25話 鋭いマンダネは驚く


 暴虐無尽の限りを尽くしても、マンダネは怒ることなく昔のエリックが正しい道を歩むことを願うって言ってくれた。


 だから、その優しさを手元に置きたかった。荒んだ昔のエリックの精神を癒してくれる存在が必要だった。だから密かにマンダネに期待していたのだ。


 けれど、マンダネは断った(エリックの言葉遣いが最低最悪だから当たり前が)。


 いっそのこと、ソフィアのように、最初から冷たく接してくれたら、断交までにはいかなかったと思う。


 まるで、皆んなに優しい女の子を見て「もしかして俺のことが好きだから俺にだけ優しくしているのかな」と勘違いする男みたいに、女の子が最も嫌うような醜態を晒してしまった。


 人間関係は日本でも異世界でも大して差がない気がする。


 結局あの件以来、昔のエリックは怒り狂って父上を丸め込み、我が国とエルニア王国が断交するように仕向けた。


 結果、エルニア王国はシャインストーンが手に入らず、夜になると松明でもない限り真っ暗になり、経済活動ができなくなってしまった。その代わりに我が国もエルニア王国産の小麦が輸入できず、結局高い値段でオリエント大陸以外の地域から入手している始末だ。


 深々とため息をついていると、ラケルがマンダネに飛びついた。そんな彼女は、ラケルを自分の家族のように強く抱きしめた。その豊満な胸に顔を埋めるラケルは幸せそうな表情。けれど、どこか物寂しげな印象を受ける。


「心配していましたよ。ラケルちゃん!」

「すみません……」

「いいえ。ラケルちゃんが元気なら結果オーライです!」

「マンダネ様……」

「ところで、なにをやっていたんですか?」

「……ちょっと遠いところまで散歩してましたけど、道に迷っちゃって……」

「ラケルちゃんは自他ともに認める方向音痴じゃないですか!?大丈夫だったんですか!?ご飯は!?もう昼ごはんの時間過ぎちゃいましたよ!ラケルちゃんはご飯食べないとすぐ倒れちゃうんですから心配です!」

「……」


 ラケルはマンダネの問いに目を逸らし、僕たちのいるところを指差さす。すると、マンダネはキョトンと首を捻ってから僕たちに視線を送ってきた。


「あそこにいる優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんたちが助けてくれました。美味しいご飯を作ってくれました」

「あら!美味しいご飯をね」

「はい」

「ふふ」


 マンダネはラケルを下ろしてからスッと立ち上がり、僕たちに近寄っていき


「本当にありがとうございます!ラケルちゃんがご迷惑をおかけしたみたいで……ん?」


 お礼を言うマンダネは途中、僕たちの顔を見ては、キョトンとする。そして、急に目力を込めて僕とソフィアを交互に見た。


 なんだかとても不安だが……


「ど、どうされましたか?」


 と、僕は訪ねてみる。すると、僕の声を聞いたマンダネは、確信に満ちた面持ちで、僕を睨みつけてきた。


「ラケルちゃんを助けてくださりとてもありがとうございます。ところで、名前を伺ってもよろしいですか?」

「え?えっと……エリック……と、申します。ハルケギニア王国からやってきた下級貴族です!あはは、ね?」


 と、笑って誤魔化してからソフィアを見たが、彼女は冷や汗をかいている。表情から察するに、かなりやばい状況のようだ。


「なるほど、わかりました。私はマンダネと申します。ここエルニア王国の王女です」

「いやはや……オリエント大陸における3代美女の一人ではありませんか。とてもお美しいです!」

「……そうですね。ヘネシス王国のルビアを加えるとオリエント大陸の3代美女勢揃いですよね」

「っ!!」


 見抜かれた!?ってことは……


「マンダネ様?」


 マンダネが明らかに敵意を剥き出しにしていると、ラケルが心配そうに聞く。だけど、返事を全くしない彼女の様子を見てから、ラケルは急に僕に飛び込んできた。


「っ……ラケルちゃん」

「エリックお兄ちゃん!頭なでなでして!」

「あ、ああ。わかった。気に入ったんだね」

「うん。マンダネ様みたいに優しいから……」


 と、僕はさっきみたいにラケルの亜麻色の髪を優しく撫でてあげた。すると、ラケルは気持ちよさそうに目を瞑って、僕に体を委ねてくる。そんな僕たちの様子をマンダネは深刻な表情を浮かべながら観察する。


 そして、口を開いた





「親衛隊の皆さん!この3人を王宮に案内してください!ラケルを救ってくれた大事な方々ですから!」





X X X


 と、言うわけで、親衛隊に守られながら僕たちは王宮の中に入った。そして、応接室に通されて、金木犀きんもくせいで作った円卓テーブルに僕たち4人が座っている。


 口火を切ったのはパッと机を叩いてから立ち上がるマンダネ。


「ソフィア!一体これはなんなんですか!?」

「や、やっぱりバレたのか……」

「当たり前です!あなたは同盟国の姫、しかもオリエント大陸の3代美女の一人。いくら変装したって、その美しさまで隠すことはできませんよ!」

「……」

「それはそうとして……エリック、なんであなたまで……」

「やっぱりこっちもバレたのか……」

「……私があなたのことを忘れるわけがないじゃないですか!」

「……」


 やばい。身元がバレた上に、姫様は凄く怒っている。これは、仲直りする前に追い出されてしまいそうだ。


「マンダネ、そんなに怒ることはない。エリックは変わった。にわかには信じがたい話だが、エリックは優しくなった……」


 頬を紅潮させ説得するソフィアだが、マンダネは顰めっ面で彼女に近づいて肩を物凄い勢いで揺らし始める。


「しっかりしてください!あの男に催眠でもかけられましたか?ソフィア!あの男は敵です!倒さないといけない敵ですよ!」

「ふああ、ま、マンダネ……ちょっと!落ち着いて……目がくるくる回る……」

「落ち着いていられません!早く本当のソフィアに戻ってください!」

「いや、これが本当の私だ……ちょっとやめろ!」


 過去のエリックの記憶というフィルターを外せば、体を揺らすマンダネの姿はとても魅力的だ。


 戸惑う顔、サラサラ揺れる橙色の髪、そして、なにより、勢いよく動く重量感のある胸。恐らく100cmは優に超えそうだ。

 

 ……これは、僕が止めないとソフィアが倒れるまで続けそう……それに、これは、僕が解決しないといけない問題だ。ソフィアを巻き込むわけにはいかない。




「マンダネ、二人きりで話がしたい」








追記



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