24話 マンダネ

 ラケルの案内に従った僕らは王都ではなく他のところへと移動した。ラケル曰くもうすぐ小麦の種蒔きが始まる時期とのことで、大人たちは、平民だろうが貴族だろうがみんな畑にいるという。ラケルはそこに行きたいと言ったのだ。我が国では、農業に携わっている階層は爵位を持たない平民が主だ。


 この国は貴族も農作業をやっているということか?


 不思議な気がしてならないが、とにかく、ラケルの行きたいところへと進もう。


 エルニア王国は二つの区域に分けることができる。建物や住宅、行政施設が立ち並ぶ都市部と小麦畑が広がっている平野部。ちなみに都市部は地盤が高いところに密集していて、平野部は地盤が低い。


 とまれかくまれ我々は畑が広がる平野部へと向かっている。


 走ること1時間。3人を荷台に乗せて馬車に身を委ねていると、男たちが畑を耕している姿がちらほら見えてくる。ちょうどタイミングよく、ラケルが荷台から顔をぴょこんと出して口を開く。


「もうすぐだよ!」

「うん!」


 ラケルの指示を受けながら進むと、大きな建物が一つ見えて、そこには若くて健康な男女が集まっていた。


「あそこだよ!」


 僕は近くに馬車を止め、セーラとソフィア、ラケルと一緒に、あの群れの中へと移動した。何かしらの打ち合わせが終わったのか、僕たちが着くと、大勢の人たちはそれぞれドヤ顔を浮かべながら畑のところへと足を動かす。


「よっしゃ!今年も頑張るぜ!」

「一生懸命働いてイラス王国の奴らの鼻っ柱をへし折ってやるぞ!」

「もう、シャインストーンなんかなくても私たちの国はきっと上手くいくわ!」

「そうよ!私たちのアイドルであられるマンダネ様に向かって酷いことを言ったあの生意気な王子もきっとマンダネ様にひれ伏して許しを乞うことになるんでしょうね!」

「うんうん!それにしても、今日のマンダネ様、本当に綺麗だったよね?」

「見るだけでも癒されるわ」

「俺、もっと見てくる!」

「いや、仕事しろよ。今年もマンダネ様が現場で全部仕切るらしいから、いいところ見せなよ」

「あはは!わかったぜ!」


 ……なぜかとても居心地が悪いんですけど……


 ていうか、ここでの僕って、評判悪すぎるだろ……まあ、過去のエリックがやったことを考えれば当たり前ではあるけどね。


 僕が苦笑いを浮かべていると、セーラもソフィアもまた苦笑いを浮かべる。それにしても、さっきの人たち、あたかもすぐそばにマンダネがいるような口ぶりだった気がするのは僕だけ?


 ちょっと不安だけど、とりあえず、今はラケルの後ろをついて行こう。


 ラケルは、大きな建物があるところへとひたすら歩んでいる。人熱ひといきれを分けながら進んでいると、聞き慣れた声が僕の耳朶じだを打つ。


「ところでラケルちゃんの姿が見えないんですけど、どこにいるのか分かりますか?」

「そういえば見えませんね。大地の神ガイア様のお言葉を聞くためにまた、森にいるのでは?」

「そうだといいんですけど……」

「どうかされましたか?」

「ラケルちゃん、とても思い詰めた表情をしていたから……何かがあったのではないかと……」


 ラケルを心配するような声音。顔を見なくても、それが誰なのかはすぐに分かる。


「マンダネ様!!!!!!!!私はここにいます!」

「え?ラケルちゃん!!!!!」


 ラケルは興奮を抑えきれずに駆け寄る。僕はその姿が見たくて、やっと群れから抜け出した。


 するとそこには、


 



 予想通り、マンダネがいた。


 エルニア王国の次期女王となる少女。オリエント大陸の3代美女の一人。長い橙色のヘア、そしてエメラルド色の瞳、可愛い顔。ソフィアの顔は全体的に整っている方だが、マンダネは少し丸くて、ほんわかした印象。


 その顔を見るや否や、僕は思い出してしまった。


 あの日の出来事を。



 昔のエリックは、エルニア王国を訪問した際、マンダネの部屋で会話を交わしていた。


『お前のその美しい美貌と体は僕に快楽を与えるためだけに存在しているんだ。だから、僕の奴隷メイドになって一生傅かしずけ。そしたら、お前の国は繁栄するだろう』

『あなたみたいな乱暴で優しくない人のものにはなりません!』

『あはは!そんなことを言うなんて、ちょっとお灸を据えてやろうかな?』

『エリック、高ぶりは滅びに先立ち、誇る心は倒れに先立ちます!』

『オリエント大陸を一つの国にまとめたと言われる伝説のソロモン大王の言葉か』

『私はあなたが正しい道を歩むことを願っています!』

『正しい道……』


 あの頃のエリックは、とても傲慢で度し難い暴君だった。もちろん、あの頃のマンダネの言葉なんか聞くはずもなく






『僕にとっての正しい道は、お前の国から光を奪うことだ』








 そんなむごい言葉を、何の罪悪感を感じずに放ってしまった。









追記



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