反省して、マンダネと仲直りするためにここへやってきたよ」


 真顔で放たれた言葉は、マンダネの耳に余すところなく入ったようで、彼女は目を丸くしている。そして、僕から顔を逸らし、悔しそうに拳を握り込む。


「……私の国から光を奪っておいて……あなたのせいで私がどんなに辛い思いをしてきたのか……」

「申し訳ない。僕は本当に愚かなことをしたと思う」

「何が愚かなことですか?全部あなたにとって正しいことでしょう?」


 マンダネは今にも泣きそうに目を潤ませて僕を見つめている。その姿があまりにも儚くて切なくて、守ってあげたくて、僕は彼女のところに近づき、


 思いっきり抱きしめた。


「え、エリック!何をしているんですか!?離してください!じゃないと、あなたを厳罰に処します!」


 マンダネはその柔らかい体を使い、僕から離れようと暴れる。僕は、目の前に悲しむ女の子がいるから、本能的に慰めるために抱っこしただけだが、マンダネからしてみれば、憎んでいる相手がいきなり襲ってきたというわけだから、混乱して当然だ。


 だけど、マンダネの悲しい表情を見た瞬間、僕の心が締め付けられる気がして我慢ができなかった。もしこれで僕が罰せられるとしても構わない。この深まりに深まった溝が1mmでも埋まれば、それでいいんだ。


「マンダネはとても魅力的な女の子だよ。だから僕はそんなマンダネを自分のものにしたくて、あんな酷いことを……でも僕は気づいたんだ。そんな強引なやり方を貫いたら、待っているのは破滅だけだと。マンダネは優しい女の子だから、もっと優しくしてあげないといけない」

「……図々しいです」

「うん。そう思うもの当たり前だよ。だって、僕がマンダネの立場だとしても同じこと考えたから」

「じゃ、なぜ私の体に触れるんですか?また、いやらしいことを私に要求するつもりでしょう?でも無駄です。私はあなたの奴隷メイドなんかになるつもりは全くありませんから!」

「違う」

「何が違うんですか?」


 さっきまで激しく抵抗したマンダネだったが、次第に大人しくなる。だけど、刺々しい言葉は相変わらずだ。そんな彼女に僕はオブラートに包むことなく、飾ることなく、本当の気持ちをマンダネにぶつけた。






「マンダネがとても悲しんでいたから、慰めてあげたかった。それだけだよ」






「っ!」






 マンダネは体をびくつかせた。大きな胸と柔らかい体の感触が直に伝わって、一瞬動揺したが、僕は首を全力で振って我に返る。マンダネを決してそんな目で見てはならない。今まで散々傷つけてきたのに、道ならぬことを考えてはならない。で、でも、柔らかい……


 そう必死に自分に言い聞かせながら、自分自身を戒めているとマンダネは口を開く。


「もう遅いです」

「え?」

「イラス王国と私の国との関係はもはや修復不可能です。あなたが悔い改めたとしても、民が許しません。このまま行くと、あなたの王国は滅びます。ですから、その滅びこそが報いです」

「……僕はそう思わない」

「それは、逃げているだけです」

「逃げない」

「あなたは一体何を望んでいるんですか?」

「僕は、マンダネ、そしてルビアとも仲直りして、このオリエント大陸に平和をもたらして見せる。そのためなら僕はなんだってするから」

「私はあなたを信用しません。あなたにそんなことができるとは思えません!」

「たとえ、自分のことがあっても、僕はやるさ」

「……何をするつもりですか?」


 マンダネとエルニア王国の民らと仲直りする方法。ちょっと体がしんどくなるかもしれないが、これしか思いつかない。


 言葉だけだと何も伝わらない。現に、ソフィアと仲直りするために、僕は多くの血を流した。だから、マンダネにも誠意を見せないといけない。行動で示せ。


 なので、僕はマンダネから少し離れて、笑みを浮かべ、彼女のエメラルド色の瞳を見つめながら

 

 こう言った。







「農作業、手伝うよ」



「え、えええええええええ!?」







追記



おかげさまで、星1000突破しました!


ありがとうございます!


もっと頑張って書いていきますので、これからもよろしくお願いします!

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